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夢の中。4話
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「急いで手当てをします」
騎士が持って来た傷薬や包帯を使い、慣れた手つきで王妃の治療を始めた。
王妃は温かいお湯で濡らしたタオルで優しく血を拭き取られた。
「……痛いわ」
「仕方がありません。こんな酷い怪我なのですから。消毒してしっかりお薬を塗りましょう」
「こんな治療をして叱られない?わたくしに構わない方がいいのでは?」
「大丈夫です。先ほども話したとおり、私達近くにいた使用人達は王妃様ととても仲が悪いと思われております。上の者達はなんと言ったと思います?」
「虐めてこいと?」
「そうです」
『お前達も鬱憤が溜まっているだろう。蹴るなり殴るなりしてもあれだけ怪我していれば少し増えても分からない』
「酷いと思いませんか?」
侍女がプンプンと怒り出した。
「ハンナ、せっかくの可愛らしい顔が怒ったら変な顔になってしまうわ」
王妃は優しく窘めた。
「可愛い顔はどんな顔をしても可愛いから大丈夫です」
「あら、そうね」
こんな時だからこそ笑っていよう。
王妃は絶望の中、まだ自分を慕ってくれる仲間がいることに感謝した。
逃げて欲しかったのに、こうして戻って来てそばにいてくれる。
裏切られることの方が多い中、心から思ってくれる人もいる。
それだけで生きて来てよかったと思えた。
でも………
「お願いだから自分たちの安全には十分気をつけてね?わたくしのことなどすぐに手放していいの。この身はこの国に捧げたの。わたくしが処刑されるのはもう回避できないと思う……だから………その時はみんな黙って見送ってほしいの」
「どうしてそんなことを言うのですか?王妃様はこの国の人間ではないのに一番この国のために働かれたんですよ?」
「ハンナの言う通りです。王妃様はどんなに家臣達に見下され侮辱されても耐えてこられました。本当は言い返したかった……悔しいです。私たちにもう少し力があればあんな人達に王妃様が酷いことを言われなくても済むのに……」
「これが運命なら受け入れるしかないの。この国に来てあなた達に出会えただけでも幸せよ。あなた達には王妃ではなくルワナ国から来た姫として覚えていてほしいの」
王妃は決して自分の名を言わない。
この国に来て誰一人として王妃の名を呼ぶことはない。誰も名を知らないから。
夫である国王には一度だけ名を伝えたが、彼もまた名を呼ぶことはなかった。
国王は王妃に話しかけることは少なかった。
話しかける時は『おい』か『お前』そして『王妃』としか呼ばなかった。
この国で彼女は「王妃」でしかない。
彼女には名前など必要とされていなかった。
それでもここにいる人達は心から王妃に対して尊敬と敬意を示してくれた。
✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎
少しずつ教育係のわたしの立場は微妙なところに立たされ始めた……気がする。
上司からは小言を言われ始めた。
「君は後輩に対して冷たい態度をとっているらしいな」
今まで可愛がってもらっていた先輩である直属の男性社員からも呆れられたように言われた。
いつも注意してくる上司は、最近面倒くさい仕事ばかりを回してくるようになった。
それなのに「先輩、ここはどうしたらいいんですかぁ?」と当たり前のように質問してくる田所有紗。
仲の良い同期の佐藤篤子がこっそり耳打ちしてきた。
「最近かなり評判がわるくなってるわよ?大丈夫なの?」
「………」
田所有紗は彼女と同期の子や、わたしをよく知ってくれている仲の良い同僚達からはあまりよく思われていない。
ぶりっ子だし、仕事もすぐさぼるし、同期を見下しているところもあるらしい。
「あの子、裏表凄すぎ!あまりにも露骨だよね?」
「あんた、彼氏あの子に盗られたんでしょう?」
二人の同期が心配しつつ、興味本位で聞かれた。
「なぜ知ってるの?」
佐藤篤子達と社食で昼ご飯を食べているときに聞いてきた。
誰にも話していないのに。
惨めだし、もう元彼のことなんて思い出したくもない。
「だって田所有紗が自分で話していたわよ。『先輩があまりにも冷たくて悲しんでいたら彼が『俺が守ってやるよ』と言ってくれてお付き合い始めたんです』って。彼氏の名前を聞いて驚いたわ。あんたの彼氏の名前じゃない!」
「ああ、なるほど。わたしは『悪』で田所有紗は守るべき存在なのね」
思いっきり心を刺された。
痛い……別にもう元彼のことなんてなんとも思ってないけど、でも……
そんなふうに思われたなんて……
ただ一生懸命田所有紗のために仕事を教えたつもりだったのに。
騎士が持って来た傷薬や包帯を使い、慣れた手つきで王妃の治療を始めた。
王妃は温かいお湯で濡らしたタオルで優しく血を拭き取られた。
「……痛いわ」
「仕方がありません。こんな酷い怪我なのですから。消毒してしっかりお薬を塗りましょう」
「こんな治療をして叱られない?わたくしに構わない方がいいのでは?」
「大丈夫です。先ほども話したとおり、私達近くにいた使用人達は王妃様ととても仲が悪いと思われております。上の者達はなんと言ったと思います?」
「虐めてこいと?」
「そうです」
『お前達も鬱憤が溜まっているだろう。蹴るなり殴るなりしてもあれだけ怪我していれば少し増えても分からない』
「酷いと思いませんか?」
侍女がプンプンと怒り出した。
「ハンナ、せっかくの可愛らしい顔が怒ったら変な顔になってしまうわ」
王妃は優しく窘めた。
「可愛い顔はどんな顔をしても可愛いから大丈夫です」
「あら、そうね」
こんな時だからこそ笑っていよう。
王妃は絶望の中、まだ自分を慕ってくれる仲間がいることに感謝した。
逃げて欲しかったのに、こうして戻って来てそばにいてくれる。
裏切られることの方が多い中、心から思ってくれる人もいる。
それだけで生きて来てよかったと思えた。
でも………
「お願いだから自分たちの安全には十分気をつけてね?わたくしのことなどすぐに手放していいの。この身はこの国に捧げたの。わたくしが処刑されるのはもう回避できないと思う……だから………その時はみんな黙って見送ってほしいの」
「どうしてそんなことを言うのですか?王妃様はこの国の人間ではないのに一番この国のために働かれたんですよ?」
「ハンナの言う通りです。王妃様はどんなに家臣達に見下され侮辱されても耐えてこられました。本当は言い返したかった……悔しいです。私たちにもう少し力があればあんな人達に王妃様が酷いことを言われなくても済むのに……」
「これが運命なら受け入れるしかないの。この国に来てあなた達に出会えただけでも幸せよ。あなた達には王妃ではなくルワナ国から来た姫として覚えていてほしいの」
王妃は決して自分の名を言わない。
この国に来て誰一人として王妃の名を呼ぶことはない。誰も名を知らないから。
夫である国王には一度だけ名を伝えたが、彼もまた名を呼ぶことはなかった。
国王は王妃に話しかけることは少なかった。
話しかける時は『おい』か『お前』そして『王妃』としか呼ばなかった。
この国で彼女は「王妃」でしかない。
彼女には名前など必要とされていなかった。
それでもここにいる人達は心から王妃に対して尊敬と敬意を示してくれた。
✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎
少しずつ教育係のわたしの立場は微妙なところに立たされ始めた……気がする。
上司からは小言を言われ始めた。
「君は後輩に対して冷たい態度をとっているらしいな」
今まで可愛がってもらっていた先輩である直属の男性社員からも呆れられたように言われた。
いつも注意してくる上司は、最近面倒くさい仕事ばかりを回してくるようになった。
それなのに「先輩、ここはどうしたらいいんですかぁ?」と当たり前のように質問してくる田所有紗。
仲の良い同期の佐藤篤子がこっそり耳打ちしてきた。
「最近かなり評判がわるくなってるわよ?大丈夫なの?」
「………」
田所有紗は彼女と同期の子や、わたしをよく知ってくれている仲の良い同僚達からはあまりよく思われていない。
ぶりっ子だし、仕事もすぐさぼるし、同期を見下しているところもあるらしい。
「あの子、裏表凄すぎ!あまりにも露骨だよね?」
「あんた、彼氏あの子に盗られたんでしょう?」
二人の同期が心配しつつ、興味本位で聞かれた。
「なぜ知ってるの?」
佐藤篤子達と社食で昼ご飯を食べているときに聞いてきた。
誰にも話していないのに。
惨めだし、もう元彼のことなんて思い出したくもない。
「だって田所有紗が自分で話していたわよ。『先輩があまりにも冷たくて悲しんでいたら彼が『俺が守ってやるよ』と言ってくれてお付き合い始めたんです』って。彼氏の名前を聞いて驚いたわ。あんたの彼氏の名前じゃない!」
「ああ、なるほど。わたしは『悪』で田所有紗は守るべき存在なのね」
思いっきり心を刺された。
痛い……別にもう元彼のことなんてなんとも思ってないけど、でも……
そんなふうに思われたなんて……
ただ一生懸命田所有紗のために仕事を教えたつもりだったのに。
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