彼はオタサーの姫

穂祥 舞

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第4幕/おっさんフィガロとときめくピンカートン

第3場③

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 日替わり定食の野菜のキッシュセットを持って戻ると、紗里奈はダイエットでもしているのか、サンドウィッチとチルドカップの無糖コーヒーをテーブルに並べていた。彼女は天音が席に着くなり、口火を切る。

「ねぇ、私片山くんと距離詰めたいんだけど、何か邪魔してない?」

 いけしゃあしゃあと言う紗里奈に、天音は鼻で笑ってみせた。

「してるとも、片山におまえみたいなあばずれを近づけたくないからな」
「はぁん、ミカエラにでもなったつもり? 片山くんって高校大学とどれくらい女の子とつき合ってんの? 今彼女いないよね? まさか童貞?」

 この女は、人の話を聞いていないのか。

「知るか、知っててもおまえには教えない」

 三喜雄には、大学の4年間で1人、そこそこ親密だった女性がいたと思う。確かバイト先で知り合った、札幌駅近くの国立大に籍を置く学生だった。1学年上で、彼女が卒業して故郷に帰ったと、三喜雄自身からちらっと聞いた。おそらくそれで自然消滅したと天音は踏んでいる。
 紗里奈は探る目線を天音に送ってくる。

「変なの、塚山くんだってずっと女取っ替え引っ替えしてるくせに、何でみっきぃの保護者気取りな訳?」

 取っ替え引っ替えしてきたつもりは無いが、高2の頃から彼女のいない時期が天音にほぼ無かったのは事実である。女に対してかなり淡泊な三喜雄が、天音のそういう面を忌避して、友達じゃないと言っている可能性も否定できない。
 とりあえず、おまえも勝手に片山を、何処かのネズミみたいに呼ぶな。胸の中で紗里奈に突っ込んだ。どいつもこいつも、俺を苛立たせやがって。天音は平静を装うのが辛くなってきた。

「片山に嫌な思いをしてほしくないだけだ」
「失礼ねぇ、楽しい思いをさせてあげられるかもしれないよ? みっきぃの経験のチャンスを奪うのは、保護者としてどうなのかなぁ」
「黙れ、清らかな三喜雄は無駄に女に遊ばれる経験なんかしなくていいんだよ」

 サンドウィッチのパンに、ストーンが光る美しい爪が食い込んでいる辺り、紗里奈も苛々しているようだった。こうなれば根比べだ。天音は鼻から息を抜く。
 カルメンあるいは女マントヴァは、声を潜めて鋭く言った。

「とにかく誤解を解いてよ! みっきい、あんたが私とよりを戻したくて割りこんで来るって勘違いしてて、私がお茶に誘っても『塚山に怒られるからやめとく』って言うんだから! マジ迷惑なんだけど!」

 天音は思わず爆笑してしまった。紗里奈の口真似が巧みで、三喜雄が無意味な遠慮をしている姿が目に浮かぶようだったからである。

「笑い事じゃないって!」
「クッソウケたわ、片山には誤解しといてもらおうか」

 天音は一旦アドバンテージを取ったことを確信して、キッシュにフォークを入れた。紗里奈はコーヒーをずずっ、と音を立ててストローで吸い、カップを乱暴にテーブルの上に置く。

「あんたのそのキモい独占欲からみっきぃを愛の力で解放するから、神の審判を待つといいわ」

 キモい独占欲という言葉にかちんときた。

「おまえは勘違い十字軍か……自惚れんなよ、おまえみたいなガツガツした女は片山の趣味じゃねぇって」
「そんなのあんたの決めつけでしょ!」

 2人とも声が通るので、人目が集まってきた。これ以上のヒートアップは自分の名誉を毀損する事態に繋がると思った天音は、吠えるソプラノを放置して、食事に集中した。
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