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第14話 清貧の誓いと、高カロリービスケット
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「聖女様、お食事の時間です。こちらをどうぞ」
昼休憩の時、侍女が恭しく差し出したのは、硬そうな黒パンと水だけだった。
ルナは微笑んで首を振る。
「いいえ。私は断食の祈りを捧げていますから。皆様でお食べなさい」
「ですが、昨日も召し上がっていないのでは……?」
「心配いりません。神の愛が私を満たしてくれていますから」
彼女はそう言って、木陰で瞑想を始めた。
周囲の信者たちは「なんて慈悲深い」「自分を犠牲にして祈りを捧げている」と感動している。
だが、俺の目は誤魔化せない。
瞑想している彼女の腹のあたりを「鑑定」する。
【聖女ルナ】
【状態:極度の空腹、低血糖、めまい】
【胃袋の内容物:水のみ】
【注記:あと一時間で昏倒する。清貧の誓い(人前で食事をしない)のせいで、隠れて食べる機会を逃し続けている】
アホなのか。
彼女は教会の広告塔として、「清貧で霞を食って生きている聖女」を演じさせられている。
だが、実際は成長期の少女だ。食わなきゃ死ぬ。
昨日の法衣軽量化で歩く速度は上がったが、エネルギー切れで倒れられたら元も子もない。
「おい、あの聖女、顔色悪くないか?」
エルザが干し肉を齧りながら囁く。
「青白いな。貧血だろう」
俺は適当に答えつつ、自分の荷物を探る。
普通の食事を差し入れても、彼女は誓いの手前、受け取れないだろう。
ならば、食事に見えないものを食わせるしかない。
俺が取り出したのは、親指ほどの大きさの茶色い塊だ。
見た目はただの木片か、失敗したクッキーに見える。
だが、その正体は俺特製の『圧縮レーション』だ。
【高密度ナッツバー】
【材料:粉砕した木の実、ラード、蜂蜜、乾燥肉の粉末】
【カロリー:このひとかけらで成人男性の一食分に相当】
【味:濃厚すぎて喉が焼ける】
遭難した時用に作っておいた非常食だ。
これをどう渡すか。
俺は水筒を持って、瞑想(という名の空腹への耐え忍び)をしているルナに近づいた。
「聖女様、お水のお代わりはいかがですか」
「……ええ、ありがとう」
ルナが薄目を開ける。
焦点が合っていない。限界寸前だ。
俺は彼女の死角になる位置に立ち、水筒を渡すふりをして、手の中のビスケットを彼女の掌に押し付けた。
そして、小声で囁く。
「祈りの触媒として使われる『聖なる木の根』です。口に含んで念じれば、力が湧くと言われています」
「え……?」
ルナが手の中を見る。
茶色い塊だ。
彼女は一瞬、怪訝な顔をしたが、そこから漂う強烈な脂と糖分の匂いに、鼻がピクリと反応した。
本能が理解したのだ。これは「食べ物」だと。
「……神の、恵み?」
「ええ。周囲には内緒にしてください。秘儀ですから」
俺はウィンクもしないで事務的に告げ、離れた。
ルナは周囲をキョロキョロと見回した。
誰も見ていない。
彼女は震える手で、その塊を口に放り込んだ。
モグッ。
彼女の目がカッと見開かれる。
口いっぱいに広がる、暴力的なまでのカロリー。
ラードのコクと蜂蜜の甘さ、ナッツの香ばしさが、飢餓状態の脳髄を直撃する。
普通の人間なら胸焼けするレベルの濃厚さだが、今の彼女にとっては至上の甘露だろう。
ゴクリ。
彼女はそれを飲み込んだ。
とたん、蒼白だった頬に赤みが差す。
胃袋に落ちた塊が、即座に熱となり、手足の末端まで血液を送り出し始めたのだ。
「はぁ……っ!」
ルナが熱い息を吐く。
瞳に力が戻っている。
彼女は自分の手を見つめ、握りしめた。
力が入る。指先の震えが止まっている。
「……すごい。これが聖なる根の力……」
彼女は俺の方を見た。
俺は知らんぷりをしてエルザと話している。
ルナは胸の前で十字を切った。
「(神よ、感謝します。この卑しい身に、これほどの活力を与えてくださるとは……)」
彼女は立ち上がった。
その立ち姿は、さっきまでの幽霊のような儚さが消え、大地に根を張る大木のように力強い。
「皆様! 祈りは届きました! 出発しましょう!」
ルナの声が朗々と響き渡る。
信者たちはどよめいた。
「断食の果てに、神気を纏われた!」「なんと神々しい!」
いや、ただのカロリー摂取だ。
ナッツとラードの力だ。
歩き出したルナは、時折俺の方をチラチラと見てくる。
その視線は「もっと欲しい」と言っているように見えた。
……やれやれ。
あのレーションはまだ在庫があるが、あまり与えすぎると太るぞ。
この法衣はウエストの調整ができないんだからな。
俺は次回の「おやつ」のタイミングを計算しながら、元気になった聖女の後ろを歩いた。
とりあえず、餓死の危機は去った。
俺の仕事は順調だ。
昼休憩の時、侍女が恭しく差し出したのは、硬そうな黒パンと水だけだった。
ルナは微笑んで首を振る。
「いいえ。私は断食の祈りを捧げていますから。皆様でお食べなさい」
「ですが、昨日も召し上がっていないのでは……?」
「心配いりません。神の愛が私を満たしてくれていますから」
彼女はそう言って、木陰で瞑想を始めた。
周囲の信者たちは「なんて慈悲深い」「自分を犠牲にして祈りを捧げている」と感動している。
だが、俺の目は誤魔化せない。
瞑想している彼女の腹のあたりを「鑑定」する。
【聖女ルナ】
【状態:極度の空腹、低血糖、めまい】
【胃袋の内容物:水のみ】
【注記:あと一時間で昏倒する。清貧の誓い(人前で食事をしない)のせいで、隠れて食べる機会を逃し続けている】
アホなのか。
彼女は教会の広告塔として、「清貧で霞を食って生きている聖女」を演じさせられている。
だが、実際は成長期の少女だ。食わなきゃ死ぬ。
昨日の法衣軽量化で歩く速度は上がったが、エネルギー切れで倒れられたら元も子もない。
「おい、あの聖女、顔色悪くないか?」
エルザが干し肉を齧りながら囁く。
「青白いな。貧血だろう」
俺は適当に答えつつ、自分の荷物を探る。
普通の食事を差し入れても、彼女は誓いの手前、受け取れないだろう。
ならば、食事に見えないものを食わせるしかない。
俺が取り出したのは、親指ほどの大きさの茶色い塊だ。
見た目はただの木片か、失敗したクッキーに見える。
だが、その正体は俺特製の『圧縮レーション』だ。
【高密度ナッツバー】
【材料:粉砕した木の実、ラード、蜂蜜、乾燥肉の粉末】
【カロリー:このひとかけらで成人男性の一食分に相当】
【味:濃厚すぎて喉が焼ける】
遭難した時用に作っておいた非常食だ。
これをどう渡すか。
俺は水筒を持って、瞑想(という名の空腹への耐え忍び)をしているルナに近づいた。
「聖女様、お水のお代わりはいかがですか」
「……ええ、ありがとう」
ルナが薄目を開ける。
焦点が合っていない。限界寸前だ。
俺は彼女の死角になる位置に立ち、水筒を渡すふりをして、手の中のビスケットを彼女の掌に押し付けた。
そして、小声で囁く。
「祈りの触媒として使われる『聖なる木の根』です。口に含んで念じれば、力が湧くと言われています」
「え……?」
ルナが手の中を見る。
茶色い塊だ。
彼女は一瞬、怪訝な顔をしたが、そこから漂う強烈な脂と糖分の匂いに、鼻がピクリと反応した。
本能が理解したのだ。これは「食べ物」だと。
「……神の、恵み?」
「ええ。周囲には内緒にしてください。秘儀ですから」
俺はウィンクもしないで事務的に告げ、離れた。
ルナは周囲をキョロキョロと見回した。
誰も見ていない。
彼女は震える手で、その塊を口に放り込んだ。
モグッ。
彼女の目がカッと見開かれる。
口いっぱいに広がる、暴力的なまでのカロリー。
ラードのコクと蜂蜜の甘さ、ナッツの香ばしさが、飢餓状態の脳髄を直撃する。
普通の人間なら胸焼けするレベルの濃厚さだが、今の彼女にとっては至上の甘露だろう。
ゴクリ。
彼女はそれを飲み込んだ。
とたん、蒼白だった頬に赤みが差す。
胃袋に落ちた塊が、即座に熱となり、手足の末端まで血液を送り出し始めたのだ。
「はぁ……っ!」
ルナが熱い息を吐く。
瞳に力が戻っている。
彼女は自分の手を見つめ、握りしめた。
力が入る。指先の震えが止まっている。
「……すごい。これが聖なる根の力……」
彼女は俺の方を見た。
俺は知らんぷりをしてエルザと話している。
ルナは胸の前で十字を切った。
「(神よ、感謝します。この卑しい身に、これほどの活力を与えてくださるとは……)」
彼女は立ち上がった。
その立ち姿は、さっきまでの幽霊のような儚さが消え、大地に根を張る大木のように力強い。
「皆様! 祈りは届きました! 出発しましょう!」
ルナの声が朗々と響き渡る。
信者たちはどよめいた。
「断食の果てに、神気を纏われた!」「なんと神々しい!」
いや、ただのカロリー摂取だ。
ナッツとラードの力だ。
歩き出したルナは、時折俺の方をチラチラと見てくる。
その視線は「もっと欲しい」と言っているように見えた。
……やれやれ。
あのレーションはまだ在庫があるが、あまり与えすぎると太るぞ。
この法衣はウエストの調整ができないんだからな。
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俺の仕事は順調だ。
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