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第25話 四人の包囲網と、変わらない日常(最終話)
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「それで? 結局、誰の専属になるつもりなのかしら」
宿の談話室は、凍りつくような緊張感に包まれていた。
テーブルを囲んでいるのは四人の美女。
『銀の牙』のリーダー、剣士エルザ。
宮廷魔術師、ソフィア。
教会の聖女、ルナ。
そして、ギルドの受付嬢、マリー。
この街の重要人物たちが勢揃いし、その視線の中心には、縮こまっている俺がいる。
「言ったはずだぞ。こいつはウチの荷物番だ。私の背中を守れるのはこいつしかいない」
エルザが剣の柄に手を置きながら睨みを利かせる。
彼女の剣は、俺が昨日重心調整をしたばかりのミスリルソードだ。
「あら、野蛮ね。彼の繊細な指先は、私の魔導具を整備するためにあるのよ。彼がいないと、私の魔法精度が0.1%落ちるの。これは国家的損失よ」
ソフィアが眼鏡(俺がコーティング済み)を光らせて反論する。
「お二人は彼を道具のように扱いますが、私は違います。彼は神が遣わした私の守護天使。彼がいるだけで、私は空腹を感じず、痛みも消え、無限に歩けるのです」
ルナが胸の前で手を組む。彼女の法衣の下には、俺が仕込んだゴム板とフェルトが入っている。
「皆さん、独り占めは良くないですよぉ。彼はギルドの事務処理能力を飛躍的に向上させる『妖精さん』なんですから。彼の管理はギルドが一括して行い、皆さんに貸し出す形にするのが一番効率的です(もちろん管理料は頂きます)」
マリーが笑顔で黒い提案をする。彼女のデスクには、俺がタグ付けした書類の山が整然と並んでいるはずだ。
四人の主張は平行線だ。
そして、全員の目は「私が一番彼を必要としている」と訴えている。
彼女たちは気づいていない。
自分たちが「彼なしでは生きられない体(装備環境)」にされていることに。
俺が抜ければ、エルザの剣は折れ、ソフィアは頭痛で倒れ、ルナはアレルギーで悶絶し、マリーは残業地獄に堕ちる。
つまり、誰か一人を選べば、他の三人が物理的・社会的に死ぬ。
「……はぁ」
俺は深くため息をついた。
逃げ場はない。
異世界転生して、チート能力で無双する夢は見ていなかったが、まさか「メンテナンス係」として最強美女たちに包囲されるとは。
「おい、黙ってないで決めろよ」
エルザが痺れを切らしてテーブルを叩く。
俺は覚悟を決めて顔を上げた。
「わかった。提案がある」
四人の視線が突き刺さる。
「俺は誰の専属にもならない」
「なっ……!?」
「その代わり、全員の面倒を見る」
俺は指を折って数える。
「エルザの剣と鎧のメンテは毎日やる。ソフィア様の実験補助と道具の手入れは週三回。ルナ様の巡礼や儀式の準備も手伝う。マリーさんの繁忙期にはギルドを手伝いに行く」
とんでもないブラック労働だ。
だが、特定の誰かに縛られて自由を失うよりは、全員に「貸し」を作って適度な距離を保つ方が、俺の生存戦略としては正しい。
それに、彼女たちが破滅するのを見るのは、寝覚めが悪い。
「全員……ですって? 体、持つの?」
ソフィアが呆れたように言う。
「持つようにするさ。俺は荷物番だからな。重い荷物を持つのは慣れてる」
俺はニヤリと笑ってみせた。
虚勢だ。本当は胃が痛い。
だが、こう言っておかないと収まりがつかない。
「……ふん。まあ、こいつらしいか」
エルザが最初に折れた。
彼女は俺の淹れたお茶(疲労回復入り)を飲み干す。
「いいだろう。ただし、私の剣が一番優先だぞ」
「はいはい」
「私も、彼が過労で倒れないように、回復魔法をかけてあげるわ。だから実験室には顔を出しなさい」
「お手柔らかに頼みます」
「神の愛は広く平等ですものね。貴方が皆を救うというなら、私は祈りでそれを支えましょう(指輪のコーティングは忘れないでくださいね)」
「善処します」
「ギルドとしても、遊撃要員として動いてもらえるなら助かります。優先パスの期限、無期限にしておきますね(契約書はまた作っておきます)」
「……破りますけどね」
なんとか、話はまとまった。
四人はそれぞれの要求を通し、満足げに帰路につく。
嵐が去った後の談話室で、俺は一人、冷めたお茶を啜った。
平穏な日常とは程遠い。
これからは四人のワガママを聞き、四人分の弱点をこっそり塞ぎ続ける日々が待っている。
道具袋の中身は常に補充しておかなければならないし、新しい工具も開発する必要があるだろう。
だが。
「……まあ、悪くないか」
俺は窓の外を見た。
エルザが剣を撫でながら歩いている。
ソフィアが杖を軽く振って明かりを灯している。
ルナが軽やかな足取りで教会へ戻っていく。
マリーが定時退社の喜びを噛み締めながら市場へ向かっている。
彼女たちがその「強さ」や「有能さ」を維持できているのは、俺の地味な作業のおかげだ。
誰もそれを知らない。
歴史書にも残らない。
だが、俺だけが知っている。
彼女たちの輝かしい英雄譚の裏側に、俺の「鑑定」と「修理」があったことを。
それは、MOBとして生きる俺にとって、密やかで、しかし確かな優越感だった。
「さて、明日の準備をするか」
俺は立ち上がり、道具袋を肩にかけた。
重い。
だが、それが俺の生きる重さだ。
俺は異世界で、名前のない荷物番として生きていく。
最強の英雄たちを、影からこっそりと支えながら。
――完
宿の談話室は、凍りつくような緊張感に包まれていた。
テーブルを囲んでいるのは四人の美女。
『銀の牙』のリーダー、剣士エルザ。
宮廷魔術師、ソフィア。
教会の聖女、ルナ。
そして、ギルドの受付嬢、マリー。
この街の重要人物たちが勢揃いし、その視線の中心には、縮こまっている俺がいる。
「言ったはずだぞ。こいつはウチの荷物番だ。私の背中を守れるのはこいつしかいない」
エルザが剣の柄に手を置きながら睨みを利かせる。
彼女の剣は、俺が昨日重心調整をしたばかりのミスリルソードだ。
「あら、野蛮ね。彼の繊細な指先は、私の魔導具を整備するためにあるのよ。彼がいないと、私の魔法精度が0.1%落ちるの。これは国家的損失よ」
ソフィアが眼鏡(俺がコーティング済み)を光らせて反論する。
「お二人は彼を道具のように扱いますが、私は違います。彼は神が遣わした私の守護天使。彼がいるだけで、私は空腹を感じず、痛みも消え、無限に歩けるのです」
ルナが胸の前で手を組む。彼女の法衣の下には、俺が仕込んだゴム板とフェルトが入っている。
「皆さん、独り占めは良くないですよぉ。彼はギルドの事務処理能力を飛躍的に向上させる『妖精さん』なんですから。彼の管理はギルドが一括して行い、皆さんに貸し出す形にするのが一番効率的です(もちろん管理料は頂きます)」
マリーが笑顔で黒い提案をする。彼女のデスクには、俺がタグ付けした書類の山が整然と並んでいるはずだ。
四人の主張は平行線だ。
そして、全員の目は「私が一番彼を必要としている」と訴えている。
彼女たちは気づいていない。
自分たちが「彼なしでは生きられない体(装備環境)」にされていることに。
俺が抜ければ、エルザの剣は折れ、ソフィアは頭痛で倒れ、ルナはアレルギーで悶絶し、マリーは残業地獄に堕ちる。
つまり、誰か一人を選べば、他の三人が物理的・社会的に死ぬ。
「……はぁ」
俺は深くため息をついた。
逃げ場はない。
異世界転生して、チート能力で無双する夢は見ていなかったが、まさか「メンテナンス係」として最強美女たちに包囲されるとは。
「おい、黙ってないで決めろよ」
エルザが痺れを切らしてテーブルを叩く。
俺は覚悟を決めて顔を上げた。
「わかった。提案がある」
四人の視線が突き刺さる。
「俺は誰の専属にもならない」
「なっ……!?」
「その代わり、全員の面倒を見る」
俺は指を折って数える。
「エルザの剣と鎧のメンテは毎日やる。ソフィア様の実験補助と道具の手入れは週三回。ルナ様の巡礼や儀式の準備も手伝う。マリーさんの繁忙期にはギルドを手伝いに行く」
とんでもないブラック労働だ。
だが、特定の誰かに縛られて自由を失うよりは、全員に「貸し」を作って適度な距離を保つ方が、俺の生存戦略としては正しい。
それに、彼女たちが破滅するのを見るのは、寝覚めが悪い。
「全員……ですって? 体、持つの?」
ソフィアが呆れたように言う。
「持つようにするさ。俺は荷物番だからな。重い荷物を持つのは慣れてる」
俺はニヤリと笑ってみせた。
虚勢だ。本当は胃が痛い。
だが、こう言っておかないと収まりがつかない。
「……ふん。まあ、こいつらしいか」
エルザが最初に折れた。
彼女は俺の淹れたお茶(疲労回復入り)を飲み干す。
「いいだろう。ただし、私の剣が一番優先だぞ」
「はいはい」
「私も、彼が過労で倒れないように、回復魔法をかけてあげるわ。だから実験室には顔を出しなさい」
「お手柔らかに頼みます」
「神の愛は広く平等ですものね。貴方が皆を救うというなら、私は祈りでそれを支えましょう(指輪のコーティングは忘れないでくださいね)」
「善処します」
「ギルドとしても、遊撃要員として動いてもらえるなら助かります。優先パスの期限、無期限にしておきますね(契約書はまた作っておきます)」
「……破りますけどね」
なんとか、話はまとまった。
四人はそれぞれの要求を通し、満足げに帰路につく。
嵐が去った後の談話室で、俺は一人、冷めたお茶を啜った。
平穏な日常とは程遠い。
これからは四人のワガママを聞き、四人分の弱点をこっそり塞ぎ続ける日々が待っている。
道具袋の中身は常に補充しておかなければならないし、新しい工具も開発する必要があるだろう。
だが。
「……まあ、悪くないか」
俺は窓の外を見た。
エルザが剣を撫でながら歩いている。
ソフィアが杖を軽く振って明かりを灯している。
ルナが軽やかな足取りで教会へ戻っていく。
マリーが定時退社の喜びを噛み締めながら市場へ向かっている。
彼女たちがその「強さ」や「有能さ」を維持できているのは、俺の地味な作業のおかげだ。
誰もそれを知らない。
歴史書にも残らない。
だが、俺だけが知っている。
彼女たちの輝かしい英雄譚の裏側に、俺の「鑑定」と「修理」があったことを。
それは、MOBとして生きる俺にとって、密やかで、しかし確かな優越感だった。
「さて、明日の準備をするか」
俺は立ち上がり、道具袋を肩にかけた。
重い。
だが、それが俺の生きる重さだ。
俺は異世界で、名前のない荷物番として生きていく。
最強の英雄たちを、影からこっそりと支えながら。
――完
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