鑑定持ちの荷物番。英雄たちの「弱点」をこっそり塞いでいたら、彼女たちが俺から離れなくなった

仙道

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第24話 受付嬢の計略と、専属契約書

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「荷物番さん、少しいいですか?」

 ある日の夕方、ギルドに報告に来た俺を、マリーが手招きした。
 今日の彼女は妙にキリッとしている。
 服装もいつもの制服だが、襟元がピシッと整えられ、髪も気合を入れてセットされているようだ。

「はい、何でしょう」
「実は、いつも『銀の牙』の皆様には多大な貢献をしていただいているので……ギルドから特別な『優先処理パス』を発行することになったんです」

 彼女は分厚い羊皮紙の束をカウンターに置いた。

「これがあれば、混雑時でも並ばずに受付を通せますし、手数料も免除されます。こちらの書類にサインをいただくだけで、すぐ発行できますよ」

 甘い誘い文句だ。
 確かに、あの行列に並ばなくて済むのは魅力的だ。
 エルザなら「ラッキー!」と言って即座にサインするだろう。
 だが、俺は見てしまった。
 マリーの額に浮かぶ脂汗と、カウンターの下で小刻みに震えている膝を。

「……随分と枚数が多いですね」
「え、ええ! 形式的なものですから! 規約とか、免責事項とか、細かいことが書いてあるだけです! 全部同じような内容ですから、パパッとサインしちゃってください!」

 彼女はペンの柄を俺の方に向け、満面の笑みを浮かべている。
 その笑顔が、どこか引きつっている。

 俺はペンを受け取り、羊皮紙の束をパラパラとめくった。
 一枚目、ギルド利用規約。問題なし。
 二枚目、免責同意書。問題なし。
 三枚目、個人情報取り扱い同意書。問題なし。

 俺は流し読みするふりをして、全ページを高速で「鑑定」していく。
 そして、二十枚ほどある書類の束の、下から三枚目。
 他の書類と紙質が微妙に違う一枚を見つけた。

 【マリー・アンダーソン専属補佐契約書】
 【契約期間:終身(死後も魂の保有権を含む)】
 【業務内容:マリーの身の回りの世話、事務処理の代行、メンタルケア、および彼女がギルドマスターになるまでの全サポート】
 【報酬:マリーの笑顔と手作り弁当(日替わり)】
 【特記事項:甲(マリー)は乙(俺)の私生活を管理し、他の女性との接触を制限する権利を持つ】

 ……重い。
 内容が重すぎる。
 しかも、この書類だけ、文字が極端に小さく、かつ薄いインクで書かれている。
 パッと見では白紙に見えるレベルだ。
 これを「形式的なもの」の中に混ぜてサインさせるとは、詐欺師の手口だ。

「……マリーさん」
「は、はいっ! 何でしょう!?」

 マリーがビクッと肩を震わせた。

「この、下から三枚目の書類なんですが」

 俺はその一枚を指先で摘み上げた。

「これ、印刷ミスじゃないですか? 字が薄すぎて読めませんよ」
「えっ!? あ、いえ、それは……『心の目』で読むための特別な……」
「それに、タイトルが『専属補佐契約書』に見えるんですが」

 俺が指摘すると、マリーの顔から血の気が引いた。

「あ、あはは……! やだなぁ、何かの間違いですよ! 書類が混ざっちゃったのかなぁ!」
「そうですよね。こんな奴隷契約みたいな書類、ギルドの公式文書にあるわけないですよね」

 俺はニッコリと笑い、その書類を両手で持った。

「間違いなら、処分しておきますね」

 ビリッ。

「ああっ!」

 マリーが悲鳴を上げる前で、俺はその紙を破いた。
 さらに半分に。もう半分に。
 徹底的に細切れにする。

「これで安心ですね。他の書類にはサインしますよ」

 俺は残りの書類にサラサラとサインをし、マリーに返した。
 マリーは細切れになった野望(契約書)の残骸を呆然と見つめていたが、すぐに気を取り直して、書類を受け取った。

「……ありがとうございます。パス、発行しておきますね」

 彼女の声は小さい。
 だが、その目は死んでいなかった。
 俺がカウンターを離れようとすると、彼女はボソリと呟いた。

「(……やっぱり、すごい。あんな細かい文字を一瞬で見抜くなんて)」

 彼女の目には、俺の行動が「優秀な事務能力の証明」として映ったようだ。

「(今の私の計略を見破るなんて、彼こそが私の補佐に相応しい唯一の人材だわ……。次は、インクに幻惑魔法をかけて……いいえ、契約書を依頼書の裏面に印刷して……)」

 彼女はブツブツと次の作戦を練り始めている。
 反省していない。
 むしろ、「攻略しがいのあるターゲット」として認識が強化されたようだ。

 俺は背中に悪寒を感じながら、ギルドを出た。
 受付嬢の事務処理能力が上がったのは良いことだが、その能力が俺の捕獲に向けられるのは勘弁してほしい。
 これからは書類にサインする時、一枚一枚裏まで確認しないといけなくなった。
 俺の平穏な日常は、常に油断ならない緊張感と共にある。

 ……まあ、少なくとも優先パスは手に入れた。
 これで明日からの報告は楽になるだろう。
 俺はプラス思考で自分を慰めながら、宿へと戻った。
 宿では、エルザ、ソフィア、ルナの三人が、「誰が俺の部屋の隣を取るか」で揉めている声が聞こえてきた。
 俺は回れ右をして、時間を潰すために市場へ向かった。
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