「真白」〜〜雪と蛇の女〜〜

まへまへ

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第6話 真白(ましろ)

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白い光がまだ部屋の隅に揺れていた。

大蛇の姿から変わった少女は、薄い霞のような衣をまとい、足元まで垂れる長い髪が微かに揺れている。

その姿は、人間のようでいて、どこか現実の輪郭を越えていた。

肌は月の光のように輝き、瞳の奥には、まだ金色の蛇の光が残っている。



一朗はしばらく黙ってその姿を見ていたが、やがて、頭をかきながら、少し苦笑した。

 「なあ……」

少女が小首を傾げる。

 「変身できるんだろ? ……もうちょっと、その、人間っぽくならないかな。ちょっとまだ怖いな……」

少女はぱちりと瞬きをした。

その仕草だけは、妙に人間くさい。

 「怖い……の?」

 「いや、うん……悪い意味じゃないんだけどな。ほら、なんかこう……映画に出てくる宇宙生命体みたいで」

少女はしばらく考えるように目を伏せたあと、ふっと微笑んだ。

 「じゃあ……これならどう?」

その瞬間、再び光が広がった。

白い衣がほどけるように形を変え、肌の色が温かみを帯び、髪にわずかに艶が戻る。

次に目を開けたとき、そこに立っていたのは——たしかに人間の少女のようだった。

けれど、その姿はどこか「つくりもの」めいていた。



顔の輪郭は完璧すぎ、皮膚はザラザラして、まるでSF映画の特殊メイクのよう。

一朗は思わず口を開けて固まった。

 「……お、おお。うん、まあ……」

彼は視線を泳がせながら言葉を探す。

 「だいぶ“人間寄り”になった、かな」

少女は満足げに笑った。

笑顔はまだ少しぎこちないが、その仕草にはどこか可愛げがあった。

 「じゃあ、これでいい?」

 「まあ……いいか」

一朗は苦笑して、膝を抱えたまま肩をすくめる。

 「それで……」

白い蛇は、少し間をおいて言った。

 「お腹、減った……」

一朗は、一瞬ぽかんとしたあと、ぷっと吹き出した。

 「ははっ……そっか、神様でも腹は減るのか」

少女はきょとんとしたまま、少しだけ首を傾げた。

 「食べるの、好き」

 「そうか……」

一朗は笑いながら立ち上がり、台所の方を見た。

 「ササミくらいなら残ってるけどな。蛇の時と同じで、肉食だろ?」

少女は、少し嬉しそうに目を細めた。

「待ってろ。……なんか、食えるもんあるから」

一朗は立ち上がり、台所の方へ向かった。

ロッジの外はまだ吹雪いている。

窓の外では風が唸り、時折、屋根を雪が叩いた。

冷蔵庫を開けると、朝の仕込みで残った鳥のササミがあった。

彼は鉄板を取り出し、ランタンの明かりの下で火を点ける。

油を少し垂らすと、静かな部屋に“じゅっ”という音が響いた。

白い煙が立ちのぼり、その匂いに気づいたのか、真白が台所の方をそっと覗いた。

彼女の瞳は金色の光を帯びていて、まるで焚き火の炎を映しているようだった。

 「なに、それ?」

 「ササミ。鳥の肉だよ。前にお前にやったろ。食べられるか?」

彼女は、目を丸くしてこくりと頷いた。

一朗は焼き目を確かめてから皿にのせ、テーブルの上に置いた。

 「熱いから、気をつけろよ」

真白は恐る恐る、箸の代わりに指で少しちぎり、口に入れた。

次の瞬間、彼女の目がふわっと見開かれた。

ほんの一瞬、何か柔らかい光がその瞳に灯ったように見えた。

 「……あたたかい」

 「え?」

 「これ、あたたかいね。口の中にひろがって、胸の奥が、ぽかぽかする」

 一朗は笑って、「そりゃあ焼いてるからな」と肩をすくめた。

真白はゆっくりともう一口食べ、そのまま目を細めた。

 「……しあわせ、って、こういうのかな」

その言葉を聞いた一朗は、胸のどこかが不思議に締めつけられるのを感じた。

雪に閉ざされた夜。

神の使いだと思っていた白蛇が、今は目の前で、湯気の立つ皿を前に微笑んでいる。

 「なあ……」

一朗は少し迷いながら言った。

 「お前、名前は?」

彼女は首をかしげた。

 「名前?」

 「ああ。呼び方だよ。ほら、お前にも名前あるだろ?」

彼女はしばらく考えるように目を伏せた。

そして、かすかに笑って言った。

 「蛇に、名前はないよ」

その声はどこか寂しげで、でも、どこか誇らしげでもあった。

 「じゃあ……」と彼女は続けた。

 「あなたの名前、教えて」

一朗は少し笑って答えた。

 「一朗。いちろうだ」

真白はその名を口の中でゆっくり転がすように言った。

 「いちろう……」

彼女はにっこりと微笑んで、「一朗、おいしかったよ」

一朗は、思わず吹き出した。

 「ははっ……なんか、変な言い方するな」

彼女は首を傾げて、困ったように笑う。

 「だって、ほんとに美味しかったんだもん」

一朗はしばらくその笑顔を見つめてから、「じゃあさ」と呟いた。

 「名前、欲しいか?」

彼女は目を輝かせ、勢いよく頷いた。

 「うん、ほしい!」

その無邪気な反応に、一朗は小さく笑った。

 「俺が決めてもいいのか?」

 「いいよ」

 「そうか……」

一朗はしばらく考えて、彼女の白い髪と肌を見つめた。

 「じゃあ……“真白”はどうだ?」

 「ましろ?」

 「そう。真っ白い蛇だから、真白。そのまんまだけど、悪くないだろ?」

真白はその言葉を口の中で何度か繰り返した。

 「ましろ……ましろ……」

そして、ふっと笑った。

その笑顔は、雪がやんだあとの空のように澄んでいた。



 「うん。好き。真白……」

一朗は思わず、胸の奥が温かくなるのを感じた。

嵐の外では、風が少しずつ静まっていった。

ランタンの灯りが二人の間でゆらゆらと揺れ、その小さな光の中で、“人”と“蛇”は初めて互いの名を知った。

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