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婚約解消の報告とこれから side A
しおりを挟む生まれてから一番なんじゃないかっていうくらい泣いてすっきりした次の日、兄の部屋に向かいその旨を話すと、なんとすでにネオルト男爵家に使者を送っていて、正式に婚約解消されたと言われた。書類は事前に父から預かっていたそうだ。それにしても迅速すぎやしない?
一応諸々に対して謝罪すると「まったく問題ない」と素っ気なく言われた。じっと顔を見られて、「お前はどうなんだ」と聞かれたので「問題ありません」と微笑んだ。
職場に向かう途中、空を見上げる。……久しぶりに青空を綺麗だと感じるわ。
これまで相談に乗ってくれた室長には報告しなければ。さすがに昼休みはやめて勤務後にお時間をいただこう。
室長は私が相談するとき決まってお茶を入れてくれる。今日も手際よくお茶を用意すると「さて」と椅子に座った。目の前でチョコレート色の髪がさらりと揺れる。
「先日、ネオルト男爵令息との婚約を解消しました」
室長は深緑の瞳を少し見開いたあと、「そうか」と悲しげに細めた。
「これまでたくさんお時間をいただいた上、助言までいただいたのに申し訳ありません」
頭を下げるのを手で制して室長が聞いてくる。
「それは構わないが……、やはり歩み寄れなかったということなのか?」
「そうですね……。この半年間努力したつもりでしたが、私の家族や領民を思う気持ちは理解し難かったようでした。……それに、可愛らしい方も見つけられたようですし」
私の最後の自嘲めいた言葉に室長が舌打ちした。
「それでも新しい方はあくまできっかけで、譲れない価値観に固執してしまう私の心がいけなかったのだと思います」
可愛らしいピンクブロンドの少女と楽しそうに笑う男の姿を思い浮かべると、やはり私では何かが足りなかったのだと思う。少し悲しくなる。少しだけ。
室長がため息を吐いた。
「……お前は賢いのに不器用だな」
賢くなんかない。賢かったらこんなに長い時間をかけて足掻いたりせずに答えに辿り着いている。
「……婚約解消が決まった日、本当に悲しくて子供みたいにひとりで泣いてしまいました」
室長が私を見て眉を下げる。
「凄く悲しくて。悲しいのにどんどん楽しかった記憶が思い浮かぶんです。泣きながらたくさん記憶を辿っていったら、初めて話したときのことを思い出したんです」
「そうか……」
「私、今思えばあんまり好きじゃなかったんです」
「……………………は?」
「初めて話しかけられたとき、面倒だな、まったくときめかないな、って思ったのを思い出したんです」
「……そうか」
「あら?もともと好みとは違ってたんだわ。って気づいて」
「おう…………」
「第一印象っていうか、自分の直感ってやっぱり大切ですよね!」
すっかり立ち直ったことを笑顔で報告し終えると、室長はなんとも言えない表情で「そうだな」と言った。
ある日珍しく兄が私の部屋を訪ねてきた。
「お前に婚姻の申込みがきている。相手はイーストウッド侯爵家の次子カイル様だ。次の休みに顔合わせを行う」
私が口を挟む隙もなくひと息に言われた。確かに侯爵家からの申し入れを断るなんて難しいけど、私、婚約解消したばかりなのに……。
次の休日、両親は領地にいるので兄とイーストウッド侯爵家に伺うことになった。兄が選んだグリーンのドレスを着て待っていると、侯爵家の豪華な馬車が迎えにきた。
どうしよう。馬車だけで緊張するわ。隣に座る兄も言葉少なだ。……カイル様ってどんな方なんだろう。私を見初めてくださったということは何処かでお会いしてるはずよね。
王都にあるとは思えない広い前庭を通り馬車が屋敷の前に停まる。兄の顔を見ると無言で頷かれた。助ける気はないと見た。
壮年の執事に案内された先の部屋には、ひとりの男性が待っていた。見覚えのあるチョコレート色の髪。
「ようこそ来てくれた。イーストウッド侯爵家のカイルだ」
…………は?
「本日はお招きくださりありがとうございます。これにおりますのがノーステリア伯爵家長女アリシアでございます」
私が戸惑うのを見越してか、兄が私の代わりに名乗ってくれたので慌ててカーテシーをする。兄は名乗らないってことは面識があるのね……。
私は顔を上げて初対面の侯爵令息を見る。間違いなく室長だ。私、室長の瞳の色のドレスを着ているわ。何だか恥ずかしい……。
「イーストン子爵と名乗ってましたよね?」
室長がにっこりと笑う。
「仕事中はな。今回は侯爵家を名乗った方が話が早そうだからな。使えるものは使う主義なんだ」
「……室長は結婚する気がないのでは?」
「したい相手がいればするさ」
「したい相手って私がですか!?」
「そうだな。楽しそうだ。よく食べるしな。前に持っていった昼食も4人分だったのにあっという間になくなったのは気持ちがよかった」
昼食ってあの美味しかったサンドイッチのことね。少しだけ多いとは思ったけど、セスさんとアントンさんの分もあったんだ……。
「何よりお前の家族や領民を大切にするところを気に入っている。お前はそのままでいいから嫁に来い」
嫁に来いって、そのままでいいって……。軽い口調とは裏腹な室長の真剣な眼差しに戸惑ってしまう。
「私は、婚約を解消したばかりで……」
「気にするな。私が守ってやる。……お前が嫌なら無理強いはしないがな」
室長の声と深緑の瞳は何故か落ち着く。チョコレート色の髪は見るたびに美味しそうだなって密かに思ってた。意識した途端に頬が熱くなった。
そんな私を見て室長がニヤリと笑う。大人の余裕だ。苛つく。けど……
「不束者ですがよろしくお願いいたします」
私がカーテシーをすると隣で兄が小さく「よしっ」と言ったのが聞こえた。
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