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第1章
第6話:それでも、ここで生きていく
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「……うわ、筋肉痛きた。やっぱり非日常は身体に悪いわ」
領主館に戻ってから、私は部屋のソファにぐでぇと体を投げ出していた。
走ったり、気を張ったり、知らない人とやりとりしたり。
これでも一応“文化系”だった身にとっては、昨日の一日はフルマラソンのような疲労感だった。
「はぁ~……静かに、平和に生きるって難易度高いなぁ……」
目を閉じていると、廊下の向こうから誰かの足音が近づいてくる。
コンコン、と控えめなノック。
「芹澤さま、お客様がお見えです」
「えっ、誰?」
「先ほどの市場での件に関して……ルーファス団長と、例の少年が……」
着替えも整わないまま、私は急ぎ応接間へと向かった。
そこにいたのは、昨日の“パン泥棒”だった少年と、いつものように無表情のルーファス。
少年は、膝を揃えて座っていたが、どこか落ち着かない様子で、何度もちらちらと私を見ていた。
その視線に、私は柔らかい声で尋ねた。
「……どうしたの? パン、ちゃんとお腹に入った?」
「う、うん……あの、あの……昨日は……ありがとう……ございました」
最後の方は声が潰れていたが、絞り出すようなその言葉に、私は肩の力が抜けるのを感じた。
「ん、そっか。それなら良かった。……それだけ言いに来てくれたの?」
「……違う。ルーファス様が……ここで働けるように、お願いしてくれた」
「……は?」
「この屋敷で雑用係としてしばらく働いて、罪を償わせろと、領主に進言した」
私はぽかんとしたまま、ルーファスを見た。
彼は、あくまで真顔のまま淡々と補足する。
「働き口があれば、無理に罪人として罰する必要はない。男爵様も了承済みだ」
「……いや、え、え? ちょ、待って待って、え、私の部屋とか来たりするの?」
「配置は私が監督する。近づけたくなければ、従者用の詰所で働かせるだけだ」
「……いや、そういう話じゃなくて……」
私はぐるぐると思考を巡らせた。
なんで私の一言が、こんな展開に直結してるの?
“働きたくない”を今後の人生のモットーにしてたはずが、“働く機会を与える人”ポジションになってるとか、正直納得いかない。
でも、少年の瞳は真っ直ぐだった。
どこかで、私と同じように、“居場所を求めている”目だった。
だから私は、小さく息を吐いて、ひとことだけ答えた。
「……わかった。責任は取らないけど、チャンスは応援する」
少年は涙目で頷き、ルーファスは無言で頭を下げた。
どうやら、この世界でも“恩は礼で返す”文化は根付いているらしい。
* * *
その日の夜。
ベッドの上でごろごろしながら、私は天井をぼんやりと見上げていた。
「まさか、異世界でも“人手不足解消の仲介”とかやることになるとはなぁ……」
口は悪くても、やっぱり私は見捨てられない人間なんだなと思う。
それは、損な性格なのかもしれない。
でも同時に、少しだけ自分を認めたくもなった。
「……ま、悪くないかもね。そういう人生も」
明日もまた、何かしらが起こる気がする。
でも——私はここにいる。
帰らないと決めたわけじゃない。でも、戻る理由も、今は特にない。
だったら、自分の居場所は、これから見つけていけばいい。
布団にくるまりながら、私は小さく笑った。
「……もう、働かされるのはごめんだけどね」
その言葉が、どこか少しだけ、心地よく感じた。
こうして、“働きたくない皮肉屋事務員”、芹澤まどかの異世界生活第1章は、静かに幕を閉じた。
次に彼女が巻き込まれるのは——
盗賊? それとも宮廷? いや、まさかの異世界転移者の連鎖?
……本人はまだ知らないが、次の“厄介ごと”は、もうすぐそこまで来ていた。
【第1章 完】
領主館に戻ってから、私は部屋のソファにぐでぇと体を投げ出していた。
走ったり、気を張ったり、知らない人とやりとりしたり。
これでも一応“文化系”だった身にとっては、昨日の一日はフルマラソンのような疲労感だった。
「はぁ~……静かに、平和に生きるって難易度高いなぁ……」
目を閉じていると、廊下の向こうから誰かの足音が近づいてくる。
コンコン、と控えめなノック。
「芹澤さま、お客様がお見えです」
「えっ、誰?」
「先ほどの市場での件に関して……ルーファス団長と、例の少年が……」
着替えも整わないまま、私は急ぎ応接間へと向かった。
そこにいたのは、昨日の“パン泥棒”だった少年と、いつものように無表情のルーファス。
少年は、膝を揃えて座っていたが、どこか落ち着かない様子で、何度もちらちらと私を見ていた。
その視線に、私は柔らかい声で尋ねた。
「……どうしたの? パン、ちゃんとお腹に入った?」
「う、うん……あの、あの……昨日は……ありがとう……ございました」
最後の方は声が潰れていたが、絞り出すようなその言葉に、私は肩の力が抜けるのを感じた。
「ん、そっか。それなら良かった。……それだけ言いに来てくれたの?」
「……違う。ルーファス様が……ここで働けるように、お願いしてくれた」
「……は?」
「この屋敷で雑用係としてしばらく働いて、罪を償わせろと、領主に進言した」
私はぽかんとしたまま、ルーファスを見た。
彼は、あくまで真顔のまま淡々と補足する。
「働き口があれば、無理に罪人として罰する必要はない。男爵様も了承済みだ」
「……いや、え、え? ちょ、待って待って、え、私の部屋とか来たりするの?」
「配置は私が監督する。近づけたくなければ、従者用の詰所で働かせるだけだ」
「……いや、そういう話じゃなくて……」
私はぐるぐると思考を巡らせた。
なんで私の一言が、こんな展開に直結してるの?
“働きたくない”を今後の人生のモットーにしてたはずが、“働く機会を与える人”ポジションになってるとか、正直納得いかない。
でも、少年の瞳は真っ直ぐだった。
どこかで、私と同じように、“居場所を求めている”目だった。
だから私は、小さく息を吐いて、ひとことだけ答えた。
「……わかった。責任は取らないけど、チャンスは応援する」
少年は涙目で頷き、ルーファスは無言で頭を下げた。
どうやら、この世界でも“恩は礼で返す”文化は根付いているらしい。
* * *
その日の夜。
ベッドの上でごろごろしながら、私は天井をぼんやりと見上げていた。
「まさか、異世界でも“人手不足解消の仲介”とかやることになるとはなぁ……」
口は悪くても、やっぱり私は見捨てられない人間なんだなと思う。
それは、損な性格なのかもしれない。
でも同時に、少しだけ自分を認めたくもなった。
「……ま、悪くないかもね。そういう人生も」
明日もまた、何かしらが起こる気がする。
でも——私はここにいる。
帰らないと決めたわけじゃない。でも、戻る理由も、今は特にない。
だったら、自分の居場所は、これから見つけていけばいい。
布団にくるまりながら、私は小さく笑った。
「……もう、働かされるのはごめんだけどね」
その言葉が、どこか少しだけ、心地よく感じた。
こうして、“働きたくない皮肉屋事務員”、芹澤まどかの異世界生活第1章は、静かに幕を閉じた。
次に彼女が巻き込まれるのは——
盗賊? それとも宮廷? いや、まさかの異世界転移者の連鎖?
……本人はまだ知らないが、次の“厄介ごと”は、もうすぐそこまで来ていた。
【第1章 完】
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