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第2章 厄介事は向こうから
第1話:領主のお願い、私のため息
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「まどかさん、お願いがあります」
その言葉が放たれた瞬間、私は心の中で深く――深~く、ため息をついた。
言葉にこそ出さなかったが、表情には出ていたかもしれない。
いや、出ていた自信がある。
ここは、領主館の応接室。
午前中、のんびり本でも読もうと思っていた矢先、クラウス男爵に呼び出されたのが運の尽きだった。
「……お願い、って……私にですか?」
「はい。できれば、君の“視点”が欲しい」
いやな予感しかしない。
「視点……って、まさかまた“問題案件”ですか?」
「……否定はしません」
「ですよね~」
声には出したが、もはや驚きはなかった。
異世界に転移してから、静かに、穏やかに暮らすという目標を掲げた私。
にもかかわらず、なぜか、周囲から“使える頭”と認識されてしまったせいで、こうして度々「ちょっと手伝ってくれないか」という“やんわり依頼”が舞い込む。
しかも、断りづらいやつ。
クラウス男爵は、いつものように丁寧な口調で説明を始めた。
「実はここ数日、領地近くの街道で、交易商たちが盗賊に襲われる事件が続いているのです」
「盗賊……」
「被害の詳細を記録し、各商人たちの証言からパターンを導き出したいのですが、文官たちはこういった統計処理が不得手でして……」
(……まさか)
「……その、“まとめ役”を私に?」
「いえ、あくまで“補助”という立場で。記録と視点を、少しだけお貸しいただければ」
出た、“少しだけ”。それ、たいていフル稼働するフラグ。
「男爵様。私は転移者で、異邦人で、しかもただのクリック勤務事務員だったんですけど。統計? 推理? 調査? そういうの、私の専門じゃないんですけど?」
「君は前回、盗賊の侵入経路を予測し、ルーファスと共に被害を防いだ」
「……たまたまです」
「その“たまたま”が、今の領地には必要なのです」
ぐっ……そう来たか。
クラウス男爵は、言葉選びのプロだ。
押しつけがましくないし、圧迫感もない。
けれど、断ったら“心苦しい”ような雰囲気に包まれるのだ。くそ、これが貴族のやり口か。
「……わかりました。ただし、私がやるのは“まとめ役”じゃなくて、“補助”ですからね。分析でも判断でもなく、あくまで整理。いいですね?」
「もちろんですとも。感謝いたします」
クラウス男爵が嬉しそうに微笑むのを見て、私は思わず天井を仰いだ。
はぁ……誰だよ、異世界はスローライフできるって言ったの。
嘘じゃん。普通に忙しいんですけど。
* * *
その日の午後、私は資料と首っ引きで、証言記録を整理していた。
「……道が曲がった先の林で襲われた、と。時間は夕方……で、次の人は……お、こっちも同じ時間帯?」
見えてきたのは、ある“共通点”だった。
被害が集中しているのは、ある特定の曜日、同じ時間帯、同じ道筋。
「これ……絶対、情報漏れてるでしょ」
思わず口をついて出たその言葉に、後ろから声が返った。
「やはり、君もそう思うか」
「うわ、ビックリした! ……ルーファスさん、いたんですか」
「昼食の時間と聞いたが、来ないので見に来た」
「……えっ、もうそんな時間?」
気づけば日が傾き始めていた。
まさか、異世界でまで“仕事没頭による食事抜き”をやってしまうとは。
「ったく……私、こっちでは働かないって決めてたのになぁ」
「働いているようには見えなかったが」
「……なかなか失礼ですね、団長殿」
「冗談のつもりだった」
「そっちが冗談言うの、レアですね。ちょっと嬉しいかも」
そんなやり取りをしながら、私は机の上の資料を一枚手に取り、ルーファスに差し出した。
「これ、見てください。おかしくないですか? 襲撃された荷車の順路と出発時間、妙に似通ってる」
「……情報が漏れている。内部に協力者がいる可能性もある」
「でしょ? 私、そういう面倒ごとには巻き込まれたくないんですけどね……」
「……だが、君が見つけた。無視はできまい」
「ほんっとに、“巻き込まれ属性”ってどうにかならないですかねぇ……」
ぼやきながらも、私は新たな地図を広げた。
次に起こるかもしれない“盗賊の襲撃”を、なんとか予測して阻止するために。
——気づかぬうちに、私はこの世界の“守り手”の一端を担い始めていた。
望んだわけじゃない。
けれど、やれることがあるのなら。
頼られるのなら、どうせ断りきれないのなら。
「……もう、ちょっとだけなら。ね?」
そう小さく呟いて、私はまたペンを取った。
——“ちょっと”が“全部”になるのは、いつものパターンなんだけどね。
第2章、幕開け。
働きたくない皮肉屋転移者の、異世界お仕事人生、次なる波乱の幕が上がる。
その言葉が放たれた瞬間、私は心の中で深く――深~く、ため息をついた。
言葉にこそ出さなかったが、表情には出ていたかもしれない。
いや、出ていた自信がある。
ここは、領主館の応接室。
午前中、のんびり本でも読もうと思っていた矢先、クラウス男爵に呼び出されたのが運の尽きだった。
「……お願い、って……私にですか?」
「はい。できれば、君の“視点”が欲しい」
いやな予感しかしない。
「視点……って、まさかまた“問題案件”ですか?」
「……否定はしません」
「ですよね~」
声には出したが、もはや驚きはなかった。
異世界に転移してから、静かに、穏やかに暮らすという目標を掲げた私。
にもかかわらず、なぜか、周囲から“使える頭”と認識されてしまったせいで、こうして度々「ちょっと手伝ってくれないか」という“やんわり依頼”が舞い込む。
しかも、断りづらいやつ。
クラウス男爵は、いつものように丁寧な口調で説明を始めた。
「実はここ数日、領地近くの街道で、交易商たちが盗賊に襲われる事件が続いているのです」
「盗賊……」
「被害の詳細を記録し、各商人たちの証言からパターンを導き出したいのですが、文官たちはこういった統計処理が不得手でして……」
(……まさか)
「……その、“まとめ役”を私に?」
「いえ、あくまで“補助”という立場で。記録と視点を、少しだけお貸しいただければ」
出た、“少しだけ”。それ、たいていフル稼働するフラグ。
「男爵様。私は転移者で、異邦人で、しかもただのクリック勤務事務員だったんですけど。統計? 推理? 調査? そういうの、私の専門じゃないんですけど?」
「君は前回、盗賊の侵入経路を予測し、ルーファスと共に被害を防いだ」
「……たまたまです」
「その“たまたま”が、今の領地には必要なのです」
ぐっ……そう来たか。
クラウス男爵は、言葉選びのプロだ。
押しつけがましくないし、圧迫感もない。
けれど、断ったら“心苦しい”ような雰囲気に包まれるのだ。くそ、これが貴族のやり口か。
「……わかりました。ただし、私がやるのは“まとめ役”じゃなくて、“補助”ですからね。分析でも判断でもなく、あくまで整理。いいですね?」
「もちろんですとも。感謝いたします」
クラウス男爵が嬉しそうに微笑むのを見て、私は思わず天井を仰いだ。
はぁ……誰だよ、異世界はスローライフできるって言ったの。
嘘じゃん。普通に忙しいんですけど。
* * *
その日の午後、私は資料と首っ引きで、証言記録を整理していた。
「……道が曲がった先の林で襲われた、と。時間は夕方……で、次の人は……お、こっちも同じ時間帯?」
見えてきたのは、ある“共通点”だった。
被害が集中しているのは、ある特定の曜日、同じ時間帯、同じ道筋。
「これ……絶対、情報漏れてるでしょ」
思わず口をついて出たその言葉に、後ろから声が返った。
「やはり、君もそう思うか」
「うわ、ビックリした! ……ルーファスさん、いたんですか」
「昼食の時間と聞いたが、来ないので見に来た」
「……えっ、もうそんな時間?」
気づけば日が傾き始めていた。
まさか、異世界でまで“仕事没頭による食事抜き”をやってしまうとは。
「ったく……私、こっちでは働かないって決めてたのになぁ」
「働いているようには見えなかったが」
「……なかなか失礼ですね、団長殿」
「冗談のつもりだった」
「そっちが冗談言うの、レアですね。ちょっと嬉しいかも」
そんなやり取りをしながら、私は机の上の資料を一枚手に取り、ルーファスに差し出した。
「これ、見てください。おかしくないですか? 襲撃された荷車の順路と出発時間、妙に似通ってる」
「……情報が漏れている。内部に協力者がいる可能性もある」
「でしょ? 私、そういう面倒ごとには巻き込まれたくないんですけどね……」
「……だが、君が見つけた。無視はできまい」
「ほんっとに、“巻き込まれ属性”ってどうにかならないですかねぇ……」
ぼやきながらも、私は新たな地図を広げた。
次に起こるかもしれない“盗賊の襲撃”を、なんとか予測して阻止するために。
——気づかぬうちに、私はこの世界の“守り手”の一端を担い始めていた。
望んだわけじゃない。
けれど、やれることがあるのなら。
頼られるのなら、どうせ断りきれないのなら。
「……もう、ちょっとだけなら。ね?」
そう小さく呟いて、私はまたペンを取った。
——“ちょっと”が“全部”になるのは、いつものパターンなんだけどね。
第2章、幕開け。
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