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第10話 ローブの裾と、転倒防止
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「きゃっ!?」
短い悲鳴と共に、ソフィアが盛大に転んだ。
これで今日、五回目だ。
彼女は泥だらけの顔を上げ、憎々しげに地面の木の根を睨みつけた。
「なんなのよ、この森は! 私の足に絡みついてくるんじゃないわよ!」
彼女は杖を振り回して、無抵抗な木の根を叩いた。
八つ当たりもいいところだ。
先頭を歩くエルザが、呆れたように振り返る。
「おいおい、足元がお留守だぞ。そんなんじゃ戦闘になったら即死だぞ」
「うるさいわね! このローブが……風で煽られて足に絡まるのよ! 私のせいじゃないわ!」
ソフィアは立ち上がり、長いローブの裾をバサバサと払った。
彼女の着ている『蒼穹のローブ』は、王宮の式典でも使われるような高級品だ。
生地は上質なシルクで、裾は地面を引きずるほど長い。
平らな宮殿の床を歩く分には優雅だが、木の根や茨が張り巡らされたこの森では、ただの拘束具でしかない。
俺は後ろから、彼女の背中を「鑑定」する。
【宮廷魔導師の儀礼用ローブ】
【品質:A】
【機動性:E(最悪)】
【状態:裾のほつれ(多数)、泥汚れ、静電気による吸着】
【注記:風に煽られやすく、歩行時に足首に巻き付く構造。転倒リスク極大】
完全に場所違いの装備だ。
だが、プライドの高い彼女に「その服は邪魔だから脱げ」とは言えない。
彼女にとって、このローブは宮廷魔導師としての身分の証なのだから。
「少し休憩にしよう。ソフィアの機嫌も悪いしな」
エルザの提案で、俺たちは早めの昼食休憩を取ることになった。
ソフィアは不機嫌そうに切り株に座り、汚れた裾を気にしている。
「……あーあ、最悪。シルクが台無しだわ」
彼女が嘆いている隙に、俺は動く。
彼女が食事に夢中になっている間に、脱いで近くの枝に干しておいたローブを回収するふりをして、茂みの陰に持ち込んだ。
やることは二つ。
『裾上げ』と『ウェイト調整』だ。
まずは裁縫セットを取り出す。
裾の泥汚れが酷い部分を、思い切って内側に折り込む。
約三センチ。
これだけで、地面との摩擦は劇的に減る。
俺は高速で針を動かし、折り込んだ部分を縫い付ける。
糸は生地と同じ青色を使っているので、縫い目は目立たない。
次に、ここが重要だ。
俺は道具袋から、釣りに使う小さな『鉛の重り』を十個ほど取り出した。
これを、裾の折り返し部分の中に等間隔で縫い込む。
普通の服に重りを入れたら重くて歩きにくいが、彼女のような魔術師は杖をついて歩くため、多少の重量増は気にならないはずだ。
それよりも、重りがあることで裾が真下に引っ張られ、風でヒラヒラと舞い上がらなくなる効果の方が大きい。
常にストンと落ちるシルエットになり、足に絡まるのを防ぐのだ。
作業時間、十分。
俺は何食わぬ顔でローブを戻す。
「ソフィア様、乾きましたよ」
「ええ、ありがとう。……はぁ、またこれを着て歩くのかと思うと憂鬱ね」
彼女は嫌そうにローブを羽織った。
だが、立ち上がった瞬間、彼女は「おや?」という顔をした。
「……なんか、落ち着くわね」
裾がストンと落ちて、足元がスッキリしている。
歩き出してみると、その違いは歴然だった。
風が吹いても、裾は重りに引かれて優雅に揺れるだけで、決してめくれ上がらない。
木の根を跨ぐ時も、生地が足にまとわりつかないので、スムーズに足が出る。
「あら? あらら?」
ソフィアは驚いたように何度も足踏みをした。
転ばない。
それどころか、重りの遠心力で裾が綺麗に広がり、歩く姿がいつもより堂々として見える。
「ふふっ……そうか、わかったわ」
彼女は杖を突き、モデルのように優雅にターンを決めた。
「私の高貴なオーラが、風を従わせたのね。障害物が私を避けているようだわ」
「へえ、すげえな。さっきまで転がりまくってたのにな」
エルザが感心したように言う。
ソフィアは鼻高々に歩き出した。
「当然よ。森もようやく、誰が支配者なのか理解したみたいね」
彼女はスタスタと進んでいく。
その足取りは軽く、裾には一切の乱れもない。
時折、木の枝が裾を掠めるが、重りのついた生地は枝を弾き返して進む。
まるで鉄壁の防御だ。
俺は後ろで荷物を背負い直す。
あの重り、全部で五百グラムくらいあるんだが、彼女は気づいていないらしい。
「オーラで服が重厚になった」とでも思っているのだろうか。
まあいい。
転んで怪我をされるよりは、多少重くても歩いてもらった方がマシだ。
俺は彼女の優雅な(物理的に制御された)後ろ姿を見ながら、平穏な行軍を楽しんだ。
……あ、でも洗濯する時に重りを外すのを忘れないようにしないとな。
短い悲鳴と共に、ソフィアが盛大に転んだ。
これで今日、五回目だ。
彼女は泥だらけの顔を上げ、憎々しげに地面の木の根を睨みつけた。
「なんなのよ、この森は! 私の足に絡みついてくるんじゃないわよ!」
彼女は杖を振り回して、無抵抗な木の根を叩いた。
八つ当たりもいいところだ。
先頭を歩くエルザが、呆れたように振り返る。
「おいおい、足元がお留守だぞ。そんなんじゃ戦闘になったら即死だぞ」
「うるさいわね! このローブが……風で煽られて足に絡まるのよ! 私のせいじゃないわ!」
ソフィアは立ち上がり、長いローブの裾をバサバサと払った。
彼女の着ている『蒼穹のローブ』は、王宮の式典でも使われるような高級品だ。
生地は上質なシルクで、裾は地面を引きずるほど長い。
平らな宮殿の床を歩く分には優雅だが、木の根や茨が張り巡らされたこの森では、ただの拘束具でしかない。
俺は後ろから、彼女の背中を「鑑定」する。
【宮廷魔導師の儀礼用ローブ】
【品質:A】
【機動性:E(最悪)】
【状態:裾のほつれ(多数)、泥汚れ、静電気による吸着】
【注記:風に煽られやすく、歩行時に足首に巻き付く構造。転倒リスク極大】
完全に場所違いの装備だ。
だが、プライドの高い彼女に「その服は邪魔だから脱げ」とは言えない。
彼女にとって、このローブは宮廷魔導師としての身分の証なのだから。
「少し休憩にしよう。ソフィアの機嫌も悪いしな」
エルザの提案で、俺たちは早めの昼食休憩を取ることになった。
ソフィアは不機嫌そうに切り株に座り、汚れた裾を気にしている。
「……あーあ、最悪。シルクが台無しだわ」
彼女が嘆いている隙に、俺は動く。
彼女が食事に夢中になっている間に、脱いで近くの枝に干しておいたローブを回収するふりをして、茂みの陰に持ち込んだ。
やることは二つ。
『裾上げ』と『ウェイト調整』だ。
まずは裁縫セットを取り出す。
裾の泥汚れが酷い部分を、思い切って内側に折り込む。
約三センチ。
これだけで、地面との摩擦は劇的に減る。
俺は高速で針を動かし、折り込んだ部分を縫い付ける。
糸は生地と同じ青色を使っているので、縫い目は目立たない。
次に、ここが重要だ。
俺は道具袋から、釣りに使う小さな『鉛の重り』を十個ほど取り出した。
これを、裾の折り返し部分の中に等間隔で縫い込む。
普通の服に重りを入れたら重くて歩きにくいが、彼女のような魔術師は杖をついて歩くため、多少の重量増は気にならないはずだ。
それよりも、重りがあることで裾が真下に引っ張られ、風でヒラヒラと舞い上がらなくなる効果の方が大きい。
常にストンと落ちるシルエットになり、足に絡まるのを防ぐのだ。
作業時間、十分。
俺は何食わぬ顔でローブを戻す。
「ソフィア様、乾きましたよ」
「ええ、ありがとう。……はぁ、またこれを着て歩くのかと思うと憂鬱ね」
彼女は嫌そうにローブを羽織った。
だが、立ち上がった瞬間、彼女は「おや?」という顔をした。
「……なんか、落ち着くわね」
裾がストンと落ちて、足元がスッキリしている。
歩き出してみると、その違いは歴然だった。
風が吹いても、裾は重りに引かれて優雅に揺れるだけで、決してめくれ上がらない。
木の根を跨ぐ時も、生地が足にまとわりつかないので、スムーズに足が出る。
「あら? あらら?」
ソフィアは驚いたように何度も足踏みをした。
転ばない。
それどころか、重りの遠心力で裾が綺麗に広がり、歩く姿がいつもより堂々として見える。
「ふふっ……そうか、わかったわ」
彼女は杖を突き、モデルのように優雅にターンを決めた。
「私の高貴なオーラが、風を従わせたのね。障害物が私を避けているようだわ」
「へえ、すげえな。さっきまで転がりまくってたのにな」
エルザが感心したように言う。
ソフィアは鼻高々に歩き出した。
「当然よ。森もようやく、誰が支配者なのか理解したみたいね」
彼女はスタスタと進んでいく。
その足取りは軽く、裾には一切の乱れもない。
時折、木の枝が裾を掠めるが、重りのついた生地は枝を弾き返して進む。
まるで鉄壁の防御だ。
俺は後ろで荷物を背負い直す。
あの重り、全部で五百グラムくらいあるんだが、彼女は気づいていないらしい。
「オーラで服が重厚になった」とでも思っているのだろうか。
まあいい。
転んで怪我をされるよりは、多少重くても歩いてもらった方がマシだ。
俺は彼女の優雅な(物理的に制御された)後ろ姿を見ながら、平穏な行軍を楽しんだ。
……あ、でも洗濯する時に重りを外すのを忘れないようにしないとな。
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