思い出さなければ良かったのに

田沢みん

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21、彩乃の記憶 (1)

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「彩乃、とりあえず一度会ってみたら?」
「何言ってるの? お見合いなんて、するわけ無いでしょ」

ーーえっ、お見合い?

 なんだ、これ?
 俺の記憶じゃない。こんなの俺は知らない。

 これは彩乃と……彩乃の母親……明美あけみさんの声だ。


 生暖かい涙と共に胸に沁み込む感情。
 喜び、感動、驚き、怒り、哀しみ、恐れ、不安……。

 奔流ほんりゅうのように勢いを増し、次々と流れ込んで来るコレは……。


ーーそうか、彩乃の記憶なんだ……。





「そうは言っても、あなただって27歳でしょ。いつまでも独り身でいたら、そりゃあ見合い話だって来るわよ」

 彩乃の家のダイニングテーブル。
 開いて置かれた見合写真。
 
ーー見合い……そうだよな。27歳にもなれば、そういう話だって来るに決まってるよな……彩乃は可愛いからな。人気モデルだもんな。

 
 彩乃の家には何度もお邪魔させてもらった事がある。小さい頃から、数え切れないくらい。

 明美さんが仕事で家にいなくて、彩乃と晴人と3人でゲームして、カレーライスを作って食べて……。

 誰もいない時に彩乃の部屋でエッチもしたな。
 あの時は晴人が修学旅行に行ってて……。

 懐かしいな。家具の配置も変わってないや。


「うちの病院の婦長さんの親戚だって。29歳、銀行員。あなたのファンらしいわよ」

 婦長の親戚……銀行員……ガッチリ安定してるな。フラフラしてる俺とは大違いだ。

「ファンなんて、それこそ嫌よ!私の上辺うわべを見て憧れてるだけじゃないの! 第一私には雄大がいるのよ。 お母さんだって分かってるじゃない」

 彩乃の母親は一つ大きな溜息をついて、彩乃が押し返した見合い写真をもう一度ズイッと彩乃の前に押しやった。

「そんなのお母さんだって分かってるわよ」

 もう一度溜息。そして伏せた睫毛を上げて、厳しい表情で真っ直ぐ彩乃を見つめた。


「雄大くんね……。あなたが彼を待ちたい気持ちは分かるけど……たまに絵葉書やメールを送って来ただけで、一度も顔を見にも帰って来ない相手をいつまで待ってるのよ」

「だから3年って、私の29歳の誕生日までには……って」
「そんな口約束がアテになるの?!」

 明美さんの声が大きくなる。

「私だって雄大くんが悪い子じゃないって知ってるし、2人が付き合うのに反対もしなかったわよ。だけど、仕事に就いてもすぐに辞めちゃうし、いつまで経ってもフラフラしていて……母さん、心配なのよ」

「お母さんに心配なんてしてもらわなくてもいい! 私は大丈夫だから!」
「彩乃!」

「とにかく見合いなんて、しないから!」
 そう言って彩乃は2階の部屋に駆け込んだ。
 ベッドに飛び込んで、枕に顔を埋めて泣いて……。

ーー彩乃、ごめんな。1人で泣かせてごめん。

 そうだよな……もっとマメに連絡すれば良かったな。
 だけど、バッテリーを節約しなきゃだし、データ容量の上限を超えないように気を付けなきゃいけなくて……。

 そもそも、いつも充電出来るわけじゃないし、契約内容でカバーしてない国や、電波もちゃんと届かない地域もあってさ……。

ーーって、そんなのただの言いわけだよな。

 そこまでの努力を俺が怠ってた。彩乃の母さんの信用を維持するだけの誠意を見せられなかった。それが全てだ。

 銀行員か……お見合いしたら安定した結婚生活が送れてただろうに。馬鹿だな……。

 違うな、馬鹿なのは俺だ。

 明美さん、ごめん……俺のせいでこいつが嫁に行かないままで……。

ーーいや、違うだろ!

 彩乃は結婚している。だって左手の薬指に指輪が嵌っていた。




「姉さんさ、成瀬さんの事をどう思ってるの?」
「えっ、成瀬先輩?」

ーーこの声は……晴人。

 いつの間にか画面が切り替わり、見たことのある場所で、晴人がコーヒーを飲んでいる。

 ここは……俺と彩乃のアパート。
 くたびれたローソファーと、食卓代わりのガラステーブル。

「成瀬さん、俺や母さんの誕生日にもプレゼントを贈ってくれたよ。 母さんには籠に入った花のアレンジメント、俺にはCanonのカメラ」

ーーキャノンのカメラか……。成瀬先輩は昔からキャノン派だったんだよな。 高校時代はEOS Kissを愛用してたしな。

 ……って、どうして成瀬先輩が彩乃の家族にプレゼントを贈ってるんだよ!


「カメラって……そんな高級品をどうして受け取るのよ! そんなの返しなさいよ! あなた、どっちの味方なの?!」

「宅急便で送って来たやつをわざわざ送り返せるかよ。俺は中立っていうか……そりゃあ雄大が好きだし、姉ちゃん達を応援してるよ。 だけど、これだけ誠意を見せられたらさ、姉ちゃんのためには成瀬さんとくっつくのが幸せなのかな……とか考えちゃうんだよ。仕方ないだろ」

「私の幸せなんて、雄大に決まってるじゃない。そんなの他人が決めることじゃないわ」

「でもさ、姉ちゃん28歳だし、見合い話もことごとく断っちゃうしで、母さんが心配するのも仕方ないと思うよ」

「約束までまだ1年ある……あと1年で雄大は帰って来るもの」


ーー彩乃……。

 目頭が熱くなる。胸が痛い、苦しい。

 俺だって……俺だってお前を想っていたよ。
 沈む夕陽を見つめながら、エメラルド色の海を眺めながら。

 シャッターを切るたびにお前のことを考えて、彩乃に会いに行ける日を夢見て……。


 パシャッ!

 軽めのシャッター音。Canonだな。
 成瀬先輩は昔からCanon派で……。


「悪かったね、僕のせいで困らせてしまったみたいで」

 今度は成瀬先輩の声が聞こえて来た。
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