王弟が愛した娘 —音に響く運命—

Aster22

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笑顔の裏に触れさせない秘密

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再度逃げられるという恐れに反して聴こえてきた音に心底安堵を覚えた。いつも離れた場所で、音だけを楽しんでいる。弾いている姿も美しいだろう。そう思うと近づいてみたくなった。
(今日は単純な曲が多いな...)
単純でも複雑な音階を好むらしい彼女の演奏とは違う響きに疑問を感じながら見ていると、片手を殆ど使っていないことに気づいた。怪我でもしたのだろうか。
声をかけると以前より穏やかな顔でレオをセラは迎え入れた。
(何かあったのか...?)
どんな理由であろうと彼女が受け入れてくれるなら嬉しい。
いつものように菓子を差し出しながらさっきの疑問を口にしてみる。
「手、怪我でもしたのか?」
「ええ、少し。森での薬草採集中に切ってしまいました。」
表情一つ変えずに言い切る言葉は嘘には聞こえないが、薬草採集で切る位置には見えない。
(誰かに切られたのか....?)
だとしたらそいつを切ってやりたいところだ。
「医療の知識はどこで教わったんだ?」
「たまたま旅の途中で熱を出した時、助けてくださった方が元軍人の医者だったのです。そのまま弟子入りして、数年でしたが教わりました。」
「よく無事だったな。1人だったのか?」
「いえ、当時は家族と旅していました。」
「今は?」
「私1人です。」
寂しそう....には見えない。1人になった経緯が、そんなに幸せなものとは思えないのだが。
「レオ様は?ご家族はいらっしゃるのでしょう?」
「俺か?俺は親はもういないが、兄弟ならいるぞ。」
こちらもあまり聞かれても困る質問だ。お互い家族の話は避けた方が賢明かもしれない。
「男の人は、いつまで世話を焼かれて嬉しいのでしょうか。」
どういった意図の質問なのか。一歩間違えれば傷つきかねない内容な気がする。
「立場にもよるんじゃないか?18を過ぎて母親に世話を焼かれたいとは思わんだろう。まあ人にもよるが。逆に恋人なら世話を焼いてもらうと不思議と嬉しいものだ。」
「17で、姉にまた世話を焼かれたいとは思わないでしょうね....」
よかった。少なくとも恋人ではないらしい。
「弟か?」
「はい。行方知れずで。探しているのですが。」
「旅の途中ではぐれたのか?」
「いえ、弟は軍に入り、その軍が敗戦したのです。」
「なるほど、それは難しいかもな....俺の方でも聞いてみてやろうか?」
「いえ。お気持ちだけいただいておきます。」
踏み込ませてくれるようで、絶対に踏み込ませてくれない領域。
敗戦というなら近いところだとブルータル辺境伯の敗戦が記憶に新しいが...
「俺の友人の失敗談で面白いのがある。ちょっとした謎かけみたいなものだ。やってみるか?」
「?はい。」
「友人は剣マニアでな。本物の剣を集め歩いている。先日も一本の剣を競り落とした。喜び勇んでいたんだが、念の為と思い再鑑定すると、稀代の贋作師が製作した贋作だった。しかし市場価値はそちらの方が高い。」
「しかしその方は本物がお好きなのでしょう?」
「そうだ。そこでその男は本物を今度は競り落とし、人を呼んで会を開いた。」
「贋作当てゲームでもしたのですか?」
「ああ。高い市場価値を持つ贋作を当てられたものにその贋作を譲渡すると言うゲームだ。それも鑑定士を連れてきてもいいと言う条件で。」
「なるほど。それはまた大胆な...」
「鑑定士と共に行った準備は万全のはずだった。鑑定書を見えないよう裏に貼り付けた。来ていたのは鍛冶屋の息子、貴族の剣マニア、有名商家に遊び半分で来た貴族の令嬢。鍛冶屋の息子以外は鑑定士を連れてきていた。誰がゲームに勝ったと思う?」
「鑑定士付きにするというのは主催者のアイデアですか?」
「いや、鑑定士がそうしなければ誰も当てられない可能性が高いと指摘したんだ。」
「なるほど....それであれば鍛冶屋の息子でしょうか。」
「何故そう思う?」
「その息子は主催者の鑑定士とグルで、鑑定士は予め裏の紙を入れ替えておいたのです。他の者は皆贋作の剣を選ぶが鍛冶屋の息子だけは本物を選ぶ。裏を見てみれば鍛冶屋の息子が選んだ物が贋作だと書いてある。恐らく本物の剣を作った鍛冶屋の血筋か何かだったのでは?」
「その通りだ。あの剣は本来出回るはずのものではなく、盗難に遭い、市場に出たものだった。だからこそ本来の持ち主は取り戻すための方法を考えたと言うわけだ。」
「ご友人は、気づかれたのですか?」
「後になって別の鑑定士の友人と話していた時に気づいたらしい。慌てて探したが鑑定士と鍛冶屋の息子はとうに姿を眩ました後だった。」
「剣一本、されど一本ですねえ。」
「全くだ。俺は切れれば問題ない口だがそういう奴ほど本人は剣を振らん。」
「気兼ねなく見れるのでしょうね。実用的な目で見ると浮かぶのは血ばかりです。」
「そうかもな。」
セラとする他愛のない話は楽しかった。別に惚れたからというわけでもなく、純粋に話を楽しめる相手だった。セラもそう感じてくれていたのだろう。家族や個人的なことに踏み込みさえしなければ楽しそうに話してくれるようになった。
ある時、セラに聞かれた。
「レオ様は王都に住んでらっしゃいますよね?」
冷やりとした。まさかバレたのではないかと。
「あ、ああ。それがどうかしたか?」
「王都で、どこか人目につきにくい働き口をご存知ないでしょうか?」
「...旅をしているんじゃなかったのか?」
「弟を探していると申し上げたのは、覚えてらっしゃいますか?」
「ああ。敗戦の後、探しているんだろう。」
「はい。目撃証言を得まして、西か王都にいる可能性が高いと。」
「やはり楽師に」
「それ以外でお願いします。」
即答だ。何がそんなに嫌なのか。
「ふむ....医療の知識があるなら治療院なんかもアリか。少し探してみよう。」
「ありがとうございます。」
そう言って笑うセラは会った頃に比べると表情豊かになった。
そこはいいのだが。
会えば会うほど疑問は深まるばかりだ。
楽しそうに話すセラは以前より気を許していると言っていいはずだ。それなら素が出てきていると考えていいだろう。だとしたらやはりおかしいのだ。
最初から品があるとは思っていた。だが食べる仕草、話し方、身振りの上品さ。どれを取っても教育を受けた貴族の令嬢と遜色がないように見える。
それも気が緩めば出るということはそちらが素の方ということだ。
「平民は今の王に不満があると思うか?」
「あるものもいればないものもおりましょう。」
「ならもし突然全ての階級が入れ替わったら世界はどうなると思う?農民が1番偉くなって、王族が1番低くなるんだ。」
「それは....」
チラリとレオを見、言い淀むセラはレオの正体に気づいているのだろうか。
「成り立たないでしょう。仮に現王が悪王で、革命を起こし民をまとめ上げるような人物がいれば話は別かもしれませんが。それでも成り立つ可能性は低いと思います」
「何故そう思う?」
「村人が学んできたことは生き方です。畑を耕し、糸を紡ぎ、パンをこね、人と交わる方法を学んできたのです。人の裏を探り、上に立つことは学んでいません。金の使い方も知らない。そんな人間が上に立てばお互いに戸惑い、最終的には破綻するでしょう。」
「最もだな。お前自身はどうだ?上に立ちたいと思うか?」
「遠慮しておきます。人の上に立ち、その責を負うのは楽ではありませんから。」
「知っているような口ぶりだな。」
「探られたくないことは探らないはずでは?」
「そうだった。悪い悪い。」
いつもこの調子だ。受け答えも、平民のそれではない。探らないと言った以上、不誠実なことはしたくないところだが。
「クシェル、どう思う?」
「どうもこうも。仕事をしてください。」
「やってるだろ。明らかに平民ではないと思うんだが。」
「没落した貴族の娘かなんかじゃないですか。それなら品があって旅人でもおかしくない。」
「それはそうなんだが....」
何かが違う。奇妙な違和感がセラには付き纏っていた。
「そんなことより西の賊はどうするんです?このままではまずいでしょう。」
「ああ。明日にでも西の境の村にでも行って話を聞く。」
「承知しました。軍はどうされますか?」
「連れていく。早めに片付けたほうがよさそうだからな。」
 
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