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第十六話「静謐の夜、ざわめきの饗宴」
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皇城に到着したその晩、リリア王女とエミリアは他の誰の干渉も受けることなく、ただ静かに、ゆっくりとした時間を共にした。
初日は儀礼的な挨拶も控えられ、「まずは旅の疲れを癒してほしい」という皇太子の心遣いがあったのだろう。ふたりは穏やかに晩餐を取り、その後は広々とした湯殿で湯に浸かった。肩の力を抜き、互いに言葉少なに過ごす時間が、どれほど贅沢に感じられたことか。
王女ともなれば、身の回りの世話をする侍女や女官は当然ながら現地であらかじめ選ばれている。ギラン帝国の宮廷側による周到な準備だったが、エミリアにとっては、ここからが仕事の本番だった。彼女は、王女のために選ばれた侍女・女官たちの采配を一手に任される立場として、到着初日から心構えを整えていた。
翌朝、エミリアは朝食を済ませると、事前に約束を取り付けていた女官長および侍女長との面会に向かった。
他国の宮廷内でどのように立ち居振る舞えば良いのか──その作法から、采配時の注意点、リリア王女が心すべき宮中の習わしまで、一つひとつ、丁寧に尋ねた。質問の的確さと配慮の行き届いた聞き方に、女官長と侍女長は思わず感嘆の吐息を漏らしたほどだった。
その日、リリア王女には一日ゆっくりと休んでもらい、エミリアはさっそく王女付きとして選ばれた女官や侍女たちの指揮に当たった。初めこそ、遠国から来た地味な女官だと軽んじた目を向けていた者たちも、彼女の指示が寸分の無駄もないこと、采配が理路整然としていて、かつ心配りが行き届いていることを目の当たりにし、態度を改めていった。次第に、「あの方に仕えたい」と思う者すら現れ始めたほどだ。
そうして、輿入れから三日が経った夜。ついに皇族を交えての正式な晩餐会が開かれることとなった。
「エミリア殿も同席を」と言われ、彼女は迷いながらも了承した。普段の地味な装いを脱ぎ捨て、王宮から貸与された正装に身を包んだとき、自身でも鏡の中の姿に一瞬目を見張った。だが、ためらっている暇などない。今はリリア王女の側近として、堂々とその場に臨まねばならなかった。
会場に足を踏み入れたその瞬間、空気が変わった。
リリア王女の隣に立つ女性──エミリアの姿を見た人々が、あからさまにざわついたのだ。王女と共に現れたのは、見慣れぬ美貌の女性。その気品と色香に、周囲の視線が吸い寄せられていた。
何が起きたのか分からず目を見交わす貴族たちをよそに、リリア王女は一切動じることなく席へと進んだ。その姿はまるで、「最初からこの人がいたのだ」と言わんばかりの自然さで。エミリアもまた、一礼し、自身の席へと歩を進める。ようやく誰もが、あの地味で無口な女官と、今ここにいる艶やかな女性が同一人物であることに気づいた。
ジークフリート皇太子も、側近のアレンバルトも、あまりの変貌に目を見張った。普段の彼女からは想像もつかないその姿に、言葉を失っていた。周囲の者たちは、「なぜこのことを黙っていたのか」と問いかけるように、ちらちらと皇太子を見やったが、彼はわずかに首を振るのみだった──「自分も、知らなかった」と。
やがて、晩餐会が正式に幕を開けた。
まずはギラン帝国側の主要人物たちが紹介される。堂々たる風格の皇帝ダリオス・ヴェルターを筆頭に、冷静沈着な皇太子ジークフリート、朗らかな印象の第二皇子アレックス、気高くまた幼い第一皇女サーラ、そして柔和な笑みを浮かべた皇弟ライオネル。側近として控えるのは、知略派のアレンバルト=サージルと沈思黙考型のキリオス=マクレーン。
紹介がひととおり終わると、会場には柔らかな音楽が流れはじめた。皇族同士の挨拶が交わされ、食事が運ばれるなか、誰もが「なぜ今までこの女性の存在に気づかなかったのか」と不思議そうな面持ちでエミリアを見ていた。
その視線を、彼女はあえて避けることなく、ただ凛とした態度で受け止めていた。
──姿がどうあれ、自分はあくまでも女官。王女殿下の信頼に応えること。それが、何よりも大切なのだから。
初日は儀礼的な挨拶も控えられ、「まずは旅の疲れを癒してほしい」という皇太子の心遣いがあったのだろう。ふたりは穏やかに晩餐を取り、その後は広々とした湯殿で湯に浸かった。肩の力を抜き、互いに言葉少なに過ごす時間が、どれほど贅沢に感じられたことか。
王女ともなれば、身の回りの世話をする侍女や女官は当然ながら現地であらかじめ選ばれている。ギラン帝国の宮廷側による周到な準備だったが、エミリアにとっては、ここからが仕事の本番だった。彼女は、王女のために選ばれた侍女・女官たちの采配を一手に任される立場として、到着初日から心構えを整えていた。
翌朝、エミリアは朝食を済ませると、事前に約束を取り付けていた女官長および侍女長との面会に向かった。
他国の宮廷内でどのように立ち居振る舞えば良いのか──その作法から、采配時の注意点、リリア王女が心すべき宮中の習わしまで、一つひとつ、丁寧に尋ねた。質問の的確さと配慮の行き届いた聞き方に、女官長と侍女長は思わず感嘆の吐息を漏らしたほどだった。
その日、リリア王女には一日ゆっくりと休んでもらい、エミリアはさっそく王女付きとして選ばれた女官や侍女たちの指揮に当たった。初めこそ、遠国から来た地味な女官だと軽んじた目を向けていた者たちも、彼女の指示が寸分の無駄もないこと、采配が理路整然としていて、かつ心配りが行き届いていることを目の当たりにし、態度を改めていった。次第に、「あの方に仕えたい」と思う者すら現れ始めたほどだ。
そうして、輿入れから三日が経った夜。ついに皇族を交えての正式な晩餐会が開かれることとなった。
「エミリア殿も同席を」と言われ、彼女は迷いながらも了承した。普段の地味な装いを脱ぎ捨て、王宮から貸与された正装に身を包んだとき、自身でも鏡の中の姿に一瞬目を見張った。だが、ためらっている暇などない。今はリリア王女の側近として、堂々とその場に臨まねばならなかった。
会場に足を踏み入れたその瞬間、空気が変わった。
リリア王女の隣に立つ女性──エミリアの姿を見た人々が、あからさまにざわついたのだ。王女と共に現れたのは、見慣れぬ美貌の女性。その気品と色香に、周囲の視線が吸い寄せられていた。
何が起きたのか分からず目を見交わす貴族たちをよそに、リリア王女は一切動じることなく席へと進んだ。その姿はまるで、「最初からこの人がいたのだ」と言わんばかりの自然さで。エミリアもまた、一礼し、自身の席へと歩を進める。ようやく誰もが、あの地味で無口な女官と、今ここにいる艶やかな女性が同一人物であることに気づいた。
ジークフリート皇太子も、側近のアレンバルトも、あまりの変貌に目を見張った。普段の彼女からは想像もつかないその姿に、言葉を失っていた。周囲の者たちは、「なぜこのことを黙っていたのか」と問いかけるように、ちらちらと皇太子を見やったが、彼はわずかに首を振るのみだった──「自分も、知らなかった」と。
やがて、晩餐会が正式に幕を開けた。
まずはギラン帝国側の主要人物たちが紹介される。堂々たる風格の皇帝ダリオス・ヴェルターを筆頭に、冷静沈着な皇太子ジークフリート、朗らかな印象の第二皇子アレックス、気高くまた幼い第一皇女サーラ、そして柔和な笑みを浮かべた皇弟ライオネル。側近として控えるのは、知略派のアレンバルト=サージルと沈思黙考型のキリオス=マクレーン。
紹介がひととおり終わると、会場には柔らかな音楽が流れはじめた。皇族同士の挨拶が交わされ、食事が運ばれるなか、誰もが「なぜ今までこの女性の存在に気づかなかったのか」と不思議そうな面持ちでエミリアを見ていた。
その視線を、彼女はあえて避けることなく、ただ凛とした態度で受け止めていた。
──姿がどうあれ、自分はあくまでも女官。王女殿下の信頼に応えること。それが、何よりも大切なのだから。
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