今度は、私の番です。

宵森みなと

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第十七話 人生に無駄なものはない

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中間試験が終わり、星の日の午後。ようやく肩の力が抜けた私は、制服のまま、とある静かな場所へと向かっていた。何度か訪れたことのある、ハルシュタイン様の別邸。緊張と安堵の入り混じる心を抱えながら、その門をくぐった。

変わらぬ優しさをたたえた笑みで出迎えてくださったのは、サーラ様だった。ご夫婦はすでに本邸を息子さん夫婦に譲られており、今はこの小さな別邸で、必要最低限の使用人と共に、ひっそりと落ち着いた暮らしを送っていらっしゃる。どこか懐かしいぬくもりが漂うその家は、私にとっても密かな癒しの場所だった。

ダイニングの窓から差し込む穏やかな光の中、サーラ様と紅茶を傾けながら談笑していると、元気な声と共に部屋へ飛び込んできたのは、まだ幼い末のお孫さん、ライラちゃん。六歳の彼女は、星の日になると必ずここを訪れることにしているらしく、とりわけ私が来ると知ると、より一層張り切って現れるのだとか。以前ディオラン様が、どこか照れくさそうにそのことを呟かれたことがある。目をそらして口数少なく語るその仕草が、妙に微笑ましく、今も記憶に残っている。

その日、ハルシュタイン様は少し戻りが遅れるとのことで、サーラ様は申し訳なさそうに、しかしどこか嬉しげに「もう少し、お話ししていってくださいますか?」と声をかけてくださった。私は即座に頷いた。話題は尽きず、学園のこと、日々の些細なこと……互いの関心が重なる心地よさに、時間は静かに流れていった。

そんなひとときの最中だった。慌ただしく執事が部屋に入り、サーラ様の耳元で何事かを告げた。その瞬間、彼女の表情が一変した。不安、驚きと悲しみが入り混じったような眼差しで立ち上がる彼女に、私は何も言わずその背中を追った。

玄関のロビーに足を踏み入れた瞬間、視界に飛び込んできたのは、思わず心臓を鷲掴みにされるような光景だった。床に倒れ、胸を押さえたまま動かぬハルシュタイン様。その隣で、ライラちゃんが泣きじゃくっていた。

一瞬の思考も挟まず、私は駆け寄り、執事から状況を聞いた。ライラちゃんが玄関で「わっ」と驚かせてしまったらしく、その直後に倒れ込んだのだという。私の脳裏には、前世で受けた救急救命の研修の記憶が稲妻のように蘇った。

まず脈――感じない。次に呼吸――止まっている。迷っている時間はない。私は反射的に、創造魔法でAEDを呼び出し、電源を入れるとすぐに胸骨圧迫を始めた。指輪を外し、周囲に人がいないことを確認。AEDの音声指示に従い、ショックを与えると、ディオラン様の身体が小さく跳ねた。すぐさま呼吸の確認と人工呼吸、そして圧迫を繰り返す。

「お願い、戻ってきて……」

二度目のショック。続いた沈黙を破るように、「かはっ」と彼の口から漏れる空気の音。それは、かすかな命の証だった。私は震える手で再び脈を確認し、確かに心臓が動いていることを確かめた。

彼の胸にそっと手を添え、治癒魔法でわずかに補助する。安堵のため息が自然と漏れた。周囲を見渡せば、サーラ様は涙をこらえきれず、口元に手を当てていた。ライラちゃんは動けないまま泣き続け、息子さん夫婦は言葉もなく立ち尽くし、使用人たちも呆然とその場に立ちすくんでいた。

私は冷静を装いながら声をかけ、ハルシュタイン様を寝室に運ぶよう指示した。かかりつけの医師にもすぐ来てもらうよう執事に頼み、状況をひとつずつ整えていく。

寝室で安静にされたハルシュタイン様の脈と呼吸を改めて確認した私は、ようやく一息つき、サーラ様たちに状況を説明することにした。ライラちゃんの不意の驚きが原因で、急な心停止に至った可能性が高いこと。私は前世の知識と魔法を組み合わせて応急処置を行ったこと。そして創造魔法で呼び出した機器が、命をつなぐ一助となったこと。

身振り手振りを交えながら、できるだけわかりやすく伝えたつもりだったが、家族の皆さんはしばらく言葉を失っていた。それでも最初に口を開いたのは、やはりサーラ様だった。

「……本当に、ありがとうございました。あなたがいてくださらなければ、夫は……」

絞り出すような声でそう言うと、彼女は深々と頭を下げてくださった。続けて息子さんご夫妻も、丁寧な言葉で感謝を述べてくれた。

まもなく医師が到着し、ハルシュタイン様の診察が始まった。私はもうやるべきことを終えたと感じ、「それでは、これで失礼いたします」と一礼し、静かにその場を後にした。

玄関の扉が背後で閉まる音を聞いた瞬間、ようやく張り詰めていたものが一気に緩み、私はその場にしゃがみ込みそうになるのをこらえながら、深く深く息を吐いた。

助かって、本当に……よかった――心からそう思えた、星の日の午後だった。
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