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第3章 王都編
第8話「志乃の影、まどかの現在地」
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「……お前は、どこまで一人で突っ走るつもりだ」
王都の東側、郊外の静かな森に逃れたあと、ルーファスは木陰でまどかを睨んでいた。
怒気を含んだ声だが、それは心配と安堵がないまぜになった、まどかの知らない彼の顔だった。
「……別に突っ走ってない。ただ、知りたかっただけよ。私がどこから来たのか、なぜ巻き込まれてるのか」
「巻き込まれてるなら尚更、周囲を頼れ。お前は……もう一人の存在じゃない」
「……それ、まるで誰かに言われたみたいな口ぶりね」
ルーファスは黙り込んだ。
まどかは微かに目を細め、言葉を継ぐ。
「ねぇ、ルーファス。志乃って、知ってる?」
彼の肩がわずかに揺れた。
「……名前だけなら、聞いたことがある。千年前の“裏切りの神子”。伝承ではそう記されている」
「でも、彼女は“裏切った”わけじゃない。自分で選んだだけ。……加護に縛られたくないって、思っただけなんだよ」
ルーファスは沈黙したまま、拳を強く握っていた。
やがて、ぽつりとつぶやいた。
「俺の母は……神殿の学徒だった。小さい頃、加護を学び、志乃の記録を密かに調べていた」
「……!」
「母は言っていた。“志乃は世界を裏切ったのではない。世界が、志乃を恐れたのだ”と」
まどかの心に、何かが小さく落ちた。
「……だから、あなたは加護に慎重なんだね」
その夜、王都の屋敷に戻ったまどかは、ユリアから託された文書の写しを机に広げていた。
そこには志乃が姿を消す直前に残した、たった一行の言葉が記されていた。
——『もし私がいなくなったら、次は“自分の足で歩ける子”が来ますように』
「……次、って。そんな予言じみたこと……」
でも、その“次”が自分だとしたら——。
目を伏せるまどかのもとに、ラセルが静かにやってきた。
「——まどか殿。今夜、貴女に会いたいという来客が一人、屋敷に参りました」
「……今夜?」
「“志乃の最後を見届けた者”と名乗っています」
応接室に通されたのは、一人の男だった。長い黒髪を後ろで結い、年齢は四十代に見えるが、その瞳には人ならぬ深い影があった。
「……あなたが、“志乃を見送った”?」
「正確には、“共に旅をした者”だ。私は彼女の従者だった。最後の旅の……同行者」
その言葉に、まどかの背筋がぞくりと震えた。
「あなたの名は……?」
「アスヴェルト。“志乃の記録を、隠した者”でもある」
アスヴェルトは語り始めた。
かつて、神子として持ち上げられた志乃は、次第にその存在を国の“道具”として扱われるようになったこと。
自分で決められることは何もなく、戦場に駆り出され、外交の駒とされ、やがて心をすり減らしていったこと。
「だから彼女は姿を消した。何も壊さず、誰も責めずに。ただ静かに、“自分を守るために”」
「……優しいんだね、志乃って」
「そうだ。だが優しさは、世界の都合には合わなかった。……だから、彼女の名前は記録から“抹消された”。“裏切り者”として」
まどかは、言葉を失っていた。
志乃は、まるで自分と同じように、光と責任と孤独の中でもがいていた。
「彼女は言った。“私の次に来る誰かは、誰のためでもなく、自分のために生きてほしい”と」
「……じゃあ、私は……生きてていいのかな。自分のために」
「当然だ。志乃が願った未来を、今度こそ誰かが生きることこそ、“意味”になる」
部屋に戻ったあと、まどかはひとり、薄明かりの中で自分の手を見つめていた。
加護が灯っているかどうか、もうわからない。
でも、その“意味”だけは、少しずつ見えてきた気がする。
——“私は、自分の足で歩いていい”
そう思えた夜だった。
王都の東側、郊外の静かな森に逃れたあと、ルーファスは木陰でまどかを睨んでいた。
怒気を含んだ声だが、それは心配と安堵がないまぜになった、まどかの知らない彼の顔だった。
「……別に突っ走ってない。ただ、知りたかっただけよ。私がどこから来たのか、なぜ巻き込まれてるのか」
「巻き込まれてるなら尚更、周囲を頼れ。お前は……もう一人の存在じゃない」
「……それ、まるで誰かに言われたみたいな口ぶりね」
ルーファスは黙り込んだ。
まどかは微かに目を細め、言葉を継ぐ。
「ねぇ、ルーファス。志乃って、知ってる?」
彼の肩がわずかに揺れた。
「……名前だけなら、聞いたことがある。千年前の“裏切りの神子”。伝承ではそう記されている」
「でも、彼女は“裏切った”わけじゃない。自分で選んだだけ。……加護に縛られたくないって、思っただけなんだよ」
ルーファスは沈黙したまま、拳を強く握っていた。
やがて、ぽつりとつぶやいた。
「俺の母は……神殿の学徒だった。小さい頃、加護を学び、志乃の記録を密かに調べていた」
「……!」
「母は言っていた。“志乃は世界を裏切ったのではない。世界が、志乃を恐れたのだ”と」
まどかの心に、何かが小さく落ちた。
「……だから、あなたは加護に慎重なんだね」
その夜、王都の屋敷に戻ったまどかは、ユリアから託された文書の写しを机に広げていた。
そこには志乃が姿を消す直前に残した、たった一行の言葉が記されていた。
——『もし私がいなくなったら、次は“自分の足で歩ける子”が来ますように』
「……次、って。そんな予言じみたこと……」
でも、その“次”が自分だとしたら——。
目を伏せるまどかのもとに、ラセルが静かにやってきた。
「——まどか殿。今夜、貴女に会いたいという来客が一人、屋敷に参りました」
「……今夜?」
「“志乃の最後を見届けた者”と名乗っています」
応接室に通されたのは、一人の男だった。長い黒髪を後ろで結い、年齢は四十代に見えるが、その瞳には人ならぬ深い影があった。
「……あなたが、“志乃を見送った”?」
「正確には、“共に旅をした者”だ。私は彼女の従者だった。最後の旅の……同行者」
その言葉に、まどかの背筋がぞくりと震えた。
「あなたの名は……?」
「アスヴェルト。“志乃の記録を、隠した者”でもある」
アスヴェルトは語り始めた。
かつて、神子として持ち上げられた志乃は、次第にその存在を国の“道具”として扱われるようになったこと。
自分で決められることは何もなく、戦場に駆り出され、外交の駒とされ、やがて心をすり減らしていったこと。
「だから彼女は姿を消した。何も壊さず、誰も責めずに。ただ静かに、“自分を守るために”」
「……優しいんだね、志乃って」
「そうだ。だが優しさは、世界の都合には合わなかった。……だから、彼女の名前は記録から“抹消された”。“裏切り者”として」
まどかは、言葉を失っていた。
志乃は、まるで自分と同じように、光と責任と孤独の中でもがいていた。
「彼女は言った。“私の次に来る誰かは、誰のためでもなく、自分のために生きてほしい”と」
「……じゃあ、私は……生きてていいのかな。自分のために」
「当然だ。志乃が願った未来を、今度こそ誰かが生きることこそ、“意味”になる」
部屋に戻ったあと、まどかはひとり、薄明かりの中で自分の手を見つめていた。
加護が灯っているかどうか、もうわからない。
でも、その“意味”だけは、少しずつ見えてきた気がする。
——“私は、自分の足で歩いていい”
そう思えた夜だった。
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