月の砂漠のかぐや姫

くにん

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月の砂漠のかぐや姫 第108話

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「いやいや、心配なさるな。小野殿。この不思議な毛皮が、祭器の偽物であることなど、まさか。いや、もちろん、私にも、精霊の力に関することは判りません。しかし、交易の中継地たるこの土光村で、長年代表を務めておりますこの私も、このようなものにはお目にかかったことがありませぬ。まず、間違いがないものと思いますぞ」
「ありがたいお言葉です。私も、間違いがないものと、思ってはいるのですが・・・・・・」
 揉み手をしていた小野の両手は、いつの間にか、ぎゅっと握りしめられていました。心配のせいでしょうか。いいえ、それは、心配のあまり握りしめている・・・・・・と見えるように、小野が計算の上で、行っていることでした。
 交易とは、ある意味で、売り手と買い手の化かし合いです。これも長い経験の中で鍛えられた、小野の交渉術の一つなのです。もっとも、これも、冒頓にかかれば、格好の酒席での話のタネにされてしまうのでしょうが。
「それに、このような任務では、どれだけ気を配っても間違ったものを手にしてしまうことが、あるのではなかろうか。偽物の恐れは付き物とまで、言ってしまってもよいかもしれぬ。伝承に残る月の巫女の祭器など、それを祭っている村があったとしても、祭っている者どもからして、それの真偽をわきまえているとは思えぬしのう」
「正しく、交結殿のおっしゃる通りです。本当にその真偽がわかるのは、月の巫女その人か、あるいは秋田しかないかと思います」
「そうでしょう。我らが単于、御門殿はすべてを良く知っておられる方ですからな。そのような事情もご存知であろうし、万が一のことがあっても、お叱りがあると心配される必要はないのではないかのう」
 慎重に話の方向を導いた結果、小野が目指していたところに、上手く話がやってきました。
 小野は、いかにも、困った者が信頼を寄せる者に打ち明けるような調子で、あらかじめ考えていた大事な言葉を続けました。
「交結殿の深いお考え、恐れ入ります。私たちが全力で調査に当たった結果、知識不足のために、間違ったものを持ち帰ったとしても、御門殿はそれもまた一つの資料として大事にされるだけの、極めて広い器をお持ちです。私が恐れるのは、ただ一つのことでございます。万が一、御門殿のお手に届いたものが偽物であった場合に、阿部殿に対してあらぬ誤解が生じないかと、それだけなのです」
「ああ・・・・・・、そのようなことを、ご心配であったのか、小野殿」
 小野が交結に示した心配とは、つまり、こういうことだったのでした。
「御門殿の手元に届いた火ねずみの皮衣が偽物だった場合、阿部殿が本物と偽物をすり替えて自分の手元に本物を残した、そのような疑いが御門殿の心に生じるのではないか」
 なぜならば、自らの手で「火ねずみの皮衣」に触れた交結が、その事について御門に報告をするからです。もちろん「偽物を発見しました」との報告をするはずがありません。「本物」あるいは「おそらく本物」を発見した、やがて、阿部殿を経由して御門殿の手に届くはずだ、という報告のはずです。
 その報告を受けた後で、手元に届いたものが「偽物」であったとしたら、御門はどう考えるのでしょうか。交結の報告だけでなく、御門と阿部との、月の巫女に関する考え方の違いを考えると、小野が心配することは至極当然のことではないでしょうか。
「わかりました。では、私がこの荷に、改めの封をいたしましょう」
「おお、お願いできますか。ありがとうございます、交結殿」
「いえいえ、私では真贋の証明はできませぬが、荷の改めぐらいでは、阿部殿の為にお役に立てますよ」
 安心したように大きなため息をつき、小野は感謝の言葉を口にしました。
 交結は「火ねずみの皮衣」を再び折りたたむと、丁寧に縄紐で結び留めました。そして、月の民の男たちが常に自分の腰帯の中に差し込んでいる小さな革袋から、蜜蝋と印を取り出しました。
 交結は荷を自分と小野の目の前の机上に置くと、縄紐の結び目を蜜蝋で覆い、その上から自分の印を強く押し付けました。これで、蜜蝋には「交結」の字が刻み付けられました。
 誰かが結び目を解こうとすれば、この「交結」の文字が刻み付けられた封を破らなければなりません。しかし、この印は交結が肌身離さず持っていますから、交結以外の者が再度封をすることはできないのです。
 逆に言えば、御門の元には、交結が蜜蝋に押した印影の見本がありますから、自分の手元に来た荷の封印を調べると、交結が中身を改めたものであり、その時から中身に変化がないことが、これで証明できるのです。
 このような大事な荷を責任ある立場の者が改めるという行為は、月の民では広く行われているものでした。
「助かりました、交結殿。御門殿によろしくお伝えください。この荷は、必ず阿部殿から御門殿に提出していただきます」
 交結が改め印で施封した「火ねずみの皮衣」を大切そうに受け取ると、何度も礼を言いながら、小野は部屋を出ていきました。小野の目的は充分に達せられたのでした。
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