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第2章 厄介事は向こうから
第2話:街道調査は、やっぱりトラブルの香り
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午前九時。私は馬車の中で、心底からため息をついていた。
外から聞こえるのは、軽快な馬の蹄音と、風に揺れる木々の音。
「……いや、何で私がこんなことに」
つぶやいても誰も答えない。
そりゃそうだ。私の隣に座るルーファスは、いつもどおりの無言モード。
団長だというのに、ほんとに雑談ゼロな男である。
「ねえ、普通、こういう時って、もうちょい話すもんじゃない?」
「……何を?」
「たとえば、最近の天気とか。昼飯は何にするとか。……あ、そもそも今日のお昼って持ってきてるの?」
「干し肉と黒パン。あと水筒に茶を」
「……え、私より準備いいじゃん」
団長、まさかの生活力高め。
それはともかく、今日は領主の依頼で、街道の調査に同行する日。
数件の盗賊被害が集中していた“問題のルート”を、ルーファスと一緒に馬車で移動して確認することになったのだ。
私はてっきり誰か他の自警団員が同行するかと思っていたが、「外に漏らしたくない情報だ」とのことで、選ばれたのは団長本人と私だけ。
要するに、責任者と転移者、っていう“最も注目される組み合わせ”。
「……注目されたくないんだけどなあ、私は」
* * *
街道は、森と丘に囲まれた一本道。
馬車を降りて、実際に地面に足をつけて歩くと、土の質や足跡の痕跡がより明確に見えてくる。
「……荷車の車輪跡が左右不均等に凹んでる。多分、重い荷物を片側に積んだまま走ったってことね」
「目ざといな。気づいていたか」
「これでもね、日本じゃ事務員って言っても、半分現場系なのよ。あちこち配線も這いずり回ったし、トナーだって一人で換えてたし」
「……トナー?」
「うん、まあ……こっちで言うと“魔法で動く黒い粉の瓶”みたいな感じかな」
「……想像が追いつかん」
「私も説明する気ないんで、いいです」
そう言いながら歩いていると、ルーファスが不意に立ち止まった。
彼の鋭い目が、道の脇に茂る木立の奥を睨んでいる。
「足跡。新しい……。昨日か、今朝のものだ」
「盗賊……?」
「か、偵察。何かを見張っている可能性がある」
ルーファスは手早く腰の剣に手を伸ばすと、私にだけ小声で言った。
「動かないで、ここにいて。少し離れる」
「ちょ、ちょっと! 一人で行く気? 私、非戦闘員ですけど!」
「だから、お前は下がってろと言ってる」
「……そんなんじゃあとで後悔しても知らないからな……」
ぶつぶつ文句を言いながら、私は荷車の影にしゃがみ込んだ。
剣を抜いたルーファスの背中が、茂みに消えていく。
数分後――
「……うわっ!」
突如、近くの木の上から何かが落ちてきた。
思わず後ずさると、そこに現れたのは痩せた青年。
十代後半、軽装の旅人のような服装、けれど腰に短剣。
「……あんた、誰?」
「くそっ……こっちも見つかったか……!」
青年は舌打ちをして、素早く短剣を構えた。
やばい。
ここ、武器なんて持ってない。というか、使い方も知らない。
「ちょ、待てって! 私はただの通りすがりの転移者で!」
「知るかっ!」
(……はい終了~)
と思ったそのとき――
「下がれッ!」
鋭い声とともに、ルーファスの姿が飛び込んできた。
彼の剣が青年の短剣を叩き落とし、あっという間に相手の背後を取って、腕をねじ上げた。
「ぐっ……ぐああっ……!」
「動くな。無駄に血は流したくないならな」
剣を喉元に突きつけられた青年は、震えながら大人しくなった。
私はというと、ぺたんと尻餅をついたまま、呆然と二人を見上げていた。
「……あー……まさか本当に刺されかけるとは思わなかった……」
ルーファスがちらりと私を見やって、小さくため息をついた。
「……無事で良かった」
「当たり前です。私、戦えないって言ったでしょ? むしろ、守られるのが当然なんで」
「了解した。以後、より徹底する」
「……あ、あれ? 今の、割と本気で返された……?」
ちょっとだけ、嬉しくなったのは内緒だ。
* * *
その後、青年は“盗賊団の見張り役”であることが判明し、ルーファスの判断で領主館へ護送されることになった。
私は、馬車に揺られながら、なんとも言えない疲労感に包まれていた。
「もうほんと、こういうの嫌なんですけど……。私、目立たず生きるのが目標なんですけど……」
「……だが、君がいたから早期に発見できた。感謝している」
「いや、だからって巻き込まれて刺されそうになるのは違うと思うの……」
「……今度からは、より近くで警戒する。……できれば、君のそばを離れたくない」
一瞬、思考が止まった。
(……え、なにそれ、地味に破壊力あるんですけど)
顔を見ないようにして、私はごまかすように窓の外を見た。
「……まったく。静かに暮らしたいだけなのに、なーんでこうなるかねぇ……」
けれど、内心ではほんの少しだけ——異世界生活の“悪くないところ”に気づき始めている自分がいた。
そして、まどかはまだ知らない。
これが、より大きな“盗賊事件”の序章にすぎないことを——。
外から聞こえるのは、軽快な馬の蹄音と、風に揺れる木々の音。
「……いや、何で私がこんなことに」
つぶやいても誰も答えない。
そりゃそうだ。私の隣に座るルーファスは、いつもどおりの無言モード。
団長だというのに、ほんとに雑談ゼロな男である。
「ねえ、普通、こういう時って、もうちょい話すもんじゃない?」
「……何を?」
「たとえば、最近の天気とか。昼飯は何にするとか。……あ、そもそも今日のお昼って持ってきてるの?」
「干し肉と黒パン。あと水筒に茶を」
「……え、私より準備いいじゃん」
団長、まさかの生活力高め。
それはともかく、今日は領主の依頼で、街道の調査に同行する日。
数件の盗賊被害が集中していた“問題のルート”を、ルーファスと一緒に馬車で移動して確認することになったのだ。
私はてっきり誰か他の自警団員が同行するかと思っていたが、「外に漏らしたくない情報だ」とのことで、選ばれたのは団長本人と私だけ。
要するに、責任者と転移者、っていう“最も注目される組み合わせ”。
「……注目されたくないんだけどなあ、私は」
* * *
街道は、森と丘に囲まれた一本道。
馬車を降りて、実際に地面に足をつけて歩くと、土の質や足跡の痕跡がより明確に見えてくる。
「……荷車の車輪跡が左右不均等に凹んでる。多分、重い荷物を片側に積んだまま走ったってことね」
「目ざといな。気づいていたか」
「これでもね、日本じゃ事務員って言っても、半分現場系なのよ。あちこち配線も這いずり回ったし、トナーだって一人で換えてたし」
「……トナー?」
「うん、まあ……こっちで言うと“魔法で動く黒い粉の瓶”みたいな感じかな」
「……想像が追いつかん」
「私も説明する気ないんで、いいです」
そう言いながら歩いていると、ルーファスが不意に立ち止まった。
彼の鋭い目が、道の脇に茂る木立の奥を睨んでいる。
「足跡。新しい……。昨日か、今朝のものだ」
「盗賊……?」
「か、偵察。何かを見張っている可能性がある」
ルーファスは手早く腰の剣に手を伸ばすと、私にだけ小声で言った。
「動かないで、ここにいて。少し離れる」
「ちょ、ちょっと! 一人で行く気? 私、非戦闘員ですけど!」
「だから、お前は下がってろと言ってる」
「……そんなんじゃあとで後悔しても知らないからな……」
ぶつぶつ文句を言いながら、私は荷車の影にしゃがみ込んだ。
剣を抜いたルーファスの背中が、茂みに消えていく。
数分後――
「……うわっ!」
突如、近くの木の上から何かが落ちてきた。
思わず後ずさると、そこに現れたのは痩せた青年。
十代後半、軽装の旅人のような服装、けれど腰に短剣。
「……あんた、誰?」
「くそっ……こっちも見つかったか……!」
青年は舌打ちをして、素早く短剣を構えた。
やばい。
ここ、武器なんて持ってない。というか、使い方も知らない。
「ちょ、待てって! 私はただの通りすがりの転移者で!」
「知るかっ!」
(……はい終了~)
と思ったそのとき――
「下がれッ!」
鋭い声とともに、ルーファスの姿が飛び込んできた。
彼の剣が青年の短剣を叩き落とし、あっという間に相手の背後を取って、腕をねじ上げた。
「ぐっ……ぐああっ……!」
「動くな。無駄に血は流したくないならな」
剣を喉元に突きつけられた青年は、震えながら大人しくなった。
私はというと、ぺたんと尻餅をついたまま、呆然と二人を見上げていた。
「……あー……まさか本当に刺されかけるとは思わなかった……」
ルーファスがちらりと私を見やって、小さくため息をついた。
「……無事で良かった」
「当たり前です。私、戦えないって言ったでしょ? むしろ、守られるのが当然なんで」
「了解した。以後、より徹底する」
「……あ、あれ? 今の、割と本気で返された……?」
ちょっとだけ、嬉しくなったのは内緒だ。
* * *
その後、青年は“盗賊団の見張り役”であることが判明し、ルーファスの判断で領主館へ護送されることになった。
私は、馬車に揺られながら、なんとも言えない疲労感に包まれていた。
「もうほんと、こういうの嫌なんですけど……。私、目立たず生きるのが目標なんですけど……」
「……だが、君がいたから早期に発見できた。感謝している」
「いや、だからって巻き込まれて刺されそうになるのは違うと思うの……」
「……今度からは、より近くで警戒する。……できれば、君のそばを離れたくない」
一瞬、思考が止まった。
(……え、なにそれ、地味に破壊力あるんですけど)
顔を見ないようにして、私はごまかすように窓の外を見た。
「……まったく。静かに暮らしたいだけなのに、なーんでこうなるかねぇ……」
けれど、内心ではほんの少しだけ——異世界生活の“悪くないところ”に気づき始めている自分がいた。
そして、まどかはまだ知らない。
これが、より大きな“盗賊事件”の序章にすぎないことを——。
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