26 / 181
苛立ちを溶かす夜の音色
しおりを挟む
「どうなってる?」
「部隊長が宿舎から抜け出したとの報告が入りました。こちらに向かっている頃かと。」
「グレータからもカルラという侍女が出たとのことだ。上手く引っかかってくれるといいがな。」
この厄介な件をさっさと片付けてしまいたいーーーー
苛立つレオを鎮めるように屋敷にハープの音が響く。
「しかし、聴くのは初めてですが.....殿下が入れ込みたくなる気持ちも分からなくはありません。」
「やらん。」
「分かってますよ。私は婚約済みです。」
明日には屋敷中で2つの噂が飛び交うだろう。一つ目は侍女の突然の退職。2つ目は得体の知れない楽師。
せいぜい踊らされればいい。性格がいい方だとは思っていない。彼女が知れば嫌われるだろうか.....
「殿下」
「ああ、分かってる。」
女の影がドアに入り込んだ。見事にかかってくれたらしい。
「人の逢瀬を覗く趣味はないんだがな。」
「仕方ないでしょう。生々しい方でなくてよかったですね。」
「そういうことにしておくか。行くぞ。」
足音を殺し、戸に近づいた。気づいた様子はない。
戸を開け、廊下の照明をつけ放てば中にいた男女が身を寄せ慄き震えていた。立ちこめる麻薬の臭いに顔をしかめた。
「で、殿下、違うのです。これは....」
「黙れ。部隊長....と呼ぶ資格はないな。ケンダル及び侍女のカルラ。屋敷内での密会、麻薬の使用により拘束する。」
クシェルが2人を捕えた。丁度聞こえてきたのは重たい祈りのような響きだった。あえてこんな曲を選んでいるのだろうか。
「クシェル、俺は部屋に戻る。お前も今日は休め。今の状態では話にならん。」
「承知しました。おやすみなさいませ。」
足早に部屋に戻る。今回の件はおかしい。麻薬の入手経路を聞き出さないことにはなんとも言えないがーーーー
言い知れぬ苛立ちを抱えながら部屋の戸を開けると、びくりと身体を揺らすセラに我に返った。
「レオ様?何かあったのですか?」
「.....いや、悪い。最後まで弾いてくれないか。」
ベッドに身を投げ、目を閉じればさっき聴こえなかった音が身体に入ってきた。レオを気遣い、小さな音で弾かれる音楽に荒んだ波が鎮まっていく。
「はぁ......」
「捕まったのですか?」
「ああ。愚かなものだ。あんな罠に容易く引っ掛かるとは。あれを部隊長まで引き上げた己の目を疑う。」
「薬とは想像以上に人を狂わせてしまうそうですね。」
「そのようだ。着替え、手伝ってくれるか」
「グレータ様は....」
「呼ばなくていい。そこの寝巻きに着替えるだけだ。」
服を着替えながら触れるセラの手に心臓が落ち着かないのは自分だけのようだ。
何の躊躇いもなくレオの着替えを手伝ったセラに、一体自分が彼女にどう見られているのかと嘆かずにはいられない。
「恥ずかしいとか、ないのか?」
「何がでしょう?」
「......見慣れているのか?」
「ああ....そうですね。患者には脱いでもらうことも多いですから。」
俺は患者なのか。
「そうか......。セラ、待ってろ。」
危ない。忘れるところだった。
「目、閉じろ。」
素直に目を閉じるセラ。もう少し警戒してもいいようにも思う。
ゲルプナーシュを押し付ければ大人しく開く口に菓子を放り込んだ。
目を開けたセラの目が輝いている。恐らく忘れていたのだろう。
「来たらやると言っただろう?」
「忘れてました。ありがとうございます。」
こんな時しか見れない素直なセラの笑顔は苛立っていたレオをいとも簡単に穏やかにする。
(こんな顔が見れるなら毎日用意するか。)
「セラ、今日はもう戻れ。遅いから。」
「レオ様は眠られるのですか?」
「そうだな。そのうち眠る。」
「落ち着かないのであればしばらく弾いていましょうか?」
「.......疲れているだろう。」
「主が気遣うものではありません。私は大丈夫です。」
「なら.....頼む。」
本音を言えば側にいてくれるだけでよかった。そう言えないこの立場がもどかしい。
「ラップハープの方がいいですか?」
「ああ、そうだな。そこの木箱に入ってる。お前のだ。」
「置いててくださったんですか?」
「当たり前だろう。適当なところで切り上げてくれて構わない。疲れる前に戻れ。」
「だから大丈夫だと申し上げているのに....私を思うなら目を閉じていてください。」
呆れたセラの声に苦笑してしまう。レオが気遣う相手が自分だけだと知ったら彼女はどう思うのだろう。
荘厳なハープとは違う、優しい音色。子守唄でも聴いているかのような慈愛に満ちた音色。レオが眠れるように細心の注意が払われていることに気づき、嬉しくなってしまう自分はなんて単純なのか。
目を閉じる。遠くなる音色をもっと聴いていたいと思う意識はいつの間にか遠のいていた。
「部隊長が宿舎から抜け出したとの報告が入りました。こちらに向かっている頃かと。」
「グレータからもカルラという侍女が出たとのことだ。上手く引っかかってくれるといいがな。」
この厄介な件をさっさと片付けてしまいたいーーーー
苛立つレオを鎮めるように屋敷にハープの音が響く。
「しかし、聴くのは初めてですが.....殿下が入れ込みたくなる気持ちも分からなくはありません。」
「やらん。」
「分かってますよ。私は婚約済みです。」
明日には屋敷中で2つの噂が飛び交うだろう。一つ目は侍女の突然の退職。2つ目は得体の知れない楽師。
せいぜい踊らされればいい。性格がいい方だとは思っていない。彼女が知れば嫌われるだろうか.....
「殿下」
「ああ、分かってる。」
女の影がドアに入り込んだ。見事にかかってくれたらしい。
「人の逢瀬を覗く趣味はないんだがな。」
「仕方ないでしょう。生々しい方でなくてよかったですね。」
「そういうことにしておくか。行くぞ。」
足音を殺し、戸に近づいた。気づいた様子はない。
戸を開け、廊下の照明をつけ放てば中にいた男女が身を寄せ慄き震えていた。立ちこめる麻薬の臭いに顔をしかめた。
「で、殿下、違うのです。これは....」
「黙れ。部隊長....と呼ぶ資格はないな。ケンダル及び侍女のカルラ。屋敷内での密会、麻薬の使用により拘束する。」
クシェルが2人を捕えた。丁度聞こえてきたのは重たい祈りのような響きだった。あえてこんな曲を選んでいるのだろうか。
「クシェル、俺は部屋に戻る。お前も今日は休め。今の状態では話にならん。」
「承知しました。おやすみなさいませ。」
足早に部屋に戻る。今回の件はおかしい。麻薬の入手経路を聞き出さないことにはなんとも言えないがーーーー
言い知れぬ苛立ちを抱えながら部屋の戸を開けると、びくりと身体を揺らすセラに我に返った。
「レオ様?何かあったのですか?」
「.....いや、悪い。最後まで弾いてくれないか。」
ベッドに身を投げ、目を閉じればさっき聴こえなかった音が身体に入ってきた。レオを気遣い、小さな音で弾かれる音楽に荒んだ波が鎮まっていく。
「はぁ......」
「捕まったのですか?」
「ああ。愚かなものだ。あんな罠に容易く引っ掛かるとは。あれを部隊長まで引き上げた己の目を疑う。」
「薬とは想像以上に人を狂わせてしまうそうですね。」
「そのようだ。着替え、手伝ってくれるか」
「グレータ様は....」
「呼ばなくていい。そこの寝巻きに着替えるだけだ。」
服を着替えながら触れるセラの手に心臓が落ち着かないのは自分だけのようだ。
何の躊躇いもなくレオの着替えを手伝ったセラに、一体自分が彼女にどう見られているのかと嘆かずにはいられない。
「恥ずかしいとか、ないのか?」
「何がでしょう?」
「......見慣れているのか?」
「ああ....そうですね。患者には脱いでもらうことも多いですから。」
俺は患者なのか。
「そうか......。セラ、待ってろ。」
危ない。忘れるところだった。
「目、閉じろ。」
素直に目を閉じるセラ。もう少し警戒してもいいようにも思う。
ゲルプナーシュを押し付ければ大人しく開く口に菓子を放り込んだ。
目を開けたセラの目が輝いている。恐らく忘れていたのだろう。
「来たらやると言っただろう?」
「忘れてました。ありがとうございます。」
こんな時しか見れない素直なセラの笑顔は苛立っていたレオをいとも簡単に穏やかにする。
(こんな顔が見れるなら毎日用意するか。)
「セラ、今日はもう戻れ。遅いから。」
「レオ様は眠られるのですか?」
「そうだな。そのうち眠る。」
「落ち着かないのであればしばらく弾いていましょうか?」
「.......疲れているだろう。」
「主が気遣うものではありません。私は大丈夫です。」
「なら.....頼む。」
本音を言えば側にいてくれるだけでよかった。そう言えないこの立場がもどかしい。
「ラップハープの方がいいですか?」
「ああ、そうだな。そこの木箱に入ってる。お前のだ。」
「置いててくださったんですか?」
「当たり前だろう。適当なところで切り上げてくれて構わない。疲れる前に戻れ。」
「だから大丈夫だと申し上げているのに....私を思うなら目を閉じていてください。」
呆れたセラの声に苦笑してしまう。レオが気遣う相手が自分だけだと知ったら彼女はどう思うのだろう。
荘厳なハープとは違う、優しい音色。子守唄でも聴いているかのような慈愛に満ちた音色。レオが眠れるように細心の注意が払われていることに気づき、嬉しくなってしまう自分はなんて単純なのか。
目を閉じる。遠くなる音色をもっと聴いていたいと思う意識はいつの間にか遠のいていた。
0
あなたにおすすめの小説
愛とオルゴール
夜宮
恋愛
ジェシカは怒っていた。
父親が、同腹の弟ではなく妾の子を跡継ぎにしようとしていることを知ったからだ。
それに、ジェシカの恋人に横恋慕する伯爵令嬢が現れて……。
絡み合った過去と現在。
ジェシカは無事、弟を跡継ぎの座につけ、愛する人との未来を手にすることができるのだろうか。
好感度0になるまで終われません。
チョコパイ
恋愛
土屋千鶴子(享年98歳)
子供や孫、ひ孫に囲まれての大往生。
愛され続けて4度目の転生。
そろそろ……愛されるのに疲れたのですが…
登場人物の好感度0にならない限り終わらない溺愛の日々。
5度目の転生先は娘が遊んでいた乙女ゲームの世界。
いつもと違う展開に今度こそ永久の眠りにつける。
そう信じ、好きなことを、好きなようにやりたい放題…
自覚なし愛され公女と執着一途皇太子のすれ違いラブロマンス。
行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました
鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。
けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。
そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。
シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。
困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。
夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。
そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。
※他投稿サイトにも掲載中
隠された第四皇女
山田ランチ
恋愛
ギルベアト帝国。
帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。
皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。
ヒュー娼館の人々
ウィノラ(娼館で育った第四皇女)
アデリータ(女将、ウィノラの育ての親)
マイノ(アデリータの弟で護衛長)
ディアンヌ、ロラ(娼婦)
デルマ、イリーゼ(高級娼婦)
皇宮の人々
ライナー・フックス(公爵家嫡男)
バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人)
ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝)
ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長)
リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属)
オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟)
エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟)
セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃)
ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡)
幻の皇女(第四皇女、死産?)
アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補)
ロタリオ(ライナーの従者)
ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長)
レナード・ハーン(子爵令息)
リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女)
ローザ(リナの侍女、魔女)
※フェッチ
力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。
ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。
天才魔術師の仮面令嬢は王弟に執着されてます
白羽 雪乃
恋愛
姉の悪意で顔半分に大火傷をしてしまった主人公、大火傷をしてから顔が隠れる仮面をするようになった。
たけど仮面の下には大きい秘密があり、それを知ってるのは主人公が信頼してる人だけ
仮面の下の秘密とは?
大迷惑です!勝手に巻き戻さないで!?
ハートリオ
恋愛
イブはメイド。
ある日主人であるブルーベル様の記憶が2つある事に気付き、時間が巻き戻されていると確信する。
しかも巻き戻り前は美しく優秀だったブルーベル様。
今はオジサン体型でぐうたらで。
もうすぐ16才になろうというのに婚約者が見つからない!
巻き戻された副作用か何か?
何にしろ大迷惑!
とは言え巻き戻り前は勉強に鍛錬に厳しい生活をしていた彼。
今回の方が幸せ?
そして自分の彼への気持ちは恋?
カップルは男性が年上が当たり前の世界で7才も年上の自分は恋愛対象外…
あれこれ悩む間もなくイブはメイドをクビになってしまい…
借りてきたカレ
しじましろ
恋愛
都合の良い存在であるはずのレンタル彼氏に振り回されて……
あらすじ
システムエンジニアの萩野みさをは、仕事中毒でゾンビのような見た目になるほど働いている。
人の良さにつけ込まれ、面倒な仕事を押しつけられたり、必要のない物を買わされたり、損ばかりしているが、本人は好きでやっていることとあまり気にしていない。
人並みに結婚願望はあるものの、三十歳過ぎても男性経験はゼロ。
しかし、レンタル彼氏・キキとの出会いが、そんな色の無いみさをの日常を大きく変えていく。
基本的にはカラッと明るいラブコメですが、生き馬の目を抜くIT企業のお仕事ものでもあるので、癖のあるサブキャラや意外な展開もお楽しみください!
【完結】捨てられた皇子の探し人 ~偽物公女は「大嫌い」と言われても殿下の幸せを願います~
ゆきのひ
恋愛
二度目の人生は、前世で慕われていた皇子から、憎悪される運命でした…。
騎士の家系に生まれたリュシー。実家の没落により、生きるために皇宮のメイドとなる。そんなリュシーが命じられたのは、廃屋同然の離宮でひっそりと暮らすセレスティアン皇子の世話係。
母を亡くして後ろ盾もなく、皇帝に冷遇されている幼い皇子に心を寄せたリュシーは、皇子が少しでも快適に暮らしていけるよう奮闘し、その姿に皇子はしだいに心開いていく。
そんな皇子との穏やかな日々に幸せを感じていたリュシーだが、ある日、毒を盛られて命を落とした……はずが、目を開けると、公爵令嬢として公爵家のベッドに横たわっていた。けれどその令嬢は、リュシーの死に因縁のある公爵の一人娘……。
望まぬ形で二度目の生を享けたリュシーと、その死に復讐を誓った皇子が、本当に望んでいた幸せを手に入れるまでのお話。
※本作は「小説家になろう」さん、「カクヨム」さんにも投稿しています。
※表紙画像はAIで作成したものです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる