西の桶狭間 ~毛利元就の初陣~ - rising sun -

四谷軒

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第二章  安芸(あき)の項羽・武田元繁、起(た)つ

15 第一次有田合戦

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 毛利・吉川連合の有田城攻めは、瞬く間に現実化した。
 多治比元就が毛利家の本城・吉田郡山城に戻ると、当主であり元就の兄である毛利興元は、即座に出陣した。
 出陣に際して、宿老・志道広良しじひろよしに留守居役を命じ、元就には安芸あき国人一揆に加盟している国人(地域領主)の城を回るよう命じた。興元としては、ふたりで連携して、毛利・吉川連合軍を安芸国人一揆の後押しをもらうよう画策を図った。

「頼む。こたびの戦、神速をたっとぶ。国人への根回しは必要だが、今は時が惜しい。後先になってしまうが、安芸国人一揆としての戦い、ということにするのだ」

「委細承知」

 元就は吉田郡山城を出る。
 入れ代わりに、興元と元就の弟である、相合あいおう元綱が、手勢を率いて入城する。

 相合元綱。
 興元と元就の父の側室・相合大方の子である。いわゆる庶子にあたり、興元や元就とは一線を画する扱いを受けているが、この危急存亡の秋に、自らの名を上げようと、戦意も高く、早速に吉田郡山城に駆け付けたわけである。

「兄上! 相合元綱、参じました!」

「大儀」

 城を乗っ取られた元就とちがい、元綱は相合大方の実家である「相合」を所領として、すくすくと育ち、今では武勇に優れた若武者として、この吉田郡山城に来陣したというわけである。
 政略は元就に、軍略は元綱に。
 それが興元の描く、弟たちの将来像だった。
 ただ元綱には血気盛んで、また、一度城を失った元就に対して、軽侮――にする傾向があった。
 それゆえに、長兄・興元としては、次兄である元就を使者として送り出してから、弟である元綱を迎え入れるよう、気をつかったわけである。

「で、兄上! 戦と聞きましたが、何処いずこを攻めるおつもりで」

「有田だ」

 簡にして要を得た興元の回答に、元綱は説明を求めた。
 興元が、安芸あき武田家の裏をかいて、安芸北部の有田城を攻め、安芸南部の己斐こい城から手を引かせる策を告げた。

「ほう! さすがは兄上! 見事な策ですな!」

 まさに兄上は今の世の源頼朝公である、と元綱は持ち上げる。
 大きく出たな、と興元は苦笑した。
 ちなみに、このあとの合戦の活躍ぶりから、元綱は「今義経」(今の世の源義経)と称するようになる。
 これは暗に、元就のことを源範頼である、と皮肉っている。元綱の認識においては、源平の戦いにおいて、目立たず、しかも鎌倉幕府において、失言により追放された源範頼のようだ、と言いたいのであろう。

「……実は、この策は多治比どのの策なんだがな」

 そう思った興元は、これからの戦に、元綱の戦意を下げるのは得策ではないと感じたので、言わないでおいた。

「さて、相合どの」

 長兄として、そして主君として、興元は元綱と、合戦の段取りに入った。



 冬の安芸の、枯れ草と残雪の、濃茶と白銀の野を、ふたつの軍がひた走っていた。
 ひとつは、三ツ星の家紋の毛利家・毛利興元の率いる軍勢。
 そしてもうひとつは、吉川家の嫡子・元経の弟、宮庄経友みやのしょうつねともの軍である。

「――吉川きっかわ家としては、安芸武田、毛利双方どちらにもようにする」

 それが経友の聞いた、兄・元経の言である。
 経友は吉川元経の弟ではあるが、宮庄の家を継いだ。宮庄は、吉川家にとって、重要な家であるが、それでもことには相違ない。
 何かあった時は、飽くまでも吉川家ではなく、宮庄家がやった。
 そういう言い訳の余地を、吉川元経は残しておきたかったのだ。
 
「わが兄ながら、難儀なことよ」

 宮庄経友としては、ある意味、捨て石とされることもあり得ることだが、別に酷いとは思わなかった。
 向背常ならぬこの乱世。
 いついかなる時も、逆転が起こらないとも限らない。
 そのための、転ばぬ先の杖は必要だ。

 ……そうこうするうちに友軍の毛利興元から、声をかけられた。

「……経友どの、見えてきましたぞ」

 目に見えるは山県郡有田城である。
 安芸北部の山県郡の丘陵地にあるこの城は、かつては吉川家のものであった。
 現状では、山県氏という安芸武田家の国人の勢力圏内にある。

 物見を果たして戻ってきた、吉川家の家臣・小田信忠が復命する。

「……有田城、特に何も警戒していない様子。完全に油断しきっております」

「さてこそ」

 これは相合元綱の言である。彼としては初陣にあたるこのいくさ、何としても勝利で飾りたいところであった。
 兄であり、毛利勢を率いる毛利興元は、苦笑と共に、宮庄経友と、城攻めの手筈てはずを談じる。

「大枠としては、道中、話したとおり。表からは、毛利勢が受け持つ。そして折を見て、搦手からめて、つまり裏からは、土地勘のある吉川勢にお任せしたい」

 今回の戦は、大内家の指名ということもあり、毛利家の当主である興元が全体を取り仕切るかたちとなっている。そのため、興元が話を振るかたちで、経友に命令した。
 経友もわきまえたもので、特に意地を張るでもなく、むしろ城に一番乗りを果たす可能性が大きい、搦手をもらえたことに満足していた。そして粛々と毛利勢と分かれ、有田城の裏側へと回るのであった。
 吉川勢の副将である小田信忠は、経友に、「毛利の下風に立つことになるが良いのか」と聞いた。信忠は、兵法として、表と裏から攻めることについては異論はなかったが、今後の対毛利家との関係を憂慮したのである。
 経友はつまらなそうに頭をがしがしと掻きながらこたえた。

「信忠」

「は」

「もういいだろう。言っておくが、有田城はお前に任せることになっている」

「は?」

が、兄者と興元どのの間で、ついている」

 毛利興元と吉川元経の間で、今後の方針について、急ではあるが話し合いの場が持たれていて、そこで、有田城については、城攻めののちに吉川家の所属に帰することが合意されていた。
 吉川家としては、領土回復及び拡大につながる話のため、悪い話ではない。元経としては、うまみのある話に飛びついたかたちではあるが、その裏に、安芸武田家との絶縁と宣戦につなげたいという、興元と、そして多治比元就のねらいには気づけずにいた。

「……そういうわけだ、だから信忠、お前にこの戦、出てもらった。励めよ」

「は……ははっ」

 城を落としていないうちから、こんな話をしても、絵に描いた餅である。そのため、経友は、兄・元経から黙っておくように言われていたが、信忠の屈託を晴らすために、話すことが良いと思い、話した。



「やあやあ、われこそは相合元綱、毛利の一番槍なり」

 第一次有田合戦は、この元綱の第一声から始まった。
 有田城にいた兵は、まさかこんなところに敵兵が、と寝耳に水の事態に右往左往し、それでもと繰り出した兵を、意気上がる元綱とその軍が突っ込んでいった。

「どうしたどうした! 不甲斐ないぞ、有田の衆! それでもの再来、安芸武田元繁どの家来か!」

 元綱の実力はたしかなものであることが証明され、有田城の兵は次々にたおされていく。
 次第に押されていく有田城兵は、城内への撤退と、急ぎ、己斐城を包囲している主君・武田元繁への連絡つなぎをすることに、ようやく思い至った。

「これは、かなわん。一時、城へ戻れ! あと、足の速い者は、かまわん、落ち延びよ! 元繁さまに事を伝えよ!」

 城兵は、わっとばかりに、無秩序に城内へ向かい、城門はごった返して、かえって混雑し、そこを毛利勢にことになった。

「下馬せよ! 徒歩かちにて、ゆっくりと、押しつつめ!」

 興元の号令一下、毛利勢は一斉に馬を下り、城門へ向かう有田城兵の後を追うかたちで追撃した。
 なかでも目覚ましいのは相合元綱で、彼は、飛び跳ねるようにして、前へ前へと駆けていき、そして城兵に追いすがって、そのまま城内へと突撃していった。

「何と、いにしえの判官義経のようだ」

 誰ともなく言った台詞だが、それを聞いた元綱は気に入り、彼は「今義経」という二つ名を名乗ることになった。



 一方。
 有田城、搦手。
 吉川勢、宮庄経友は、じっと有田城のの攻防を見守っていたが、相合元綱が「われこそ、今義経ぞ!」と咆哮するのに苦笑した。

「あれほど目立てとは言ってないが……城を以上、文句は言えんな」

 そして、陽動としては十二分、そう判断した経友は、攻撃を命じた。

「かかれ!」

 号令一下、吉川勢の将兵が、有田城の搦手に突入する。
 先行させた小田信忠が、城の下働きの者たちに働きかけておいたため、搦手の門はあっさりと開いた。

「――有田の城は……もらった!」

 経友は、猛将ぶりを遺憾なく発揮し、瞬く間に城内に吉川勢を押し込み、押し広げ、そしてついには表――大手門まで突撃し、そこにいた相合元綱の軍勢と共に城兵を挟み撃ちにし――圧し潰した。
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