王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと

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第十五話「輿入れの道すがら」

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ギラン帝国の国境が見えてきたのは、午前もとうに過ぎたころだった。馬車の窓越しに広がる景色には、すでにエルデバーデの色はなく、次第に異国の空気が肌に触れてくる。皇城まではまだ半日以上かかるが、それでも、今日中には辿り着けるだろう。そう思いながら、エミリアは窓の外にちらりと視線を向けた。

この二ヶ月は、まるで風のように駆け抜けた。王女リリアの輿入れ日が正式に決まり、日取りが決まると同時に、日々は目まぐるしく過ぎ去っていった。

王国を離れる直前の晩には、久しぶりに家族との穏やかな時間を持つことができた。母は相変わらず朗らかに振る舞い、父は娘の門出に微笑んではいたものの、ふとした瞬間に目を赤くしていたのを、エミリアは見逃さなかった。

そして出立の朝、思いがけぬ言葉が彼女を揺さぶった。

「好きだ。……必ず、会いに行く」

そう言ったのは、近衛副長のカイル=ラングレン。寡黙な彼の口から発せられたその一言に、エミリアは一瞬、言葉を失った。人生で二度目の告白──慣れなどあるはずもない。王宮の一角で、周囲の温かな視線と気遣いに触れながら、彼女はいたたまれない気持ちになっていた。

輿入れの旅には、王立第一騎士団が同行してくれた。団長ライナルト=バークレー率いる、精鋭中の精鋭たち。彼らの護衛のもと、道中は驚くほど平穏だった。無骨で厳めしい顔つきの団長は、意外にも気さくに声をかけてくれる人物で、旅に緊張する王女にも度々気を配ってくれた。やはり、王族を伴っての行軍ともなれば、警戒は怠れない。片道で五日──それが、護衛付きの旅の現実だった。

そして、ついに国境の地にたどり着いた。エルデバーデからギラン帝国へ。ここで王立第一騎士団とは別れとなる。

リリア王女は騎士団一人ひとりに丁寧に礼を述べ、エミリアもまた深く頭を下げた。国を守る者たちと、国を離れる者たち。交錯する想いが、馬車の扉の向こうに残された。

ここからは、ギラン帝国の第一帝国軍が警護を引き継ぐ。武威の国らしい、精悍な顔つきの兵たち。だが、思っていた以上に礼節を重んじた彼らの振る舞いに、エミリアはどこか拍子抜けするほどの好印象を受けた。地味な女官の自分にも、まるで身内のように親切に接してくれたのだ。逆に恐縮してしまうほどに。

夕刻近く、ようやく馬車は皇城に到着した。石造りの城門が大きく開かれ、その先に広がるのは威厳そのものの王宮。第一帝国軍に改めて感謝を伝えたあと、王女とともに控え室へと案内される。

謁見に向けて装いを整える間、エミリアの心は不思議と落ち着いていた。女官とはいえ、王女の側近としてともに進むのが彼女の役割。新たな地での第一歩に、躊躇いはなかった。

ギラン帝国皇帝との対面。巨躯と鋭い眼光、その威圧感に、初見の者なら誰もが畏れるに違いない。けれどエミリアは、微動だにしなかった。昔から、外見の迫力に惑わされるほど繊細ではない。

リリア王女もまた、数度顔を合わせたことがあるだけあって、動じることはなかった。そんな二人の姿に、皇太子ジークフリートはどこか安堵の表情を浮かべていた。幼いころから強面の父を苦手とする者も多く、王女が怯えてしまわないかと密かに案じていたのだ。

謁見は、形式に則って淡々と進められた。王女の口上に続き、皇帝は「長旅、大儀であった」と短くも労いの言葉を口にし、静かに頷いた。

エルデバーデとギラン。異なる国に、異なる文化。だがその境に立つ少女たちは、確かに、凛と胸を張っていた。
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