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第3章 王都編
第1話「王都の風と、名もなき始まり」
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馬車が石畳に揺れ、かすかに軋む音を立てる。
「……ああ、尻が死ぬ……」
シートに浅く腰掛け、まどかは呻いた。男爵領から王都までは、およそ三日。舗装の甘い街道を進むたび、車体の揺れが骨盤を直撃してくる。異世界の馬車にサスペンションなどあるはずもなく、毎夜の宿で湯に浸かっても、疲れは抜けなかった。
道中、警備の騎士たちが気遣ってくれる場面もあったが、まどかはその都度、「触らんでいい」と一蹴していた。
「世話されるのも、気を遣うのも、どっちも疲れるんだよ……」
ぼやきつつ、カーテンをめくって車窓の外を見る。視界の先、丘の向こうに白い尖塔が連なる。石造りの城壁に囲まれた大都市。王都——〈レクスハルト〉。
「……やっと、着いた」
風が変わった。田舎の湿った香りではない。人と石と、油と香の混じった、文明の匂いが鼻をくすぐる。まどかの胸に、少しだけ高揚感が芽生えた。
王都の門をくぐると、騎士が馬車を先導し、貴族の区画へと進んだ。降り立ったまどかは、足元の石畳に少しだけ感動する。
「うわ、ちゃんと平ら……転ばない床って素敵……」
荷物持ちの従者がついてくれるのも慣れず、ぎこちなく後をついていく。向かった先は、王都中央にある〈転移者登録庁〉。
ここで“異世界の民”として正式に登録されるのだという。
「まどか・セリザワ殿、此方へ」
案内された部屋には、荘厳な装飾が施され、中央に金属製の祭壇のようなものが置かれていた。その上に手をかざすよう指示される。
「誓約により、貴殿はこの国の民として迎えられる。よろしいか?」
「はいはい。もう日本には戻りませんので。好きにしてください」
投げやりな返事に、役人たちが目を丸くするが、儀式は粛々と進められた。
青白い光がまどかの掌から祭壇へ流れ、魔力と存在の定着が記録された証となる。
「……“登録”完了です。まどか・セリザワ殿、ようこそ〈レクスハルト王国〉へ」
「ありがと。でも名字いらない。セリザワってこっちじゃ絶対言いにくいでしょ」
「え……では、“まどか”殿で?」
「それでOK」
手続きの後、滞在することになったのは、クラウス男爵の旧友である貴族の屋敷だった。
その家の玄関でまどかを出迎えたのは、一人の青年。
「……お迎えにあがりました。私は、ラセル・グランディールと申します」
浅く頭を下げた青年は、まどかと同年代くらい。淡金の髪に端正な顔立ち、品のある佇まいにどこか馴染みのある雰囲気がある。
「え、あんた……どこかで……」
まどかが目を細めると、ラセルが小さく微笑んだ。
「失礼ながら……貴女、かつて“光の神子”と呼ばれた人物に、よく似ておられる」
「は?誰それ?」
「……いえ、気のせいでしょう。どうぞ、中へ」
言葉を濁すラセルに、まどかは訝しげな目を向けながらも屋敷の中へ入った。
そしてその夜、まどかは奇妙な夢を見る。
赤い空、崩れる神殿、そして名も知らぬ誰かが、彼女に囁いた。
——“また会えたね”
翌朝、目を覚ましたまどかは、寝台の上で天井を睨みながら呻いた。
「……なんか、また面倒くさいこと始まりそうな気がする……」
異世界生活、静かにスローに生きていくはずだったのに。
心配ごとを察してか、窓の外では鳥がやたら元気に鳴いていた。
——そして、この王都での生活は、思いもよらぬ形で彼女を“中心”へと導いていく。
「……ああ、尻が死ぬ……」
シートに浅く腰掛け、まどかは呻いた。男爵領から王都までは、およそ三日。舗装の甘い街道を進むたび、車体の揺れが骨盤を直撃してくる。異世界の馬車にサスペンションなどあるはずもなく、毎夜の宿で湯に浸かっても、疲れは抜けなかった。
道中、警備の騎士たちが気遣ってくれる場面もあったが、まどかはその都度、「触らんでいい」と一蹴していた。
「世話されるのも、気を遣うのも、どっちも疲れるんだよ……」
ぼやきつつ、カーテンをめくって車窓の外を見る。視界の先、丘の向こうに白い尖塔が連なる。石造りの城壁に囲まれた大都市。王都——〈レクスハルト〉。
「……やっと、着いた」
風が変わった。田舎の湿った香りではない。人と石と、油と香の混じった、文明の匂いが鼻をくすぐる。まどかの胸に、少しだけ高揚感が芽生えた。
王都の門をくぐると、騎士が馬車を先導し、貴族の区画へと進んだ。降り立ったまどかは、足元の石畳に少しだけ感動する。
「うわ、ちゃんと平ら……転ばない床って素敵……」
荷物持ちの従者がついてくれるのも慣れず、ぎこちなく後をついていく。向かった先は、王都中央にある〈転移者登録庁〉。
ここで“異世界の民”として正式に登録されるのだという。
「まどか・セリザワ殿、此方へ」
案内された部屋には、荘厳な装飾が施され、中央に金属製の祭壇のようなものが置かれていた。その上に手をかざすよう指示される。
「誓約により、貴殿はこの国の民として迎えられる。よろしいか?」
「はいはい。もう日本には戻りませんので。好きにしてください」
投げやりな返事に、役人たちが目を丸くするが、儀式は粛々と進められた。
青白い光がまどかの掌から祭壇へ流れ、魔力と存在の定着が記録された証となる。
「……“登録”完了です。まどか・セリザワ殿、ようこそ〈レクスハルト王国〉へ」
「ありがと。でも名字いらない。セリザワってこっちじゃ絶対言いにくいでしょ」
「え……では、“まどか”殿で?」
「それでOK」
手続きの後、滞在することになったのは、クラウス男爵の旧友である貴族の屋敷だった。
その家の玄関でまどかを出迎えたのは、一人の青年。
「……お迎えにあがりました。私は、ラセル・グランディールと申します」
浅く頭を下げた青年は、まどかと同年代くらい。淡金の髪に端正な顔立ち、品のある佇まいにどこか馴染みのある雰囲気がある。
「え、あんた……どこかで……」
まどかが目を細めると、ラセルが小さく微笑んだ。
「失礼ながら……貴女、かつて“光の神子”と呼ばれた人物に、よく似ておられる」
「は?誰それ?」
「……いえ、気のせいでしょう。どうぞ、中へ」
言葉を濁すラセルに、まどかは訝しげな目を向けながらも屋敷の中へ入った。
そしてその夜、まどかは奇妙な夢を見る。
赤い空、崩れる神殿、そして名も知らぬ誰かが、彼女に囁いた。
——“また会えたね”
翌朝、目を覚ましたまどかは、寝台の上で天井を睨みながら呻いた。
「……なんか、また面倒くさいこと始まりそうな気がする……」
異世界生活、静かにスローに生きていくはずだったのに。
心配ごとを察してか、窓の外では鳥がやたら元気に鳴いていた。
——そして、この王都での生活は、思いもよらぬ形で彼女を“中心”へと導いていく。
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