王弟が愛した娘 —音に響く運命—

Aster22

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苛立ちを溶かす夜の音色

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「どうなってる?」
「部隊長が宿舎から抜け出したとの報告が入りました。こちらに向かっている頃かと。」
「グレータからもカルラという侍女が出たとのことだ。上手く引っかかってくれるといいがな。」
この厄介な件をさっさと片付けてしまいたいーーーー
苛立つレオを鎮めるように屋敷にハープの音が響く。
「しかし、聴くのは初めてですが.....殿下が入れ込みたくなる気持ちも分からなくはありません。」
「やらん。」
「分かってますよ。私は婚約済みです。」
明日には屋敷中で2つの噂が飛び交うだろう。一つ目は侍女の突然の退職。2つ目は得体の知れない楽師。
せいぜい踊らされればいい。性格がいい方だとは思っていない。彼女が知れば嫌われるだろうか.....
「殿下」
「ああ、分かってる。」
女の影がドアに入り込んだ。見事にかかってくれたらしい。
「人の逢瀬を覗く趣味はないんだがな。」
「仕方ないでしょう。生々しい方でなくてよかったですね。」
「そういうことにしておくか。行くぞ。」
足音を殺し、戸に近づいた。気づいた様子はない。
戸を開け、廊下の照明をつけ放てば中にいた男女が身を寄せ慄き震えていた。立ちこめる麻薬の臭いに顔をしかめた。
「で、殿下、違うのです。これは....」
「黙れ。部隊長....と呼ぶ資格はないな。ケンダル及び侍女のカルラ。屋敷内での密会、麻薬の使用により拘束する。」
クシェルが2人を捕えた。丁度聞こえてきたのは重たい祈りのような響きだった。あえてこんな曲を選んでいるのだろうか。
「クシェル、俺は部屋に戻る。お前も今日は休め。今の状態では話にならん。」
「承知しました。おやすみなさいませ。」
足早に部屋に戻る。今回の件はおかしい。麻薬の入手経路を聞き出さないことにはなんとも言えないがーーーー
言い知れぬ苛立ちを抱えながら部屋の戸を開けると、びくりと身体を揺らすセラに我に返った。
「レオ様?何かあったのですか?」
「.....いや、悪い。最後まで弾いてくれないか。」
ベッドに身を投げ、目を閉じればさっき聴こえなかった音が身体に入ってきた。レオを気遣い、小さな音で弾かれる音楽に荒んだ波が鎮まっていく。
「はぁ......」
「捕まったのですか?」
「ああ。愚かなものだ。あんな罠に容易く引っ掛かるとは。あれを部隊長まで引き上げた己の目を疑う。」
「薬とは想像以上に人を狂わせてしまうそうですね。」
「そのようだ。着替え、手伝ってくれるか」
「グレータ様は....」
「呼ばなくていい。そこの寝巻きに着替えるだけだ。」
服を着替えながら触れるセラの手に心臓が落ち着かないのは自分だけのようだ。
何の躊躇いもなくレオの着替えを手伝ったセラに、一体自分が彼女にどう見られているのかと嘆かずにはいられない。
「恥ずかしいとか、ないのか?」
「何がでしょう?」
「......見慣れているのか?」
「ああ....そうですね。患者には脱いでもらうことも多いですから。」
俺は患者なのか。
「そうか......。セラ、待ってろ。」
危ない。忘れるところだった。
「目、閉じろ。」
素直に目を閉じるセラ。もう少し警戒してもいいようにも思う。
ゲルプナーシュを押し付ければ大人しく開く口に菓子を放り込んだ。
目を開けたセラの目が輝いている。恐らく忘れていたのだろう。
「来たらやると言っただろう?」
「忘れてました。ありがとうございます。」
こんな時しか見れない素直なセラの笑顔は苛立っていたレオをいとも簡単に穏やかにする。
(こんな顔が見れるなら毎日用意するか。)
「セラ、今日はもう戻れ。遅いから。」
「レオ様は眠られるのですか?」
「そうだな。そのうち眠る。」
「落ち着かないのであればしばらく弾いていましょうか?」
「.......疲れているだろう。」
「主が気遣うものではありません。私は大丈夫です。」
「なら.....頼む。」
本音を言えば側にいてくれるだけでよかった。そう言えないこの立場がもどかしい。
「ラップハープの方がいいですか?」
「ああ、そうだな。そこの木箱に入ってる。お前のだ。」
「置いててくださったんですか?」
「当たり前だろう。適当なところで切り上げてくれて構わない。疲れる前に戻れ。」
「だから大丈夫だと申し上げているのに....私を思うなら目を閉じていてください。」
呆れたセラの声に苦笑してしまう。レオが気遣う相手が自分だけだと知ったら彼女はどう思うのだろう。
荘厳なハープとは違う、優しい音色。子守唄でも聴いているかのような慈愛に満ちた音色。レオが眠れるように細心の注意が払われていることに気づき、嬉しくなってしまう自分はなんて単純なのか。
目を閉じる。遠くなる音色をもっと聴いていたいと思う意識はいつの間にか遠のいていた。
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