【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。

るんた

文字の大きさ
56 / 58

閑話 兄視点③

しおりを挟む

 ――遠くから妹の泣き声が聞こえる。


 妹が声をだして泣くのを最後に見たのは何時だっただろうか……。転んで怪我をしたときも、可愛がってくれた祖母を亡くしたときも妹はあんなに声をあげることはなかった。その妹が泣いている。

 私は舌打ちしたくなる気持ちを抑えて、デスクの引き出しから書類を取り出した。父から必要なときは躊躇せず使えと渡されていた婚約解消の書類。
 苛立ちが文字に表れないよう息を吐きながら男爵宛に手紙をしたため、呼鈴を鳴らした。

 現れた執事は珍しく表情に怒りが滲んでいる。思わず苦笑しながら「頼んでもいいか」と封筒を渡すと、それはいい笑顔で頷いて足早に出ていった。



 ……思えば両家の顔合わせのときから違和感はあった。
 いくつもの事業を抱え爵位にすら拘りのない新興貴族の男爵家と、長い間自然厳しい地で領民達を守り続けてきた我が伯爵家とは、基本的な価値観が異なっている。
 どちらが正しいと言うわけではなく、おそらく人生を考える上で立っている場所が違うのだ。

 それでも妹が望むのなら見守ろうと思っていた。
 だがやはりふたりは『婚約者』という立場で向き合うようになってから、ズレが生じるようになったようだ。

 正直言って、ヤツから贈られてくるドレスは可愛らしいが何となく派手で、妹に似合わない。似合わないドレスを笑顔で着る妹は、少しずつ疲弊していくようにすら見えた。

 妹がヤツから貰ったペンダントに触れて俯く姿を偶に目にした。そんなもの引きちぎってしまえばいいのに。

 ヤツがノーステリア領を軽く見る発言を繰り返し、ついに妹が婚約解消を口にしたと聞いたときは歓迎したが、妹はヤツに縋られてあっさり申し出を取り下げた。おい。
「前向きに理解し合えるよう努力する」と笑っているが、この場合そんな我慢強さを発揮しなくてもいいと思うぞ。


 ある日、学園におかしな令嬢が現れてひどく風紀が乱れていると噂を聞いた。第三王子まで篭絡されているそうだ。……やばくないか?
 第三王子まさか平民になるつもりかと思っていたら、幼い頃から婚約者を甘やかしていた公爵令嬢がついにキレたそうだ。あっさりと矯正され、今はおとなしく婚約者の隣にいるらしい。凄いな……。

 そんなおかしな令嬢が最近ヤツに接近してると聞いた。女性に言い寄られるのに慣れているヤツなら心配ないだろうと思っていたのに、さくっとヤツは篭絡された。

 すぐに領地の両親に連絡をすると返事は早かった。婚約解消の書類と父からの手紙。手紙には、ヤツの父親である男爵もひどく移り気で、若い頃にいろいろやらかしていたことが書いてあった。

 それ、もっと早く言ってくれても良かったのでは?…………まぁ、何かが起こる前から父親と一緒にしてはいけないが。
 それにしてもあの一見人の良さそうな男爵が……。だとするとヤツは母親の麗しい見た目を引き継いだ進化型ということか。早めに何とかした方がいいな。

 婚約解消に向けて情報を集めていると、驚くことにヤツから婚約解消を願い出てきた。
 私からすれば硝子玉のような令嬢のために、ヤツは妹を石ころのようにあっさり手放した。あまりの馬鹿馬鹿しさに笑えてくる。

 心底腹立たしいがこの機を逃す手はない。即日で男爵に了承させた。


 次の日、私の部屋にきた妹が昨日のことを報告してきた。すでに手続き済みなことを教えてやるとぽかんと口を開けたが、すぐに持ち直してこれまでのことを謝罪してきた。
 ヤツと縁が切れて気分のいい私は「まったく問題ない」と返しながら、あらためて妹の顔を見る。意外にもすっきりとした顔をしていた。疲れてはいるが瞳に輝きがある。……立ち直りが早いな。
 念のため「お前はどうなんだ」と聞くと「問題ありません」と妹は微笑んだ。


 気分よく過ごしていたある日、イーストウッド侯爵家から使者がやってきた。内心慄きながら封を開けると、令息のカイル様と妹との縁談の打診だった。……………はぁ。

 イーストウッド侯爵家のカイル様と言えば、嫡男ではないが切れ者と名高い王太子殿下のご友人としても有名な方だ。そんな方が妹に……。
 目の前にいる壮年の使者が笑顔で「早い方がよいでしょう」と言うので、私はそのまま侯爵家の馬車に乗りカイル様のもとに向かうことになった。

 侯爵家で待っていたカイル様は、背が高く落ち着いた雰囲気の美丈夫だった。柔らかく微笑んでるが目力がやばい。ハムウェイス侯爵令嬢といい、何処でこういう方を引っ掛けてくるんだ、妹よ!

 背中に冷や汗を流しながら話を聞けば、妹から元婚約者のことはずっと聞いていたので、諸々の事情も了承しているそうだ。妹よ、いったい誰に何を相談してるんだ……。

 一度深く息を吐き、目の前で優雅にすわるカイル様を見る。切れ者の王太子に一目置かれ、妹の性格や事情を知りながらも望んでくださる方。妹も信頼してるからこそ、この方に相談をしていたのだろう。
 私は立ち上がり深々と礼をする。

「妹をどうか大切にしてやってください」

「もちろんだ」

 カイル様が綽然と微笑んだ。



 学園入学前に妹が、私のために王都で人脈を築くと言ってたのを思い出す。妹よ。お前は本当になんだか凄いな……。



しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

ヴェルセット公爵家令嬢クラリッサはどこへ消えた?

ルーシャオ
恋愛
完璧な令嬢であれとヴェルセット公爵家令嬢クラリッサは期待を一身に受けて育ったが、婚約相手のイアムス王国デルバート王子はそんなクラリッサを嫌っていた。挙げ句の果てに、隣国の皇女を巻き込んで婚約破棄事件まで起こしてしまう。長年の王子からの嫌がらせに、ついにクラリッサは心が折れて行方不明に——そして約十二年後、王城の古井戸でその白骨遺体が発見されたのだった。 一方、隣国の法医学者エルネスト・クロードはロロベスキ侯爵夫人ことマダム・マーガリーの要請でイアムス王国にやってきて、白骨死体のスケッチを見てクラリッサではないと看破する。クラリッサは行方不明になって、どこへ消えた? 今はどこにいる? 本当に死んだのか? イアムス王国の人々が彼女を惜しみ、探そうとしている中、クロードは情報収集を進めていくうちに重要参考人たちと話をして——?

婚約破棄に乗り換え、上等です。私は名前を変えて隣国へ行きますね

ルーシャオ
恋愛
アンカーソン伯爵家令嬢メリッサはテイト公爵家後継のヒューバートから婚約破棄を言い渡される。幼い頃妹ライラをかばってできたあざを指して「失せろ、その顔が治ってから出直してこい」と言い放たれ、挙句にはヒューバートはライラと婚約することに。 失意のメリッサは王立寄宿学校の教師マギニスの言葉に支えられ、一人で生きていくことを決断。エミーと名前を変え、隣国アスタニア帝国に渡って書籍商になる。するとあるとき、ジーベルン子爵アレクシスと出会う。ひょんなことでアレクシスに顔のあざを見られ——。

幼馴染に振られたので薬学魔法士目指す

MIRICO
恋愛
オレリアは幼馴染に失恋したのを機に、薬学魔法士になるため、都の学院に通うことにした。 卒院の単位取得のために王宮の薬学研究所で働くことになったが、幼馴染が騎士として働いていた。しかも、幼馴染の恋人も侍女として王宮にいる。 二人が一緒にいるのを見るのはつらい。しかし、幼馴染はオレリアをやたら構ってくる。そのせいか、恋人同士を邪魔する嫌な女と噂された。その上、オレリアが案内した植物園で、相手の子が怪我をしてしまい、殺そうとしたまで言われてしまう。 私は何もしていないのに。 そんなオレリアを助けてくれたのは、ボサボサ頭と髭面の、薬学研究所の局長。実は王の甥で、第二継承権を持った、美丈夫で、女性たちから大人気と言われる人だった。 ブックマーク・いいね・ご感想等、ありがとうございます。 お返事ネタバレになりそうなので、申し訳ありませんが控えさせていただきます。 ちゃんと読んでおります。ありがとうございます。

夫に相手にされない侯爵夫人ですが、記憶を失ったので人生やり直します。

MIRICO
恋愛
第二章【記憶を失った侯爵夫人ですが、夫と人生やり直します。】完結です。 記憶を失った私は侯爵夫人だった。しかし、旦那様とは不仲でほとんど話すこともなく、パーティに連れて行かれたのは結婚して数回ほど。それを聞いても何も思い出せないので、とりあえず記憶を失ったことは旦那様に内緒にしておいた。 旦那様は美形で凛とした顔の見目の良い方。けれどお城に泊まってばかりで、お屋敷にいてもほとんど顔を合わせない。いいんですよ、その間私は自由にできますから。 屋敷の生活は楽しく旦那様がいなくても何の問題もなかったけれど、ある日突然パーティに同伴することに。 旦那様が「わたし」をどう思っているのか、記憶を失った私にはどうでもいい。けれど、旦那様のお相手たちがやけに私に噛み付いてくる。 記憶がないのだから、私は旦那様のことはどうでもいいのよ? それなのに、旦那様までもが私にかまってくる。旦那様は一体何がしたいのかしら…? 小説家になろう様に掲載済みです。

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。 しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。 フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。 クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。 ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。 番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。 ご感想ありがとうございます!! 誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。 小説家になろう様に掲載済みです。

本日、私の妹のことが好きな婚約者と結婚いたしました

音芽 心
恋愛
私は今日、幼い頃から大好きだった人と結婚式を挙げる。 ____私の妹のことが昔から好きな婚約者と、だ。 だから私は決めている。 この白い結婚を一年で終わらせて、彼を解放してあげることを。 彼の気持ちを直接聞いたことはないけれど……きっとその方が、彼も喜ぶだろうから。 ……これは、恋を諦めていた令嬢が、本当の幸せを掴むまでの物語。

婚約破棄されたので、もう誰の役にも立たないことにしました 〜静かな公爵家で、何もしない私の本当の人生が始まります〜

ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、 完璧であることを求められ続けてきた令嬢エリシア。 だがある日、彼女は一方的に婚約を破棄される。 理由は簡単だった。 「君は役に立ちすぎた」から。 すべてを失ったはずの彼女が身を寄せたのは、 “静かな公爵”と呼ばれるアルトゥール・クロイツの屋敷。 そこで待っていたのは―― 期待も、役割も、努力の強要もない日々だった。 前に出なくていい。 誰かのために壊れなくていい。 何もしなくても、ここにいていい。 「第二の人生……いえ、これからが本当の人生です」 婚約破棄ざまぁのその先で描かれる、 何者にもならなくていいヒロインの再生と、 放っておく優しさに満ちた静かな溺愛。 これは、 “役に立たなくなった”令嬢が、 ようやく自分として生き始める物語。

【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。

やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。 落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。 毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。 様子がおかしい青年に気づく。 ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。 ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 最終話まで予約投稿済です。 次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。 ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。 楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。

処理中です...