王弟が愛した娘 —音に響く運命—

Aster22

文字の大きさ
76 / 181

膝の上の魔性、忍び寄る疑惑

しおりを挟む
膝の上の魔性、忍び寄る疑惑
邸内に内通者がいる――――
それはすなわち、セラを狙う者が邸内にいるということだ。
可能ならば始終隣に置いておきたいがそういうわけにもいかない。
まさか連れて来たのが裏目に出て危険に晒すことになるとは。
苛立ちを隠してセラの部屋に向かう。
「殿下、御用でしょうか?」
相変わらずの人懐こそうな笑みでエティが出迎える。
ふと、彼女を雇った経緯を思い出した。
エティはとある貴族からの推薦だった。それも確か――――
「エティ、殿下が来られてるの?」
「セラ。今日の昼商人が来る。準備をしておいてくれ。」
「分かりました。」
「今日来られるのですか?」
「ああ。急だが先方の都合が変わってな。俺の方は時間もあるし構わないと言ったんだ。」
「そうですか...時間がありませんね、セラ様。早速支度をしましょう!」
「お願いね。」
張り切るエティに任せて執務室に戻る。
「クシェル」
「はい。」
「エティという娘、アイルデール家からの推薦で間違いなかったか?」
「はい。異国の血は混ざっているが気立の良い娘だと....まさか。」
「可能性としては低いと思うがゼロじゃない。調べてみてくれ。」
「分かりました。」
セラはエティを好んでいるようだった。出来れば違っていて欲しいが.....
「商人の方が来られました。」
「通せ。奥の方だ。」
「承知しました。」
あまり見られたり聞かれたくない商談は奥の応接間で行う。
部屋に入ると老齢と言うには少し若い、目も身体も細い男が座っていた。
「これは殿下、お呼びいただき光栄です。」
「クラッセル夫人が薦めるのでな。何でも取り扱われている宝石はどれも一級品だとか。」
「ええ、是非その目で確かめてみてくだされ。申し遅れましたが私はロランと申します。以後お見知り置きを。」
「ああ。早速見せてくれぬか?」
「もちろんですとも。順番に参りましょう。こちらがルビーの飾りでございます。色も深紅で濁りも一切なく、不純物もほとんど無い一品です。」
「確かに物はよさそうだ。」
「次にサファイアを。こちらは王族にしか許されぬ採掘量の極めて少ない貴重な物です。折角ですので見ていただきたくお持ちしました。」
間を置き、レオの反応を見ながら商人は説明し、物を出していく。確かに説明自体に嘘はないように見えるが――――
「ふむ....若い女性ならどれを喜ぶだろうか。」
「そうですな....やはりパールは間違い無いでしょう。どのようなドレスにも合い、女性は必ずや喜ばれましょう。更にもう一歩となればサファイアでしょうか。これ程の宝石を贈られて喜ばぬ女性はおりませぬ。」
それがいるのだから仕方がない。そんな女に宝石が欲しい演技をさせるわけだが。
「....どうせなら本人に選ばせるか。コンペル、セラを呼べ。」
「かしこまりました。」
「中々の品だな....今カルディアに来るのは危険ではないか?」
商人は唐突な質問を予期していなかったようだった。
「そう感じたことはございませんが...」
「そうなのか?これだけ開戦の噂と緊張感がある中カルディアで商売するのはさぞ大変かと思ったが。」
「殿下のようにお呼びくださる寛大な方もおります。それにまだ戦争が始まったわけでもありません。」
「コアルシオンはどうなんだ?敵対心のあるカルディアに商売に行くものを良しとしない者も多かろう。」
「私の顧客は皆寛容な方ばかりですのであまりそう言った言葉は聞きませんな。」
「そうか。貴殿は運が良いのだな。」
コンコン。
ノックの音と共に入って来たセラを見て、回り始めていた思考が停止した。
少し地味かと思っていたスモーキーグリーンのドレスは金糸の装飾と身につけた宝飾品によって華やかになり、森の妖精どころの騒ぎではない。
「お呼びでしょうか?」
そう言ったセラの顔はいつもと全く違う、女の顔になっていた。恐ろしく役者だ。
「ああ、セラ。こっちにおいで。」
呼ばれたセラは大人しく膝の上に座る...だけではなくご丁寧に首に手を回してくれる。
反応しそうになる正直な身体を押さえつけた。
(堪えろ、演技中だ...)
「まあ、綺麗な宝石....」
「何か欲しいのはあるか?セラならどれも似合う。」
「確かに何でも似合いそうですが、こちらのサファイアなどはいかがでしょう?瞳の色をより神秘的に見せてくれます。」
ゆったりとした手つきで宝石を取ったセラは普段どうしたって見ることのできないうっとりした顔でこちらを見上げている。
「殿下、どう思われますか?」
甘い話し方と艶っぽい目。
失いそうになる言葉を取り戻すために持てる理性を総動員して甘い言葉を返す。この商人には愛人に溺れ切った愚かな王弟。そう思ってもらわねばならない。
「.....セラの白い肌によく映えて綺麗だ。これがいいか?他には?」
「まあ、そんな....一つで十分ですわ。」
「こちらのルビーの耳飾りなんかもお似合いになりそうですな。華やかな方ですので、これくらいでも良いでしょう。」
商人はレオが愛人に入れ込んでいると判断したらしい。いけると踏んで値の張る商品に持ち替えた。
「赤ならあのオフホワイトのドレスに合うんじゃないか?それも見たいな。」
セラの演技は完璧だがレオの甘くなる顔は演技ですらない。何とも言えない敗北感を感じる。
「もう、殿下ったら....」
恥じらった顔をしながら僅かに欲しそうに耳飾りを見る目線は演技かどうかレオですら測るのは難しい。商人は信じ切っていることだろう。
「いいだろう?折角なんだ。それも頼む。」
「承知しました。」
「ああ、そうだ。コアルシオンでしか取れぬ宝石があるとか。それは取り扱ってはおらぬのか?」
「それは....残念ながら...」
「コアルシオンの商人と言うから期待していたのだが、残念だ。まあ良い。まあ呼ぼう。」
また呼ぶとの声に立て直した商人は上機嫌で退出していった。
回されていた腕が降ろされ、膝から降りたセラの顔はいつもの顔に戻っていた。
別に膝から降りる必要はないのに。
気を利かせたクシェルが退室して行く。
「で、収穫はありましたか?」
「.....お前、どこかでやってたことないか?」
「何をです?」
「男を相手にする商売とか、余程金に苦心したりして....それかどこかの男に愛人にされたとか、ないのか?」
「あるわけないでしょう。何言ってるんですか。」
呆れるセラだがあの顔を見た後にこの顔を見たら誰でもそう思うと思う。
「いや、まあないとは思うがあまりにも....な。俺は最早演技じゃなかったぞ。」
「良い演技だったと思いましたが。」
「....そういうことにしておいてくれ。まあ商人のことだが、ほぼ確実にコアルシオンの者ではないだろう。」
「ではやはり....」
「ああ。あのギルドで当たりだろう。コアルシオンの商人はカルディアの商人として、カルディアの商人はコアルシオンの商人として麻薬を売りつけている。」
「ではそのギルドの密輸戦を捕まえれば....」
「ああ、間違いないはずだ。早急に調べる。」
「それがいいですね。これ以上広まれば取り返しのつかないことになります。」
「そうだな。ところで.....」
さっきは直視出来なかったセラを見つめてみる。居心地の悪そうなセラが引いているがやめる気はない。
やられてばかりは癪だ。
「....何でしょう。」
「魔性の女め。俺を転がして楽しいか?」
「そんなつもりは....」
「あの仕立ての時と言い、今日の姿と言い、俺が何も言えないでいると思って余裕だな?」
「どれも演技用の物ですよ。言う必要もありません。」
「セラ、こっちに来い。」
「.....」
「俺から行くか?」
大人しく膝の上に収まったセラを困らせたくなった。
「さっきみたいに腕を回してくれないか?一瞬心臓が止まるかと思った。」
「さっきのは演技で....」
「あの甘い声も、目も全部か?随分な役者だが、今は出来ないのか?」
睨む目線などレオを煽る物でしかない。
「そんな可愛い目をしたってダメだ。ちゃんと腕を回して目を見て名前を呼ばないとな?出来るだろ。」
意を決したようにそっと腕を回してこちらを見る泣きそうな顔にゾクゾクする。
「レオ様...」
真っ赤な顔に潤んだ瞳で名前を呼ばれれば、理性などあってないような物だ。
「........」
「レオ様、あの.....もう」
「いいよな?」
「え?」
触れた唇の柔らかさは何度触れたって堪らない。セラがゆっくり深いキスが好きなことは気づいている。それでも今日はどうすることも出来ない。
「はぁ.....やっ.....」
「お前が悪い。」
「それはレオ様が......んっ...」
「たまにはこんなキスも悪くないだろ?」
「もう.....」
「部屋に戻るか。俺もクシェルに怒られる。」
「....はい。」
甘い雰囲気に流されていたいところだが、そうもいかないのが辛いところだ。
「.....あのエティという侍女、おかしいことはないか?」
「エティですか?私もまさかとは思ったのですが、特に怪しいところはない気がします。」
「それならいいんだが。エティを紹介してきたのはアイルデール家なんだ。一応気にしておいてくれ。」 
あまり言いたくはないが、一応念押ししておいた方がいいだろう。
「分かりました。」
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

愛とオルゴール

夜宮
恋愛
 ジェシカは怒っていた。  父親が、同腹の弟ではなく妾の子を跡継ぎにしようとしていることを知ったからだ。  それに、ジェシカの恋人に横恋慕する伯爵令嬢が現れて……。  絡み合った過去と現在。  ジェシカは無事、弟を跡継ぎの座につけ、愛する人との未来を手にすることができるのだろうか。

好感度0になるまで終われません。

チョコパイ
恋愛
土屋千鶴子(享年98歳) 子供や孫、ひ孫に囲まれての大往生。 愛され続けて4度目の転生。 そろそろ……愛されるのに疲れたのですが… 登場人物の好感度0にならない限り終わらない溺愛の日々。 5度目の転生先は娘が遊んでいた乙女ゲームの世界。 いつもと違う展開に今度こそ永久の眠りにつける。 そう信じ、好きなことを、好きなようにやりたい放題… 自覚なし愛され公女と執着一途皇太子のすれ違いラブロマンス。

行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました

鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。 けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。 そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。 シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。 困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。 夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。 そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。 ※他投稿サイトにも掲載中

隠された第四皇女

山田ランチ
恋愛
 ギルベアト帝国。  帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。  皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。 ヒュー娼館の人々 ウィノラ(娼館で育った第四皇女) アデリータ(女将、ウィノラの育ての親) マイノ(アデリータの弟で護衛長) ディアンヌ、ロラ(娼婦) デルマ、イリーゼ(高級娼婦) 皇宮の人々 ライナー・フックス(公爵家嫡男) バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人) ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝) ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長) リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属) オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟) エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟) セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃) ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡) 幻の皇女(第四皇女、死産?) アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補) ロタリオ(ライナーの従者) ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長) レナード・ハーン(子爵令息) リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女) ローザ(リナの侍女、魔女) ※フェッチ   力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。  ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。

天才魔術師の仮面令嬢は王弟に執着されてます

白羽 雪乃
恋愛
姉の悪意で顔半分に大火傷をしてしまった主人公、大火傷をしてから顔が隠れる仮面をするようになった。 たけど仮面の下には大きい秘密があり、それを知ってるのは主人公が信頼してる人だけ 仮面の下の秘密とは?

借りてきたカレ

しじましろ
恋愛
都合の良い存在であるはずのレンタル彼氏に振り回されて…… あらすじ システムエンジニアの萩野みさをは、仕事中毒でゾンビのような見た目になるほど働いている。 人の良さにつけ込まれ、面倒な仕事を押しつけられたり、必要のない物を買わされたり、損ばかりしているが、本人は好きでやっていることとあまり気にしていない。 人並みに結婚願望はあるものの、三十歳過ぎても男性経験はゼロ。 しかし、レンタル彼氏・キキとの出会いが、そんな色の無いみさをの日常を大きく変えていく。 基本的にはカラッと明るいラブコメですが、生き馬の目を抜くIT企業のお仕事ものでもあるので、癖のあるサブキャラや意外な展開もお楽しみください!

【完結】捨てられた皇子の探し人 ~偽物公女は「大嫌い」と言われても殿下の幸せを願います~

ゆきのひ
恋愛
二度目の人生は、前世で慕われていた皇子から、憎悪される運命でした…。 騎士の家系に生まれたリュシー。実家の没落により、生きるために皇宮のメイドとなる。そんなリュシーが命じられたのは、廃屋同然の離宮でひっそりと暮らすセレスティアン皇子の世話係。 母を亡くして後ろ盾もなく、皇帝に冷遇されている幼い皇子に心を寄せたリュシーは、皇子が少しでも快適に暮らしていけるよう奮闘し、その姿に皇子はしだいに心開いていく。 そんな皇子との穏やかな日々に幸せを感じていたリュシーだが、ある日、毒を盛られて命を落とした……はずが、目を開けると、公爵令嬢として公爵家のベッドに横たわっていた。けれどその令嬢は、リュシーの死に因縁のある公爵の一人娘……。 望まぬ形で二度目の生を享けたリュシーと、その死に復讐を誓った皇子が、本当に望んでいた幸せを手に入れるまでのお話。 ※本作は「小説家になろう」さん、「カクヨム」さんにも投稿しています。 ※表紙画像はAIで作成したものです

大迷惑です!勝手に巻き戻さないで!?

ハートリオ
恋愛
イブはメイド。 ある日主人であるブルーベル様の記憶が2つある事に気付き、時間が巻き戻されていると確信する。 しかも巻き戻り前は美しく優秀だったブルーベル様。 今はオジサン体型でぐうたらで。 もうすぐ16才になろうというのに婚約者が見つからない! 巻き戻された副作用か何か? 何にしろ大迷惑! とは言え巻き戻り前は勉強に鍛錬に厳しい生活をしていた彼。 今回の方が幸せ? そして自分の彼への気持ちは恋? カップルは男性が年上が当たり前の世界で7才も年上の自分は恋愛対象外… あれこれ悩む間もなくイブはメイドをクビになってしまい…

処理中です...