「真白」〜〜雪と蛇の女〜〜

まへまへ

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第14話 初めての「ヤキモチ」

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ロッジの夜は深く静かだった。

外では、風が木々をわずかに揺らし、サラサラと雪を撫でるような音がしている。

廊下に一つだけ灯る小さなオレンジ色の明かりが、その静けさをいっそう際立たせていた。

真白は、タブレットを胸に抱えたまま、一朗の部屋の前で立ち止まっていた。

扉の向こうからは、かすかなページをめくる音。

たぶん、一朗は雑誌を読んでいるのだろう。

心臓が、どくん、どくんと音を立てる。

さっきよりも、もっと強く、もっと痛い。

――この気持ちは、調べてもわからなかった。

 「……一朗」

真白は、迷った末に小さく扉をノックした。

 「ん? 入っていいぞ」

一朗の声は、いつも通り、穏やかだった。

真白はゆっくりと扉を開ける。

一朗はベッドの上に座り、膝を立てて雑誌を開いていた。

 「どうした? 眠れないのか?」

その問いに、真白はゆっくりと首を振った。

そして、ぎゅっとタブレットを抱きしめたまま、部屋に入る。

 「……胸がね、きゅうってなるの」

一朗は雑誌を閉じた。

真白は続ける。

 「さっき、“恋”を調べたの。あったかくなるって、書いてあった。嬉しくなるって、書いてあった。でも……」

真白は視線を落とした。

 「一朗が見てた“ミキ”のこと、思い出したら……苦しくなった」

一朗は息を飲む。

真白は、胸に手を当てた。

まるでそこに何か鋭い棘が刺さっているみたいに、そっと。

 「なんで……痛いの?どうしたらいいの……一朗……」

その瞳は、泣いているわけではないのに、今にもこぼれてしまいそうな透明さをしていた。

一朗は立ち上がり、そっと真白の手に触れた。

 「真白、それはな……」

言葉が、なかなか出てこない。

“恋”は——

教えればわかるものでも、説明して理解できるものでもない。

それを知っているからこそ、言葉は重かった。

 「……人を好きになったときに、出てくる気持ちなんだ」

真白は一朗を見つめた。

小さく、か細い声で尋ねる。

「じゃあ……私は、恋をしてるの?」

一朗の胸が、強く鳴った。

言葉が喉に引っかかる。

しばらくの沈黙のあと——

 「……そうかもしれないな」

そう言った一朗の声は、とても優しかった。

真白はその声にすこし安心したのか、一朗のパーカーの袖をきゅっとつまんだ。

 「……そばにいても、いい?」

一朗はうなずいた。

 「ああ。」

真白はそっと隣に座った。



ほんの指先が触れるか触れないかの距離。

それだけで、部屋の空気がやわらかくなるのを一朗は感じた。

二人の間に、ことばにできないぬくもりが生まれた。

胸の奥でほのかに灯るその感情は、まだ名前を持っていなかったが、確かにそこにあった。
 
やがて、一朗は息を吸い、照れ隠しのように軽く笑った。

 「……なんか、静かだな」

そう言って、いつもの癖でリモコンを手に取り、テレビのスイッチを押した。

ぱっと明かりが画面を満たし、スタジオの華やかな光景が映し出される。

司会者の明るい声。
拍手。
そして、その中央に立つ、凛とした女性。
ミキ。
雑誌で見たときと同じ笑顔。

けれどその笑顔は、画面の中で生きて動いていた。



真白の瞳が、吸い寄せられるように大きく見開かれる。

 「あ……この人……」

指先が、そっと画面の方へ伸びた。

 「本にいた人……」

一朗は、肩の力を抜いたように笑った。

 「ああ。ミキだよ。テレビにもよく出るモデルで……すごく人気があるんだ。」

真白は映像から目を離さずに、静かにうなずく。

スタジオのライトを浴びるミキは、輝いていた。

その存在は遠く、触れられず、どこか別の世界のもののようだった。

しばらくして、真白は小さな声で一朗に訊ねた。

 「……この人が、一朗の“好き”なんだよね?」

一朗はすぐには答えなかった。

けれど逃げるような沈黙でもなかった。

テレビの中のミキを見たまま、静かに言った。

 「……うん。好きだよ。でも、それは……会ったことも話したこともない相手に向ける“好き”だ。」

真白はその言葉を静かに胸へ落とした。

その表情は、どこか寂しげで、でも受け止めようとしているようでもあった。

 「会ったことも、話したことも……ない……」

 「うん。ただの憧れ、みたいなものかもな。」

真白はゆっくりと息を吸い、画面から視線をそっと外した。

そして、ほんの少し嬉しそうに微笑んだ。

 「……そっか。」

その声はとても柔らかかった。

まるで胸にひとつ、小さな灯りがともったような声。

真白は、その灯りを両手で包むように、そっと言葉を紡いだ。

 「じゃあ……一朗の“近くにある好き”は、ちゃんとここにあるんだね。」

一朗は不意を突かれたように真白を見て、少し照れたように視線をそらした。

 「……なんだよ、それ。」

けれど、その声には微かなあたたかさが宿っていた。


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