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第13話 恋の検索
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ロッジへ戻る頃には、あたりはすっかり夕暮れに染まっていた。
山の空気は冷たいが、真白の頬にはどこか火照った色が残っている。
その表情に、一朗はなんとなく胸がざわついた。
玄関に入ると、真白はすぐに一朗へ向き直った。
「一朗、あのね……タブレット、貸してほしい」
「ん? また勉強か?」
真白はこくりと頷いた。
その目は、昼間のフードコートで見せたものとは違う。
何かを“探しに行く”と決めた光が宿っていた。
「人間のこと、もっと知りたい。さっきの……“恋”も」
一朗は一瞬、息を飲んだ。
――恋を、調べる気か。
胸がどくりと鳴る。
「……ああ。わかった。ほら」
一朗はタブレットをそっと手渡した。
真白は両手でぎゅっと抱えると、そのまま自分の部屋へ向かう。
「夕食までに呼ぶからなー」
そう声をかけるが、真白は振り返りもせず、ただ小さな声で言った。
「うん。ありがとう、一朗」
扉が静かに閉まる。
廊下にはその余韻だけが残った。
一朗はその場にしばらく立ち尽くしてから、自分の部屋へ戻る。
ベッドに腰を下ろし、買ってきた紙袋をそっと開いた。
そこには――派手な表紙の女性雑誌。
雑誌の表紙中央には、金髪に近い明るい茶髪で、人気モデル、ミキが笑っていた。
一朗は思わず、にやけた。
「……いや、なんか、すげぇなこれ……生きてるみたいじゃん……」
ページをめくる指が自然と軽くなる。
誌面いっぱいに載るミキはどの写真でも自信に満ちていて、笑うとまぶしいくらいだ。
すると、ふと、さっきの真白の言葉が頭をよぎる。
“私も、一朗と恋をしてみたい!”
一朗は手を止めた。
雑誌の中のミキと、真白の笑顔が、瞬間的に頭の中で重なり――いや、違う、と首を振る。
ミキは画面の向こうの人。
真白は……今、すぐ隣の部屋にいる。
それなのに、自分はこの雑誌を見てにやけている。
「……俺、なにやってんだか」
小さく苦笑した。
ーーーーーー
真白の部屋は、まだほとんど物がない。
ベッドと小さな机、そして窓の外に広がる夜の山の闇。
その中で、タブレットの光だけがやわらかく部屋を照らしていた。
真白は机にタブレットを置き、画面をそっと指でなぞる。
「こい……」
検索窓にひらがなを打ち込むと、変換候補に「恋」と出た。
真白はゆっくりと、そこを押す。
画面には、たくさんの言葉があらわれる。
「誰かを強く思う気持ち」
「一緒にいたいと願う心」
「ときめき、切なさ、喜び、苦しみ——それらが混ざりあった感情」
真白は目を細めながら読み進める。
「胸が……あったかくなったり、苦しくなったり……?」
胸に手を置いてみる。
昼間、一朗の手を握ったときのあの感覚が蘇る。
あったかい。
嬉しい。
でも、それだけじゃなかった。
不思議な、落ち着かない、くすぐったいような気持ちがあった。
「これが……恋、なの?」
真白は唇をそっと噛む。
“恋”と書かれた説明文には、さらにこうもあった。
「相手が笑うと嬉しく、相手が悲しむと胸が痛む」
「その人以外が心に入らなくなることもある」
真白の指先が止まる。
“その人以外が、心に入らなくなる”
その文字を見た瞬間、胸の奥がきゅう、と締めつけられた。
理由は、わからない。
でも、苦しい。
まるで、見えない糸を引っ張られたみたいに。
「なんで……息が、ちょっと苦しいの……?」
真白はそっと窓の方へ目を向けた。
夜の山は静かだ。
ロッジは温かい光に包まれている。
その中心に、一朗がいる。
思い浮かべると、胸がまたあったかくなった。
けれど、同時にまた、苦しさが混ざる。
「……恋って、こんなに、難しいの?」
真白はタブレットに顔を寄せ、まるで祈るみたいに、画面を抱きしめた。
「こい……」
真白は小さく呟きながら、タブレットをそっと閉じかけた。
しかし、ふと、昼間の一朗の顔が浮かぶ。
——雑誌を抱えて、嬉しそうに笑っていた横顔。
そのとき、一朗の目は自分ではなく、表紙の女性を見ていた。
その女性の名前は……
「……ミキ」
真白はゆっくりとタブレットを開き直した。
検索窓に指を置き、ぎこちなく文字を打つ。
み
き
検索アイコンを押すと、画面いっぱいに写真が溢れた。
雑誌の中と同じ、明るい髪と長い手足、まっすぐな瞳、そして自信に満ちた笑顔。
「……きれい」
呟きは、自然とこぼれた。
写真をスクロールするたびに、ミキの笑顔が次々と流れていく。
そのたびに、真白の胸はすこしずつ重く沈んでいった。
一朗は、この人を見て、笑ってた。
その事実だけが、心の中でひどく大きな音を立てた。
真白は胸にそっと手を当てる。
どくん、どくん、と早まる鼓動が、今は苦しい。
「あれ……これ。あったかい、じゃない……」
息がうまく吸えない。
喉の奥がきゅっと閉まる。
恋の説明に書いてあった言葉が、脳裏に浮かぶ。
「ときに、胸が痛くなる」
「その人が、他の誰かを見ていると、苦しくなる」
「これが……苦しい、って……こと?」
真白は自分の手をぎゅっと握った。
ミキは、笑っている。
眩しいほどに、堂々と。世界中から愛されているような、そんな顔で。
真白は、そっと自分の指先を見つめた。
細く、白く、まだ震えている。
「私は……ただの、蛇なのに」
声は、ほとんど息だった。
その瞬間、胸の中に初めて芽生えたものがあった。
怖さ
不安
そして……小さな、独り占めしたい気持ち。
真白はタブレットをそっと抱きしめる。
画面にはまだ、ミキの笑顔が映ったままだ。
その笑顔は、なぜだか今、とても遠く見えた。
山の空気は冷たいが、真白の頬にはどこか火照った色が残っている。
その表情に、一朗はなんとなく胸がざわついた。
玄関に入ると、真白はすぐに一朗へ向き直った。
「一朗、あのね……タブレット、貸してほしい」
「ん? また勉強か?」
真白はこくりと頷いた。
その目は、昼間のフードコートで見せたものとは違う。
何かを“探しに行く”と決めた光が宿っていた。
「人間のこと、もっと知りたい。さっきの……“恋”も」
一朗は一瞬、息を飲んだ。
――恋を、調べる気か。
胸がどくりと鳴る。
「……ああ。わかった。ほら」
一朗はタブレットをそっと手渡した。
真白は両手でぎゅっと抱えると、そのまま自分の部屋へ向かう。
「夕食までに呼ぶからなー」
そう声をかけるが、真白は振り返りもせず、ただ小さな声で言った。
「うん。ありがとう、一朗」
扉が静かに閉まる。
廊下にはその余韻だけが残った。
一朗はその場にしばらく立ち尽くしてから、自分の部屋へ戻る。
ベッドに腰を下ろし、買ってきた紙袋をそっと開いた。
そこには――派手な表紙の女性雑誌。
雑誌の表紙中央には、金髪に近い明るい茶髪で、人気モデル、ミキが笑っていた。
一朗は思わず、にやけた。
「……いや、なんか、すげぇなこれ……生きてるみたいじゃん……」
ページをめくる指が自然と軽くなる。
誌面いっぱいに載るミキはどの写真でも自信に満ちていて、笑うとまぶしいくらいだ。
すると、ふと、さっきの真白の言葉が頭をよぎる。
“私も、一朗と恋をしてみたい!”
一朗は手を止めた。
雑誌の中のミキと、真白の笑顔が、瞬間的に頭の中で重なり――いや、違う、と首を振る。
ミキは画面の向こうの人。
真白は……今、すぐ隣の部屋にいる。
それなのに、自分はこの雑誌を見てにやけている。
「……俺、なにやってんだか」
小さく苦笑した。
ーーーーーー
真白の部屋は、まだほとんど物がない。
ベッドと小さな机、そして窓の外に広がる夜の山の闇。
その中で、タブレットの光だけがやわらかく部屋を照らしていた。
真白は机にタブレットを置き、画面をそっと指でなぞる。
「こい……」
検索窓にひらがなを打ち込むと、変換候補に「恋」と出た。
真白はゆっくりと、そこを押す。
画面には、たくさんの言葉があらわれる。
「誰かを強く思う気持ち」
「一緒にいたいと願う心」
「ときめき、切なさ、喜び、苦しみ——それらが混ざりあった感情」
真白は目を細めながら読み進める。
「胸が……あったかくなったり、苦しくなったり……?」
胸に手を置いてみる。
昼間、一朗の手を握ったときのあの感覚が蘇る。
あったかい。
嬉しい。
でも、それだけじゃなかった。
不思議な、落ち着かない、くすぐったいような気持ちがあった。
「これが……恋、なの?」
真白は唇をそっと噛む。
“恋”と書かれた説明文には、さらにこうもあった。
「相手が笑うと嬉しく、相手が悲しむと胸が痛む」
「その人以外が心に入らなくなることもある」
真白の指先が止まる。
“その人以外が、心に入らなくなる”
その文字を見た瞬間、胸の奥がきゅう、と締めつけられた。
理由は、わからない。
でも、苦しい。
まるで、見えない糸を引っ張られたみたいに。
「なんで……息が、ちょっと苦しいの……?」
真白はそっと窓の方へ目を向けた。
夜の山は静かだ。
ロッジは温かい光に包まれている。
その中心に、一朗がいる。
思い浮かべると、胸がまたあったかくなった。
けれど、同時にまた、苦しさが混ざる。
「……恋って、こんなに、難しいの?」
真白はタブレットに顔を寄せ、まるで祈るみたいに、画面を抱きしめた。
「こい……」
真白は小さく呟きながら、タブレットをそっと閉じかけた。
しかし、ふと、昼間の一朗の顔が浮かぶ。
——雑誌を抱えて、嬉しそうに笑っていた横顔。
そのとき、一朗の目は自分ではなく、表紙の女性を見ていた。
その女性の名前は……
「……ミキ」
真白はゆっくりとタブレットを開き直した。
検索窓に指を置き、ぎこちなく文字を打つ。
み
き
検索アイコンを押すと、画面いっぱいに写真が溢れた。
雑誌の中と同じ、明るい髪と長い手足、まっすぐな瞳、そして自信に満ちた笑顔。
「……きれい」
呟きは、自然とこぼれた。
写真をスクロールするたびに、ミキの笑顔が次々と流れていく。
そのたびに、真白の胸はすこしずつ重く沈んでいった。
一朗は、この人を見て、笑ってた。
その事実だけが、心の中でひどく大きな音を立てた。
真白は胸にそっと手を当てる。
どくん、どくん、と早まる鼓動が、今は苦しい。
「あれ……これ。あったかい、じゃない……」
息がうまく吸えない。
喉の奥がきゅっと閉まる。
恋の説明に書いてあった言葉が、脳裏に浮かぶ。
「ときに、胸が痛くなる」
「その人が、他の誰かを見ていると、苦しくなる」
「これが……苦しい、って……こと?」
真白は自分の手をぎゅっと握った。
ミキは、笑っている。
眩しいほどに、堂々と。世界中から愛されているような、そんな顔で。
真白は、そっと自分の指先を見つめた。
細く、白く、まだ震えている。
「私は……ただの、蛇なのに」
声は、ほとんど息だった。
その瞬間、胸の中に初めて芽生えたものがあった。
怖さ
不安
そして……小さな、独り占めしたい気持ち。
真白はタブレットをそっと抱きしめる。
画面にはまだ、ミキの笑顔が映ったままだ。
その笑顔は、なぜだか今、とても遠く見えた。
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