「真白」〜〜雪と蛇の女〜〜

まへまへ

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第12話 ハンバーガーと恋の勉強

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買い物を終えたあと、二人はモールのフードコートにやって来た。

昼どきで賑わう空間に、甘いソースの匂いとポテトの香ばしさが漂っている。

トレイを手に並んで歩く一朗の横で、真白は目を輝かせていた。

 「ここ、すごいね……いい匂いがする!」

 「はは、腹が減るだろ? ここで昼にしよう」

一朗はハンバーガーショップのカウンターを指さす。

 「ハンバーガーっていうんだ。パンの間に、肉とか野菜とかいろいろ挟んであってな」

 「にく……」

真白は小さく呟いて、首を傾げる。

 「鳥じゃないんだよね?」

 「うん、牛。牛の肉だ」

その瞬間、真白の瞳がぱっと大きく開いた。

 「う、牛……! 大きな生き物だよね? そんなの……食べちゃうの?」

 「まあ、そういう文化なんだ。人間はな、昔からいろんなものを食べて生きてきた」

一朗は笑いながら説明したが、真白は少し戸惑った表情を浮かべた。

席について、二人の前にトレイが置かれる。

ふっくらしたパン、香ばしい肉の香り。

真白は両手で包み紙をおそるおそる持ち、顔を近づけた。

 「これが……牛のにおい?」

 「そう。焼いた肉とソースの匂いだ。うまそうだろ?」

 「……うん、なんだか不思議。山の匂いとは全然違う」

一朗が笑いながら頷くと、真白は思いきってハンバーガーにかじりついた。

――ジュワッ。

口の中に広がる肉汁。香ばしさと甘いソースの味。

真白は目を見開き、言葉を失った。

 「……!」



一朗が心配して覗き込む。

 「大丈夫か? 熱かったか?」

 「ううん……」

真白はゆっくり口を動かしながら、ぽつりと呟いた。

 「これ……生きてた味がする」

一朗は一瞬、箸を止めたように固まる。

 「生きてた味?」

 「うん。あったかくて、力がある。山で食べてた鳥や魚とも違う……なんて言えばいいのかな」

真白は両手で包みを抱え、まるで宝物を味わうようにもう一口かじった。

「……おいしい。身体が喜んでる感じがする」

その笑顔は子どものように無邪気で、一朗は思わず見入ってしまった。

 「そんなに気に入ったのか」

 「うん! これ、人間の食べ物の中で一番おいしい!」

 「まだ他のもの食べてないだろ」

 「じゃあ、これが“最初に好きになった味”だね」

真白は笑って言い、ハンバーガーを大事そうに包み直した。

 「一朗、これ……山でも作れる?」

 「はは、材料さえあればな。でも牛は山にいないぞ」

 「じゃあ、鳥でやってみよう。きっとおいしい」

一朗はその素直さに笑いながら、ふと心の奥であたたかいものを感じた。

真白が、人として世界を知っていく――その瞬間に立ち会っている。

そのことが、なぜかとても愛おしかった。

ハンバーガーを食べ終えたあとも、真白はまだその余韻に浸っていた。

 「お肉って、食べると心まであったかくなるんだね」

 「そうだな。腹が満たされると、なんか優しい気持ちになるもんだ」

一朗が笑って答えると、真白は頷いて、ストローを咥えてジュースを吸い込んだ。

冷たい炭酸が舌の上ではじけ、真白は少し驚いたように目を細める。

 「これも……おいしい。泡が口の中で踊ってる」

一朗はその表現に思わず吹き出しそうになった。

 「はは、泡が踊る、か。面白い言い方するな」

そんな穏やかな時間の中、真白の視線がふと隣のテーブルに止まった。

そこには若い男女のカップルが座っていた。

男が女の手を優しく握り、二人は顔を寄せ合って笑っている。

時々、耳元で囁き合い、女が恥ずかしそうに肩をすくめる。

真白はじっとその様子を見つめた。

まるで、未知の生き物を観察するような真剣な目で。

一朗はそれに気づいて、慌てて囁いた。

 「おいおい、真白、あんまりジロジロ見るな。失礼だぞ」

 「え、でも……すごく仲良さそうだったから」

 「仲がいいっていうか……あれは、“恋人”ってやつだ」

 「こいびと?」

 「うん。つまり、“恋”をしてる二人だよ」

 「恋……?」

真白は小首を傾げた。

その仕草があまりに純粋で、一朗は言葉を選ぶようにゆっくりと続けた。

 「好きな人と一緒にいたいとか、その人のことを考えると胸があったかくなるとか……そういう気持ちのことを“恋”って言うんだ」

 「胸があったかくなる……」

真白は胸に手を当てて、少し考えるような顔をした。

そして、ぱっと顔を上げて一朗を見つめた。

 「一朗」

 「ん?」

 「私も、一朗と“恋”をしてみたい!」

言った瞬間、一朗はストローからジュースを勢いよく吸い込み――

 「ぶっ……!」

危うく吹き出しかけた。

咳き込みながら、慌てて手を振る。

 「な、なに言ってんだ真白! いきなり……!」

 「だって、“好きな人と一緒にいると胸があったかくなる”んでしょ? 私、いま、そうだよ」

真白はそう言って、テーブル越しに一朗の手をぎゅっと握った。



その手のひらは、ほんのり温かく、柔らかかった。

一朗の心臓がドクンと鳴る。

まるで自分の中で雪解けの水が流れ出したようだった。

 「お、おい真白……こういうのは、簡単に言うもんじゃないんだぞ」

 「どうして?」

 「……それはな、恋ってのは、もっと……特別で、ちゃんと時間をかけて分かるもんなんだよ」

 「時間をかける?」

 「そう。すぐに“これが恋だ”って決められるもんじゃない」

真白は少し考えてから、微笑んだ。

 「じゃあ、ゆっくりでいい。私、一朗と“恋”を覚えてみたい」

一朗は何も言えなかった。

真白の瞳の奥には、雪明かりのような澄んだ光が揺れていた。

その光を見ていると、胸の奥が妙に熱くなる。

――まいったな。俺まで、変になりそうだ。

二人の手は、まだつながれたままだった。

フードコートのざわめきの中で、その温もりだけが静かに際立っていた。
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