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第3章 王都編
第9話「選ばれた道、選ぶ意思」
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「……“志乃の最期の場所”?」
アスヴェルトは、ゆっくりと頷いた。
その表情には、覚悟と祈りのような静けさが宿っている。
「そこに、志乃の記憶の一部が残っている。……加護を拒んだ理由、“器”であることを捨てた意味。すべてがそこに」
「でも……私がそれを見たところで、何になるの?」
まどかの声には、迷いが滲んでいた。
目の前のアスヴェルトの存在が、300年の時を超えて語り継がれる“真実”を運んできたとしても——それを今の自分が、受け止めきれるかどうか、自信がなかった。
その日の午後。
王都のラセル邸に、一通の封書が届けられた。
金箔の刻印。王家の紋章。
中を開くと、丁寧な筆致でこう記されていた。
> 『光の加護を持つ者、芹澤まどか殿へ。
王宮にて御前謁見を賜りたく候。
つきましては来たる十日、正午の刻にお越し願いたし。
王家より賢者会議の立会を賜り、光の加護に関する王国認定の儀を行うものとする。』
「……は?」
声に出していた。まどかは手紙を握りしめ、椅子に沈み込んだ。
「“謁見”? “王国認定”? 何その一方的な進行……わたし、同意した覚えないんだけど」
ラセルが落ち着いた様子で告げる。
「おそらく、神殿と王宮が連携し、貴女を“公の存在”として取り込もうとしているのでしょう。……まさに、志乃のときと同じ構図です」
まどかの中で、苛立ちと疲労と、そして一抹の恐れが混ざり合う。
夜。
屋敷のテラスに一人出たまどかのもとに、ルーファスが現れた。
「……答えは、出たか?」
「どっちの?」
「王宮に行くか、志乃の記憶を見に行くか。そのどちらも……どちらでもないか」
まどかは無言で夜空を見上げた。
星は美しく、遠かった。
「……正直、怖いのよ。志乃のことを知れば知るほど、私は“あの人の代わり”にされてるんじゃないかって思えてきて」
「だが、志乃はそうは望んでいない。お前は、お前自身の選択をしていい。そう言っていただろう?」
「うん。でも、その“選択”がどれも、重すぎて息が詰まりそう」
まどかは手すりに手を置き、ふぅ、と深く息を吐いた。
「それでもね、ルーファス。私は、私のことを“代わりの器”って言ったあの男の言葉が、今も引っかかってるの。
“選ばされたくない”って思った。でも……選ばされることから逃げてばかりいると、“何も選ばない人間”になるんだって」
翌朝。
まどかは、荷をまとめてラセルとルーファスに告げた。
「志乃の記憶の地に行く。……王宮の謁見は、延期してもらうよう手紙を出して。代わりに、“自分の意思を持って行動している”とだけ、伝えて」
ラセルは、ほのかに目を細め、静かに礼をした。
「それが、貴女の選んだ道なら。——私も、支えましょう」
「俺も同行する。放っておけるほど、気楽な女じゃないからな」
「褒め言葉と受け取っておくわ」
まどかの旅立ちは、静かだった。
けれど、王都のあちこちでは、すでにその選択が波紋を呼んでいた。
神殿では“急進派”が声を強め、王宮の一部では“まどかを政に組み込む案”が進行していた。
そして、闇の勢力《影の王の徒》もまた、彼女の行動を静かに見つめていた。
「……動いたな、“光の器”。ふふ、これで予定が早まる」
旅の途上。
馬車の中で、まどかはふとルーファスに尋ねた。
「ねぇ。私が、もし“光の神子”の後継なんかじゃなくて、ただの迷子だったとしたら……」
「だったら、俺が迎えに行ってやる。お前の場所に」
不意打ちのような言葉に、まどかは目を見開いた。
「……へぇ。やるじゃん、団長」
「……褒め言葉と受け取っておく」
笑いがこぼれた。
風は追い風。
まどかは、かつて志乃がたどった“最後の場所”へと向かっていた。
自分の足で。
自分の意志で。
アスヴェルトは、ゆっくりと頷いた。
その表情には、覚悟と祈りのような静けさが宿っている。
「そこに、志乃の記憶の一部が残っている。……加護を拒んだ理由、“器”であることを捨てた意味。すべてがそこに」
「でも……私がそれを見たところで、何になるの?」
まどかの声には、迷いが滲んでいた。
目の前のアスヴェルトの存在が、300年の時を超えて語り継がれる“真実”を運んできたとしても——それを今の自分が、受け止めきれるかどうか、自信がなかった。
その日の午後。
王都のラセル邸に、一通の封書が届けられた。
金箔の刻印。王家の紋章。
中を開くと、丁寧な筆致でこう記されていた。
> 『光の加護を持つ者、芹澤まどか殿へ。
王宮にて御前謁見を賜りたく候。
つきましては来たる十日、正午の刻にお越し願いたし。
王家より賢者会議の立会を賜り、光の加護に関する王国認定の儀を行うものとする。』
「……は?」
声に出していた。まどかは手紙を握りしめ、椅子に沈み込んだ。
「“謁見”? “王国認定”? 何その一方的な進行……わたし、同意した覚えないんだけど」
ラセルが落ち着いた様子で告げる。
「おそらく、神殿と王宮が連携し、貴女を“公の存在”として取り込もうとしているのでしょう。……まさに、志乃のときと同じ構図です」
まどかの中で、苛立ちと疲労と、そして一抹の恐れが混ざり合う。
夜。
屋敷のテラスに一人出たまどかのもとに、ルーファスが現れた。
「……答えは、出たか?」
「どっちの?」
「王宮に行くか、志乃の記憶を見に行くか。そのどちらも……どちらでもないか」
まどかは無言で夜空を見上げた。
星は美しく、遠かった。
「……正直、怖いのよ。志乃のことを知れば知るほど、私は“あの人の代わり”にされてるんじゃないかって思えてきて」
「だが、志乃はそうは望んでいない。お前は、お前自身の選択をしていい。そう言っていただろう?」
「うん。でも、その“選択”がどれも、重すぎて息が詰まりそう」
まどかは手すりに手を置き、ふぅ、と深く息を吐いた。
「それでもね、ルーファス。私は、私のことを“代わりの器”って言ったあの男の言葉が、今も引っかかってるの。
“選ばされたくない”って思った。でも……選ばされることから逃げてばかりいると、“何も選ばない人間”になるんだって」
翌朝。
まどかは、荷をまとめてラセルとルーファスに告げた。
「志乃の記憶の地に行く。……王宮の謁見は、延期してもらうよう手紙を出して。代わりに、“自分の意思を持って行動している”とだけ、伝えて」
ラセルは、ほのかに目を細め、静かに礼をした。
「それが、貴女の選んだ道なら。——私も、支えましょう」
「俺も同行する。放っておけるほど、気楽な女じゃないからな」
「褒め言葉と受け取っておくわ」
まどかの旅立ちは、静かだった。
けれど、王都のあちこちでは、すでにその選択が波紋を呼んでいた。
神殿では“急進派”が声を強め、王宮の一部では“まどかを政に組み込む案”が進行していた。
そして、闇の勢力《影の王の徒》もまた、彼女の行動を静かに見つめていた。
「……動いたな、“光の器”。ふふ、これで予定が早まる」
旅の途上。
馬車の中で、まどかはふとルーファスに尋ねた。
「ねぇ。私が、もし“光の神子”の後継なんかじゃなくて、ただの迷子だったとしたら……」
「だったら、俺が迎えに行ってやる。お前の場所に」
不意打ちのような言葉に、まどかは目を見開いた。
「……へぇ。やるじゃん、団長」
「……褒め言葉と受け取っておく」
笑いがこぼれた。
風は追い風。
まどかは、かつて志乃がたどった“最後の場所”へと向かっていた。
自分の足で。
自分の意志で。
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