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第二章 安芸(あき)の項羽・武田元繁、起(た)つ
14 吉川家の妙弓(みょうきゅう)
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鬼吉川の妙弓は
一の矢 二の矢 三の矢と
ねらいは必中
あやまたず
……応仁の乱の当時、鬼吉川と謳われた、吉川経基の弓の技量をたたえた謡である。
*
多治比元就は、安芸武田家の侵略活動――現時点では安芸南部の己斐城への包囲攻撃を止めるべく、兄・毛利興元と、安芸北部にある山県郡・有田城を攻撃することを画策した。
有田城は本来、吉川家の城であったが、現在は安芸武田派ともいうべき、山県氏が支配している。
その有田城を毛利・吉川両軍が攻めることにより、安芸武田家の己斐城の包囲をやめさせる作戦である。
「……果たして、吉川家は、こたびの策に乗ってくれるかどうか」
吉川家の城・小倉山城へ向かう途中、元就は何度もその説得について想定したが、あまりうまくいく感触がつかめない。
吉川家を事実上取り仕切っている嫡子・吉川元経は、安芸国人一揆結成時にも、毛利と同調するのを渋ったことがある。
そうこうするうちに小倉山城へ到達すると、城主の間ではなく、裏へ通された。
「……やはり、何か企んでいると思われたか」
元就は、さすがに殺されることは無いだろうが、さてどうするかと考えていると、ひとりの老人が姿を現した。
「……孫は、忙しい。わしが、相手する」
「……鬼吉川、経基どの?」
当時、九十歳近くなっていた吉川経基だが、この時まだ存命していた。
応仁の乱において、東軍・細川勝元に従い、西軍との合戦において、豪将・畠山義就相手に死闘を演じたことにより、鬼吉川として、全国に名を轟かせた男であり、いわば、応仁の乱の生き証人である。また、経基は、応仁の乱の血戦を、その弓を駆使して勝利に導き、それゆえ「妙弓」と号していた。
この経基の子の国経が、吉川家の当主であり、孫の元経が嫡子である。つまり、宮庄経友や、雪にとっても、祖父にあたる人物である。
経基はぷるぷると体を震わせながらも、元就に言った。
「……で?」
「で、とは?」
「孫に会いに来た理由」
「……ああ」
元就は、安芸武田家の裏をかいて、有田城を攻める策を告げた。
経基は、うんうんとうなずいた。
「面白い」
経基は膝を打った。
「では」
元就は、現状、吉川家を取り仕切る元経に、伝えてもらうよう、言おうとしたが、経基の反応はちがった。
「さすが……吉川家の妙弓が気に入った男の子じゃ」
「は……? 妙弓?」
意味が分からない、と思案顔になった元就を前に、経基は立ち上がった。
「伝えておく」
そう言い残して、経基は去っていった。
何だったんだ、あれは、と元就が考えていると、ぱたぱたという足音がして、雪が来た。
「今、ここにおじい様が来なかった?」
「来た」
「えらく上機嫌だったけど、何かあった?」
「何か……って、別に戦の話をしただけだが?」
「戦……」
雪が言うには、今朝、経基が「戦のにおいがする」と言って、吉川家全軍に戦支度を命じ、そのため、元経らは朝から忙しく、来客は裏に通すようにしていたが、そのうち、その経基自身の姿が見えなくなった。
雪が心配して探しに行こうとすると、その裏から経基が出てきて、毛利家の作戦と、それに従うよう告げたという。
「……で、わたくしが裏に来たら、元就さまがいた、と」
「はあ……」
「大体、おじい様は厳しくて、特に戦については厳しくて、いつも『そんなことでどうする』と怒鳴るのに……『面白い』?」
「私が他家の者だから、遠慮するか気を遣うかしたのでは?」
元就としては、用件は達せられたし、生ける伝説ともいえる吉川経基に会えたし、もう帰るかと腰を上げた。
「え? もう帰るの?」
雪としては、もう少し小倉山城にいては、と思ったが、次の元就の台詞で、それは一変した。
「ああ、そういえば」
「何?」
「吉川家の妙弓が気に入った男の子とか言われたが、あれは何だったんだろう?」
その瞬間、雪は唖然として、そして赤面しながら、声高に言った。
「さ、さ、さあ……し、し、知らない……というか、毛利も戦支度するんでしょ? 早く帰ったら? というか、帰りなさい!」
「いや、だから、今、帰ろうと」
「はい! 兄上! 多治比元就さま、お帰りー! さ、吉川も戦支度を終えなくては!」
ちょうど吉川元経が、さすがに元就が来ているのなら会わねばと、弟の宮庄経友を伴って裏に来たところだった。だが、雪は彼ら兄二人を押し返し、そしてそのまま兄弟姉妹そろって、裏から消えた。
「……何だったんだ、あれは?」
元就はぽかんとしていたが、やがて、吉田郡山城へ復命せねば、と小倉山城をあとにするのだった。
……元就は知らないことだったが、吉川経基は弓の腕の衰えを感じ、そこで孫たちの弓の腕前を見て、雪が一番優れていると判断し、鬼吉川の「妙弓」の名を、雪に継がせることにした。
以来、経基は、孫の雪のことを「妙弓」と呼ぶようになっていた。
そして「妙弓」雪は、祖父の経基には、どうせ誰にも言わないし聞かないだろうと思って、ときどき自分の素直な気持ちを話していたのである。
※今回の鬼吉川の妙弓の謡は、作者が作ったものです。史実ではありません。
一の矢 二の矢 三の矢と
ねらいは必中
あやまたず
……応仁の乱の当時、鬼吉川と謳われた、吉川経基の弓の技量をたたえた謡である。
*
多治比元就は、安芸武田家の侵略活動――現時点では安芸南部の己斐城への包囲攻撃を止めるべく、兄・毛利興元と、安芸北部にある山県郡・有田城を攻撃することを画策した。
有田城は本来、吉川家の城であったが、現在は安芸武田派ともいうべき、山県氏が支配している。
その有田城を毛利・吉川両軍が攻めることにより、安芸武田家の己斐城の包囲をやめさせる作戦である。
「……果たして、吉川家は、こたびの策に乗ってくれるかどうか」
吉川家の城・小倉山城へ向かう途中、元就は何度もその説得について想定したが、あまりうまくいく感触がつかめない。
吉川家を事実上取り仕切っている嫡子・吉川元経は、安芸国人一揆結成時にも、毛利と同調するのを渋ったことがある。
そうこうするうちに小倉山城へ到達すると、城主の間ではなく、裏へ通された。
「……やはり、何か企んでいると思われたか」
元就は、さすがに殺されることは無いだろうが、さてどうするかと考えていると、ひとりの老人が姿を現した。
「……孫は、忙しい。わしが、相手する」
「……鬼吉川、経基どの?」
当時、九十歳近くなっていた吉川経基だが、この時まだ存命していた。
応仁の乱において、東軍・細川勝元に従い、西軍との合戦において、豪将・畠山義就相手に死闘を演じたことにより、鬼吉川として、全国に名を轟かせた男であり、いわば、応仁の乱の生き証人である。また、経基は、応仁の乱の血戦を、その弓を駆使して勝利に導き、それゆえ「妙弓」と号していた。
この経基の子の国経が、吉川家の当主であり、孫の元経が嫡子である。つまり、宮庄経友や、雪にとっても、祖父にあたる人物である。
経基はぷるぷると体を震わせながらも、元就に言った。
「……で?」
「で、とは?」
「孫に会いに来た理由」
「……ああ」
元就は、安芸武田家の裏をかいて、有田城を攻める策を告げた。
経基は、うんうんとうなずいた。
「面白い」
経基は膝を打った。
「では」
元就は、現状、吉川家を取り仕切る元経に、伝えてもらうよう、言おうとしたが、経基の反応はちがった。
「さすが……吉川家の妙弓が気に入った男の子じゃ」
「は……? 妙弓?」
意味が分からない、と思案顔になった元就を前に、経基は立ち上がった。
「伝えておく」
そう言い残して、経基は去っていった。
何だったんだ、あれは、と元就が考えていると、ぱたぱたという足音がして、雪が来た。
「今、ここにおじい様が来なかった?」
「来た」
「えらく上機嫌だったけど、何かあった?」
「何か……って、別に戦の話をしただけだが?」
「戦……」
雪が言うには、今朝、経基が「戦のにおいがする」と言って、吉川家全軍に戦支度を命じ、そのため、元経らは朝から忙しく、来客は裏に通すようにしていたが、そのうち、その経基自身の姿が見えなくなった。
雪が心配して探しに行こうとすると、その裏から経基が出てきて、毛利家の作戦と、それに従うよう告げたという。
「……で、わたくしが裏に来たら、元就さまがいた、と」
「はあ……」
「大体、おじい様は厳しくて、特に戦については厳しくて、いつも『そんなことでどうする』と怒鳴るのに……『面白い』?」
「私が他家の者だから、遠慮するか気を遣うかしたのでは?」
元就としては、用件は達せられたし、生ける伝説ともいえる吉川経基に会えたし、もう帰るかと腰を上げた。
「え? もう帰るの?」
雪としては、もう少し小倉山城にいては、と思ったが、次の元就の台詞で、それは一変した。
「ああ、そういえば」
「何?」
「吉川家の妙弓が気に入った男の子とか言われたが、あれは何だったんだろう?」
その瞬間、雪は唖然として、そして赤面しながら、声高に言った。
「さ、さ、さあ……し、し、知らない……というか、毛利も戦支度するんでしょ? 早く帰ったら? というか、帰りなさい!」
「いや、だから、今、帰ろうと」
「はい! 兄上! 多治比元就さま、お帰りー! さ、吉川も戦支度を終えなくては!」
ちょうど吉川元経が、さすがに元就が来ているのなら会わねばと、弟の宮庄経友を伴って裏に来たところだった。だが、雪は彼ら兄二人を押し返し、そしてそのまま兄弟姉妹そろって、裏から消えた。
「……何だったんだ、あれは?」
元就はぽかんとしていたが、やがて、吉田郡山城へ復命せねば、と小倉山城をあとにするのだった。
……元就は知らないことだったが、吉川経基は弓の腕の衰えを感じ、そこで孫たちの弓の腕前を見て、雪が一番優れていると判断し、鬼吉川の「妙弓」の名を、雪に継がせることにした。
以来、経基は、孫の雪のことを「妙弓」と呼ぶようになっていた。
そして「妙弓」雪は、祖父の経基には、どうせ誰にも言わないし聞かないだろうと思って、ときどき自分の素直な気持ちを話していたのである。
※今回の鬼吉川の妙弓の謡は、作者が作ったものです。史実ではありません。
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