月の砂漠のかぐや姫

くにん

文字の大きさ
108 / 361

月の砂漠のかぐや姫 第107話

しおりを挟む
 先ほどまでは、この場にもう一人の男、羽磋がいたのですが、交結への挨拶が終わると、小野に促された彼は先に退室していたのでした。
 これは、あらかじめ、小野と羽磋の間で打合せがされていたことでした。
 始めから、小野はこの機会を利用して、「火ねずみの皮衣を、秦で手に入れた。これは阿部殿に届けるので、阿部殿から御門殿に献上されるだろう」という報告を、交結に対して行うことにしていました。
 つまり、この話を出す前に羽磋を退室させることで、交結に「この男は、月の巫女の力の秘儀については、何も関係していない」ということを、印象付けようとしていたのでした。
 オオノスリが羽を広げるように両手を一杯に広げ、全身で喜びを表現する交結の様子からすると、小野の目論見は成功したようでした。先程挨拶を交わした若い留学の徒のことは交結の心の表面に留まり、心の奥底に沈みこんで身体全体に喜びの波動を広げている「火ねずみの皮衣」発見の報告とは、まったく切り離して考えられているようでした。
「この月の巫女の秘儀に関することは、御門殿から我らが族長である阿部殿に依頼があったものです。本来ならば、この祭器を発見したという報告は、阿部殿から御門殿にするのが筋なのだと思います。しかし、我々は未だ仕事が残っており、直ぐには吐露村に向けて出発できません。そこで、先日交結殿から伺ったところでは、交結殿にも御門殿から直接お話があったとのことですから、交結殿から御門殿に、お話だけでもお伝えしていただけたらと考えて、このようにお時間をいただきました」
 一気にこの会談の目的を述べた小野は、改めて、交結に対して深々と頭を下げました。
 もしも、この場面に冒頓が居合わせたとしたら、きっと笑いをこらえるのに苦労したことでしょう。
 「自分は阿部殿の部下であって、御門殿の部下ではない。私は阿部殿の為だけに働くのだ」という信念を小野が持っていることを、冒頓は知っていたからです。
 でも、今ここで、交結に対して「これがその火ねずみの皮衣です」と話ながら、包みを紐解いている小柄な男からは、「御門殿のために、良い報告を少しでも早く届けたい」という気持ちしか感じられないのでした。
 もともと、小野は相手に対して、とてもへりくだった態度をとる男です。そして、いまは、少々大げさに「御門殿に協力する姿勢」を見せようとしています。さらに、その相手である交結は、「とても」人当たりが良いと評判の男です。
 からかい半分で物事を眺める癖がある冒頓であれば、「どちらが相手よりも頭を下げられるか、競争しているようだ。良い人ぶり比べだぜ、全く」と、呆れて笑わずにはいられないほどの、大量の友好と親しみの雰囲気がお互いから発せられていて、それが部屋中に充満しているのでした。
「そうでしょう、そうでしょう。そのお気持ち、良くわかります。我々は肸頓族である以前に、月の民の一員ですからな」
 大きく交結がうなずくたびに、彼のあごの肉がぶるぶると震えました。
 交結に差し出されたその包みの中身は、朝方、小野が羽磋に見せた、あの「火ねずみの皮衣」でした。御門からの指示の中でその名を聞いたことはあっても、祭祀を司る一族「秋田」でもない交結には、もちろん初めて見るものでした。
「まさか、この私が、本当に月の巫女の祭器を見る機会に恵まれるなんて」
 らんらんと輝かせた目で、「触っても?」と問いかける交結に、小野は満面の笑みで「ええ、勿論ですとも」と答えました。
「ああ、素晴らしい毛並みです。このような滑らかな毛を持つ動物など、この世にいるのでしょうか! それに、何という不思議な柄なのでしょう。この白と黒の組み合わせは、夜の闇と月の明かりから生まれたものとしか思えません! これが、月の巫女の祭器ですか・・・・・・。小野殿、素晴らしい、素晴らしい貢献です!!」
 うっとりとした表情を浮かべながら、生まれたての乳児の頬をなでるように、優しく優しく「火ねずみの皮衣」をなでる交結。
 交結のその心持ちを察した小野は、ここぞとばかりに、自分が思い描いていた計画に従って、ひどく悩んでいるような表情を造り、心の奥底に重苦しい何かを抱えているような声を出しました。
「実は、私どもは大変心配をしております。と申しますのは、祭器には偽物が多いということです。もちろん、交易先で収集の依頼をするときには、信頼できる人物に限ってお願いしていますし、現地での伝承を慎重に調べたりして、偽物を掴まされることがないように、注意と苦労を重ねたうえで手に入れたものではあるのです。しかし、月の巫女の祭器などは、我々とは縁遠い場所にあるものです。万が一ということも・・・・・・」
 何とかして御門の役には立ちたいが、自分の力の限界も知っていて、万が一のことを案じて心配のあまり身を細くしている男が、交結の前におりました。いえ、交結には、そう思えました。
 交結は、「非常に」気のいい男でしたから、何とかしてこの可哀そうな忠臣の心配を取り除いてあげたい、そのような気持ちが湧いてくるのでした。
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

自由を愛する妖精姫と、番にすべてを捧げた竜人王子〜すれ違いと絆の先に、恋を知る〜

来栖れいな
ファンタジー
妖精女王と精霊王の間に生まれた特別な存在――セレスティア。 自由を愛し、気ままに生きる彼女のもとに現れたのは、竜人族の王子・サイファルト。 「お前は俺の番だ」 番という名の誓いにすべてを捧げた彼は、王族の地位も未来も捨てて森に現れた。 一方のセレスティアは、まだ“番”の意味すら知らない。 執着と守護。すれ違いと絆。 ――これは、ひとりの妖精姫が“特別”に気づいていく物語。 甘さ控えめ、でも確かに溺愛。 異種族の距離を越えて紡がれる、成長と守護のファンタジー。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

処理中です...