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第4幕/おっさんフィガロとときめくピンカートン
第3場②
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《お詫び》2023年11月18日投稿分を間違えてしまいましたので、挿入して上げ直します。18日に「第4場①」「同②」にお目通しくださったかたには、話が少し戻ってしまうことになり、大変申し訳ありません(19日中に追いつきます)。
ゴールデンウィークが終わった後のとある日の昼休み、学食に向かおうとした天音は、三喜雄と小田が飲食可能な教室で、向かい合って弁当を食べているのを見かけた。天音に先に気づいたのは小田で、つい嫌な目を向けてしまった天音に向かって、彼は何故かにやりと笑ってみせた。
三喜雄が天音に気づいて、軽く手を振る。
「何か買って来ないか? ここ静かで穴場だぞ」
「……いや、3限目あっちだから学食行くわ」
やや不自然な対応になってしまった。というのは、次の授業は歌曲の基礎クラスで、三喜雄も一緒だからである。
すると小田は、軽く身を乗り出してきて天音に言った。
「プリンごちそうさま、美味かった……三喜雄が食べきれないって言うから、お裾分けしてもらった」
天音はそれを聞いて、はあっ? と叫びそうになる。しかし小田の表情が、どう見ても自分を試すかからかうかしているようにしか見えなかったので、奥歯を噛み締めて声を抑えた。どういうことだと脳味噌を働かせて、あの日自分が帰った後に、小田が三喜雄の部屋を訪れた可能性に思い至る。
「ああ、片山が寝込んだ時のこと? こいつの好きそうなプリンだったからつい買い過ぎてさ……つか見舞い食っちゃったんだ、ぷっ」
意地汚ねぇことすんなよ、というニュアンスを込めて笑う。小田がちらっと目を眇めたので、天音の溜飲が少し下がった。ところが三喜雄は、即座に小田の擁護に回った。
「俺が亮太に食べてくれって頼んだんだよ、日持ちしないから……もう塚山ってほんと感じ悪い……」
天音は後頭部を連続で数発殴られたような気がした。俺が感じ悪いのか! それにおまえら、何で互いを名前で呼び合ってるんだよ!
小田は笑いを堪えられない様子で、微かに肩を揺すっている。天音は彼を睨みつけた。こいつ許さん、俺は片山と5年以上つき合ってるのに、名前呼びなんか一度たりともしたことがない。その上、俺が片山に喜んでもらいたくて日暮里で途中下車して買った、販売個数限定のプリンまで食うなんて、どれだけ厚かましいんだ。
天音は忍耐力を振り絞り、平静を装って三喜雄に笑顔で言った。
「そうだな、おまえに渡した見舞いなんだからおまえの好きにしたらいい……また後でな」
「うん、昼メシ食いっぱぐれるなよ」
天音は三喜雄の気遣いを受けてその場から去ったが、学食が混雑しているのを見て、ますますはらわたが煮えくり返った。ドビュッシーでもブラームスでも歌曲なら興味が無いので、次の授業をサボりたくなってくる。
すると天音の肩をつついた者がいた。振り返るとそこにいたのは、肉食スザンナ・太田紗里奈だった。
「席無いならここ来なよ」
紗里奈はエナメルのバッグが置かれた椅子を顎でしゃくる。その蓮っ葉で横柄な仕草は、完璧にスザンナではなくカルメンである。
「あ、悪いな」
やや警戒しつつ応じると、紗里奈は目を細めて天音を威嚇するように言った。
「天音……塚山くんに話あるからちょうど良かった」
「……俺もおまえに言っときたいことがある、メシ買ってくるからちょい待て」
喧嘩を売られたことを察した天音は、紗里奈の返事を待たずに食券を買いに行った。
ゴールデンウィークが終わった後のとある日の昼休み、学食に向かおうとした天音は、三喜雄と小田が飲食可能な教室で、向かい合って弁当を食べているのを見かけた。天音に先に気づいたのは小田で、つい嫌な目を向けてしまった天音に向かって、彼は何故かにやりと笑ってみせた。
三喜雄が天音に気づいて、軽く手を振る。
「何か買って来ないか? ここ静かで穴場だぞ」
「……いや、3限目あっちだから学食行くわ」
やや不自然な対応になってしまった。というのは、次の授業は歌曲の基礎クラスで、三喜雄も一緒だからである。
すると小田は、軽く身を乗り出してきて天音に言った。
「プリンごちそうさま、美味かった……三喜雄が食べきれないって言うから、お裾分けしてもらった」
天音はそれを聞いて、はあっ? と叫びそうになる。しかし小田の表情が、どう見ても自分を試すかからかうかしているようにしか見えなかったので、奥歯を噛み締めて声を抑えた。どういうことだと脳味噌を働かせて、あの日自分が帰った後に、小田が三喜雄の部屋を訪れた可能性に思い至る。
「ああ、片山が寝込んだ時のこと? こいつの好きそうなプリンだったからつい買い過ぎてさ……つか見舞い食っちゃったんだ、ぷっ」
意地汚ねぇことすんなよ、というニュアンスを込めて笑う。小田がちらっと目を眇めたので、天音の溜飲が少し下がった。ところが三喜雄は、即座に小田の擁護に回った。
「俺が亮太に食べてくれって頼んだんだよ、日持ちしないから……もう塚山ってほんと感じ悪い……」
天音は後頭部を連続で数発殴られたような気がした。俺が感じ悪いのか! それにおまえら、何で互いを名前で呼び合ってるんだよ!
小田は笑いを堪えられない様子で、微かに肩を揺すっている。天音は彼を睨みつけた。こいつ許さん、俺は片山と5年以上つき合ってるのに、名前呼びなんか一度たりともしたことがない。その上、俺が片山に喜んでもらいたくて日暮里で途中下車して買った、販売個数限定のプリンまで食うなんて、どれだけ厚かましいんだ。
天音は忍耐力を振り絞り、平静を装って三喜雄に笑顔で言った。
「そうだな、おまえに渡した見舞いなんだからおまえの好きにしたらいい……また後でな」
「うん、昼メシ食いっぱぐれるなよ」
天音は三喜雄の気遣いを受けてその場から去ったが、学食が混雑しているのを見て、ますますはらわたが煮えくり返った。ドビュッシーでもブラームスでも歌曲なら興味が無いので、次の授業をサボりたくなってくる。
すると天音の肩をつついた者がいた。振り返るとそこにいたのは、肉食スザンナ・太田紗里奈だった。
「席無いならここ来なよ」
紗里奈はエナメルのバッグが置かれた椅子を顎でしゃくる。その蓮っ葉で横柄な仕草は、完璧にスザンナではなくカルメンである。
「あ、悪いな」
やや警戒しつつ応じると、紗里奈は目を細めて天音を威嚇するように言った。
「天音……塚山くんに話あるからちょうど良かった」
「……俺もおまえに言っときたいことがある、メシ買ってくるからちょい待て」
喧嘩を売られたことを察した天音は、紗里奈の返事を待たずに食券を買いに行った。
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