彼はオタサーの姫

穂祥 舞

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番外編 姫との夏休み

第1楽章①

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 品川駅に到着した。咲真は片山と並んで、キャリーケースを転がしながら、羽田空港に向かう京急の乗り場に向かう。これまであまり飛行機を使ったことがないので、自分たちと同じように大小のキャリーケースを持つ人々が駅のホームに並んでいる光景が、ちょっと新鮮だ。誰もかれもが暑そうではあるが。

「札幌って、新千歳空港からちょっと距離あるよな?」

 咲真は少し眠そうな片山に訊いた。彼はゆっくり瞬いてから、うん、と応じた。

「札幌行きの特急が割と混んだりする」
「観光客多いもんなぁ、札幌は」

 咲真は北海道には、高校の修学旅行で、1回しか行ったことがない。道南限定で、新千歳に着いてからはバスでの移動ばかりだったため、今思い返しても北海道内の距離感があまりわからなかった。
 空港行きの快速急行がやって来た。車内は涼しく、何とか2人で並んで座ることができてほっとする。片山は、確認するように訊いてきた。

「えっと松本は、伊丹市に着いて、同じ市内のお祖父さんとお祖母さんの家に行って、神戸市の実家に戻るのか」
「そやけど、どうかした?」
「今夜は伊丹市内に泊まる?」

 たぶん、と咲真はのんびり答える。祖父母が歓待してくれるだろうから、夕飯はご馳走になろうと思っている。実家の自分の部屋で寝たい気もするが、まあその辺りは、気分で決めるつもりである。
 そう答えると、片山はふうん、と不思議そうに言う。

「市と市の間の距離が……俺昨日地図を見てみたんだけど、何でこんなに近いんだろうって」

 咲真のほうがきょとんとしてしまった。

「伊丹と神戸の間がどれくらいあるか調べてたん?」
「うん、京都から神戸が新快速で1時間半ってのが、どうも腑に落ちないから……」

 片山の微妙なボケっぷりに、咲真はぷっと吹き出した。

「あの話はほんまにJRで真っ直ぐ行った場合やし、目的地と使う乗り物によっては意外と時間かかったりするで」

 祖父母の家から咲真の実家までは阪急電車で移動できるが、ドア・トゥ・ドアなら1時間10分かかる。そう話すと、片山はそうなのか、とやや驚いたようだった。
 彼は続ける。

「そうだ、大阪から神戸の間って、JRと私鉄が3本も並んで走ってるけど、何で?」

 何でと言われても。歴史から話さなくてはいけないだろうか。

「ああ見えて、山の手と海の手の間は結構あるんやで……そやから沿線住人は使いやすい電車を選んでるんやけど、競合してるのは確かやろな」

 片山はふんふんと感心したような素振りである。

「俺の高校って寮があったんだ、寮生の地元って大概バスも電車も全然無かったりして、地下鉄走ってる札幌はチョー都会だぜとか思ってたんだけど」
「え、札幌は都会やろ」
「いやでも、東京とか関西の交通事情を聞いて、驕ってたなってめちゃ反省してる……」

 咲真はぶはっと笑ってしまった。驕ってたんか。片山の向こうに座っている中年女性も笑いを堪えている。Tシャツにジーンズ姿の、如何にも帰省します風の男子たちの他愛ない会話が、さぞかし可笑しかったのだろう。
 電車が羽田空港国内線ターミナル駅に着くと、乗客が荷物を抱えてぞろぞろと車外に出る。2人して合ってるか、こっちだと言いながら、第1ターミナル方面の出口を目指す。
 咲真は伊丹行き、片山は新千歳行きのJALを使う。保安検査場まで一緒に行動できるので、30分早く出発する片山に、咲真がつき合うことにした。というよりは、羽田空港まで行くのにやや不安があったので、いつも帰省に飛行機を使っている片山が一緒だと、心強いと思ったのである。
 咲真は片山とメトロで合流した辺りから、彼と一緒にこれから旅行に行くような気分になっていた。よく考えると大学生の頃は、皆練習が忙しく、地元民が多かったこともあって、長期休暇に入る前も帰省や旅行の話がほとんど出なかった。卒業旅行と称して有志で行ったのは、近場の名湯・有馬温泉だった。だからこうしてキャリーケースを引き、空港の出発カウンターに向かうというだけで、何やらテンションが上がる。
 片山とだったら、数泊一緒に過ごしてもいいと思う。何処かでピアノを借りて一緒に、あるいは各々練習するのもいいし、飲みながらくだらない話で笑い続けるのもいい。2人で綺麗な風景に感動したり、テーマパークのアトラクションでぎゃあぎゃあ叫んだりしてみたい。そんな風に考える程度には、咲真は隣に歩く、おぼこいくせに芯のはっきりした男子が好きだった。
 昼食を取ろうということになり、まだ混雑していないフードコートに入った。着替えと楽譜しか入っていないキャリーケースをテーブルの脇に放置して、洋食のカウンターに並ぶ。
 コロッケの定食を待ちながら、咲真は片山の休み期間中の予定を尋ねてみた。

「別に何もしないよ、あっちの師匠のレッスンと……もしかしたら大学の友達と会うかな?」
「そうか、俺も神戸の先生に挨拶しに行こ」
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