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第3話 解毒薬と、苦くないスープ
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「ん、これ美味いな。甘酸っぱくて」
焚き火の前で、エルザが赤い果実を齧っていた。
今日の野営地は森の開けた場所だ。
空には月が出ているが、俺たちの周囲は暗い森に囲まれている。
「どこで拾ったんだ、それ」
俺は鍋を火にかけながら尋ねた。
夕食の準備中だ。今日のメニューは干し肉と根菜のスープ。
「そこの茂みだ。たくさん生えてたぞ。お前も食うか?」
エルザが食いかけの実を差し出してくる。
俺は目を細めて、その果実を見た。
赤い皮、黄色い果肉。見た目はただの野イチゴの大きいやつに見える。
だが、俺の目には違う情報が映っていた。
【赤蛇の林檎】
【分類:毒草】
【成分:神経毒(遅効性)】
【注記:摂取後、約十二時間で全身に強い麻痺が生じる。致死性はないが、戦闘不能になる】
……終わった。
俺は内心で頭を抱える。
彼女がその実を食べたのは今だ。十二時間後といえば、明日の朝。
ちょうど、この森を抜けるために活動を開始し、森の主である大熊(グリズリー)の縄張りを通過する時間帯だ。
そんな時に前衛のエルザが動けなくなれば、どうなるか。
俺ごとき荷物番は、熊の餌になって死ぬ。
「いらん。腹を壊すぞ」
「なんだよ、臆病だな。冒険者なら拾い食いくらいできないと生き残れないぞ」
エルザは鼻で笑い、残りの実を口に放り込んだ。
全部食いやがった。
これで毒の摂取量は確定だ。
俺は作業に戻るふりをして、リュックの薬袋を探る。
解毒ポーションはない。高価だから、エルザのような金遣いの荒い冒険者は常備していないし、俺の給料では買えない。
あるのは、素材として採取しておいた乾燥ハーブだけだ。
【キアリの干し葉】
【効果:解毒(中)、発汗作用】
【味:極めて苦い】
これだ。
これを煎じて飲ませれば、毒は中和できる。
だが、問題はその味だ。
この葉は、泥を煮詰めたような強烈な苦味がある。
そのまま「毒を食ったからこれを飲め」と言って渡しても、プライドの高いエルザは「毒など食っていない」と否定するか、「こんな不味いもの飲めるか」と拒否するだろう。
無理に飲ませようとして機嫌を損ねれば、明日の連携に響く。
バレずに、美味しく、完食させる必要がある。
「……今日のスープ、味付けを変えるか」
俺は独り言のように呟き、鍋の中身を確認する。
湯が沸き、野菜が柔らかくなり始めている。
俺はそこに、手の中で粉々に砕いた【キアリの干し葉】を大量に投入した。
湯の色が一瞬でドス黒い緑色に変わる。
匂いも、薬草特有の青臭さが立ち込める。
「おい、なんか変な匂いがするぞ。失敗したのか?」
エルザが眉をひそめた。
鋭い。
だが、ここからが勝負だ。
「肉の臭み消しに、香草を多めに入れたんだ。ここから仕上げる」
俺は別の小袋を取り出す。
中身は、街の市場で安く買っておいた激辛の香辛料『火噴き唐辛子』の粉末と、ニンニクに似た『ガーリック根』のすりおろしだ。
これらを惜しげもなく鍋にぶち込む。
緑色のスープが、赤黒く変色していく。
強烈なスパイスの香りが立ち上り、薬草の青臭さを力技でねじ伏せた。
味見をする。
……辛い。舌が痺れるほど辛い。
だが、その奥にある旨味とスパイスの刺激が、キアリの葉の苦味を「コク」のようなものに錯覚させている。
これならいける。
「できたぞ。今日はスタミナをつけるための特製激辛スープだ」
「ほう、辛いのは嫌いじゃない」
エルザが身を乗り出した。
俺は木の器にたっぷりとスープをよそい、固いパンを添えて渡す。
彼女はスプーンでスープをすくい、口に運んだ。
「!!」
エルザの目が大きく見開かれる。
「辛っ! ……でも、美味い!」
成功だ。
彼女は次々とスプーンを口に運ぶ。
額から汗が吹き出し、頬が紅潮していく。
キアリの葉の発汗作用と、唐辛子のカプサイシン効果が同時に働いている。
これで代謝が上がり、毒素が汗と共に排出されるはずだ。
「ふー、ふー……! なんだこれ、体が中から燃えるみたいだ!」
「明日は大熊が出るかもしれないからな。体を温めておいた方がいい」
「なるほどな! 気が利くじゃないか、荷物番!」
彼女はスープを飲み干し、パンで皿についた汁まで綺麗に拭って食べた。
完食。
俺は安堵のため息を殺し、自分の分のスープを飲む。
……苦い。
俺にはわかる。舌の奥に残る、えぐいような苦味が。
よくこんなものを「美味い」と言って食えるな。味覚まで筋肉でできているのか。
「あー、食った食った! 水!」
「はいよ」
水を渡すと、彼女は一気に飲み干して、そのまま毛布にくるまって横になった。
「明日は早い。寝るぞ」
「ああ。火の番は俺がやる」
「任せた」
数分もしないうちに、規則正しい寝息が聞こえてきた。
俺は焚き火に薪をくべながら、彼女の寝顔を鑑定する。
【エルザ】
【状態:睡眠、代謝亢進(極大)】
【毒性残留:微小(浄化中)】
数値が下がっていくのが見える。
これなら朝には完全に抜けているだろう。
俺は鍋に残った赤いスープを眺めながら、夜明けを待った。
翌朝。
森の朝は霧が濃い。
俺たちは予定通りに出発し、一時間ほど歩いたところで遭遇した。
体長三メートルはある大熊、グリズリーだ。
「グルルルァァッ!」
咆哮が空気を震わせる。
だが、エルザは不敵に笑っていた。
「うるさいのが出たな!」
彼女が地面を蹴る。
速い。昨日よりもさらにキレがいい。
本来なら、今頃は手足が痺れて剣も握れなかったはずの体だ。
だが今は、毒が抜けた反動と、昨夜のスタミナ食の効果で、コンディションは最高潮に達している。
【状態:絶好調】
鑑定の文字が輝いて見える。
「はあっ!」
すれ違いざまの一閃。
大熊の太い腕が宙を舞い、続く返し刃が首を捉えた。
巨体が地響きを立てて倒れる。
瞬殺だった。
「ふっ、軽い軽い! 今日の私は羽が生えたみたいだ!」
エルザが剣を振って血を払い、こちらを振り返る。
その顔色は良く、肌艶もいい。
「昨日のスープが効いたな! あれのおかげで力がみなぎってる!」
「そりゃよかった。また作るよ」
「おう、頼むぞ! あ、でも次はもう少し辛さ控えめでもいいぞ!」
彼女は快活に笑い、先へと歩き出す。
自分が致死性の毒を克服したことなど、夢にも思っていない。
俺は解体ナイフを取り出し、熊の死体に向かう。
熊の胆嚢(たんのう)は高く売れるし、万能薬の材料にもなる。
次に彼女が何を口にするかわからない以上、備えは多い方がいい。
俺は黙々と作業を始めた。
平穏な旅は、こうして続く。
俺の胃袋には、まだ少し昨日のスープの苦味が残っていた。
焚き火の前で、エルザが赤い果実を齧っていた。
今日の野営地は森の開けた場所だ。
空には月が出ているが、俺たちの周囲は暗い森に囲まれている。
「どこで拾ったんだ、それ」
俺は鍋を火にかけながら尋ねた。
夕食の準備中だ。今日のメニューは干し肉と根菜のスープ。
「そこの茂みだ。たくさん生えてたぞ。お前も食うか?」
エルザが食いかけの実を差し出してくる。
俺は目を細めて、その果実を見た。
赤い皮、黄色い果肉。見た目はただの野イチゴの大きいやつに見える。
だが、俺の目には違う情報が映っていた。
【赤蛇の林檎】
【分類:毒草】
【成分:神経毒(遅効性)】
【注記:摂取後、約十二時間で全身に強い麻痺が生じる。致死性はないが、戦闘不能になる】
……終わった。
俺は内心で頭を抱える。
彼女がその実を食べたのは今だ。十二時間後といえば、明日の朝。
ちょうど、この森を抜けるために活動を開始し、森の主である大熊(グリズリー)の縄張りを通過する時間帯だ。
そんな時に前衛のエルザが動けなくなれば、どうなるか。
俺ごとき荷物番は、熊の餌になって死ぬ。
「いらん。腹を壊すぞ」
「なんだよ、臆病だな。冒険者なら拾い食いくらいできないと生き残れないぞ」
エルザは鼻で笑い、残りの実を口に放り込んだ。
全部食いやがった。
これで毒の摂取量は確定だ。
俺は作業に戻るふりをして、リュックの薬袋を探る。
解毒ポーションはない。高価だから、エルザのような金遣いの荒い冒険者は常備していないし、俺の給料では買えない。
あるのは、素材として採取しておいた乾燥ハーブだけだ。
【キアリの干し葉】
【効果:解毒(中)、発汗作用】
【味:極めて苦い】
これだ。
これを煎じて飲ませれば、毒は中和できる。
だが、問題はその味だ。
この葉は、泥を煮詰めたような強烈な苦味がある。
そのまま「毒を食ったからこれを飲め」と言って渡しても、プライドの高いエルザは「毒など食っていない」と否定するか、「こんな不味いもの飲めるか」と拒否するだろう。
無理に飲ませようとして機嫌を損ねれば、明日の連携に響く。
バレずに、美味しく、完食させる必要がある。
「……今日のスープ、味付けを変えるか」
俺は独り言のように呟き、鍋の中身を確認する。
湯が沸き、野菜が柔らかくなり始めている。
俺はそこに、手の中で粉々に砕いた【キアリの干し葉】を大量に投入した。
湯の色が一瞬でドス黒い緑色に変わる。
匂いも、薬草特有の青臭さが立ち込める。
「おい、なんか変な匂いがするぞ。失敗したのか?」
エルザが眉をひそめた。
鋭い。
だが、ここからが勝負だ。
「肉の臭み消しに、香草を多めに入れたんだ。ここから仕上げる」
俺は別の小袋を取り出す。
中身は、街の市場で安く買っておいた激辛の香辛料『火噴き唐辛子』の粉末と、ニンニクに似た『ガーリック根』のすりおろしだ。
これらを惜しげもなく鍋にぶち込む。
緑色のスープが、赤黒く変色していく。
強烈なスパイスの香りが立ち上り、薬草の青臭さを力技でねじ伏せた。
味見をする。
……辛い。舌が痺れるほど辛い。
だが、その奥にある旨味とスパイスの刺激が、キアリの葉の苦味を「コク」のようなものに錯覚させている。
これならいける。
「できたぞ。今日はスタミナをつけるための特製激辛スープだ」
「ほう、辛いのは嫌いじゃない」
エルザが身を乗り出した。
俺は木の器にたっぷりとスープをよそい、固いパンを添えて渡す。
彼女はスプーンでスープをすくい、口に運んだ。
「!!」
エルザの目が大きく見開かれる。
「辛っ! ……でも、美味い!」
成功だ。
彼女は次々とスプーンを口に運ぶ。
額から汗が吹き出し、頬が紅潮していく。
キアリの葉の発汗作用と、唐辛子のカプサイシン効果が同時に働いている。
これで代謝が上がり、毒素が汗と共に排出されるはずだ。
「ふー、ふー……! なんだこれ、体が中から燃えるみたいだ!」
「明日は大熊が出るかもしれないからな。体を温めておいた方がいい」
「なるほどな! 気が利くじゃないか、荷物番!」
彼女はスープを飲み干し、パンで皿についた汁まで綺麗に拭って食べた。
完食。
俺は安堵のため息を殺し、自分の分のスープを飲む。
……苦い。
俺にはわかる。舌の奥に残る、えぐいような苦味が。
よくこんなものを「美味い」と言って食えるな。味覚まで筋肉でできているのか。
「あー、食った食った! 水!」
「はいよ」
水を渡すと、彼女は一気に飲み干して、そのまま毛布にくるまって横になった。
「明日は早い。寝るぞ」
「ああ。火の番は俺がやる」
「任せた」
数分もしないうちに、規則正しい寝息が聞こえてきた。
俺は焚き火に薪をくべながら、彼女の寝顔を鑑定する。
【エルザ】
【状態:睡眠、代謝亢進(極大)】
【毒性残留:微小(浄化中)】
数値が下がっていくのが見える。
これなら朝には完全に抜けているだろう。
俺は鍋に残った赤いスープを眺めながら、夜明けを待った。
翌朝。
森の朝は霧が濃い。
俺たちは予定通りに出発し、一時間ほど歩いたところで遭遇した。
体長三メートルはある大熊、グリズリーだ。
「グルルルァァッ!」
咆哮が空気を震わせる。
だが、エルザは不敵に笑っていた。
「うるさいのが出たな!」
彼女が地面を蹴る。
速い。昨日よりもさらにキレがいい。
本来なら、今頃は手足が痺れて剣も握れなかったはずの体だ。
だが今は、毒が抜けた反動と、昨夜のスタミナ食の効果で、コンディションは最高潮に達している。
【状態:絶好調】
鑑定の文字が輝いて見える。
「はあっ!」
すれ違いざまの一閃。
大熊の太い腕が宙を舞い、続く返し刃が首を捉えた。
巨体が地響きを立てて倒れる。
瞬殺だった。
「ふっ、軽い軽い! 今日の私は羽が生えたみたいだ!」
エルザが剣を振って血を払い、こちらを振り返る。
その顔色は良く、肌艶もいい。
「昨日のスープが効いたな! あれのおかげで力がみなぎってる!」
「そりゃよかった。また作るよ」
「おう、頼むぞ! あ、でも次はもう少し辛さ控えめでもいいぞ!」
彼女は快活に笑い、先へと歩き出す。
自分が致死性の毒を克服したことなど、夢にも思っていない。
俺は解体ナイフを取り出し、熊の死体に向かう。
熊の胆嚢(たんのう)は高く売れるし、万能薬の材料にもなる。
次に彼女が何を口にするかわからない以上、備えは多い方がいい。
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