20 / 23
第3章 王都編
第7話「語り部は語る、かつての神子の残影」
しおりを挟む
翌朝、まどかはいつもより遅く目を覚ました。
昨夜の襲撃事件は、ラセルとルーファスによって王都警備団へ報告され、神殿にも通知が行った。
そのため、まどかはこの日「外出を控えるように」と言われていたが——。
「うん、いやだ」
まどかはいつも通りの服に着替え、帽子を深く被って屋敷の裏口から抜け出した。
「好き勝手に“光の器”扱いされて、黙ってろとかじっとしてろとか、まじ理不尽……」
向かったのは、王都の東端にある旧書院地区。
古い寺院や文献保管所が並ぶ、人通りの少ない知の街。
「……たしか、ここに“かつての神子を知る唯一の語り部”がいるって話、ラセルがしてたっけ」
その店は、“風読の屋(かぜよみのや)”という古書店だった。
軒先には時代を感じさせる本の束が積まれ、風鈴が静かに揺れている。
中に入ると、微かに香が焚かれた匂いと、紙とインクの香りが混ざり合っていた。
「いらっしゃい……あら、珍しいお客様ね」
声をかけてきたのは、小柄な老女だった。白髪を丁寧に結い上げ、瞳は薄い翡翠色。
「あなたが……語り部の、ユリアさん?」
「ええ、わたくしが“語る者”。でももう、“語り部”と呼ばれるには歳をとりすぎたわねぇ」
「聞きたいことがあるの。“光の神子”って、何? そして私は、なぜこんな目にあってるのか」
ユリアはまどかをじっと見つめ、ゆっくりと頷いた。
「……貴女の中に、“陽環”が揺れているのが見えるわ。なるほどね……再来、とは少し違う。けれど、やはり“呼ばれた”のね」
ユリアは、棚の奥から一冊の古文書を取り出した。
擦り切れた表紙に、“千年前の神子と災いの記録”と刻まれている。
「この国にはね、周期的に“均衡の乱れ”が訪れるの。光と闇、秩序と混沌——その歪みが大きくなったとき、世界は誰かを“呼ぶ”のよ」
「それが、私?」
「ええ。前の神子は、“未来を選ぶ者”だった。加護を与えられながらも、それに従うことなく、“別の道”を開こうとした」
まどかの目が見開かれる。
「……じゃあ、その神子も、私と同じだったの?」
「ええ。異世界から来た者だった。名前は……“志乃(しの)”という日本の娘。貴女の魂と、少し似ている」
語られる過去はこうだった。
志乃は、王族たちに持ち上げられ、加護を使うことを期待されたが、それを拒み、ある日忽然と姿を消した。
彼女の選択が引き金となり、“加護の空白”が生まれ、そこに闇の力が流れ込んだという。
「だから王宮も神殿も、今度こそ加護を“管理しよう”としてる。つまり私は、“失敗した神子の代替”ってわけね……」
「そう思うこともできるわ。でも——志乃の選択も、きっと誰かを救った。貴女も、自分の生き方を選べばいい」
まどかは黙っていたが、心のどこかに、少しだけ熱を感じていた。
“私だけじゃない。前にも、こんなふうに葛藤した人がいた”
店を出た瞬間だった。
「見つけたぞ、“器”!」
屋根の上から飛び降りてきた影。——黒装束の《影の王の徒》が、また現れた。
「ユリアさん、逃げて!」
「ええ、心得てるわ。気をつけなさい!」
まどかは護身具に手をかける。しかし、それよりも早く、別の影が飛び込んできた。
「下がれ!」
その一閃で、敵は地面に転がった。
「……ルーファス!?」
「隠れるには、目立ちすぎだ。まったく何やってんだ」
「いや、だって!」
「……もういい。後で説教だ。今は逃げるぞ!」
まどかは息を呑みながらも頷き、ルーファスの背に従って駆け出した。
風のように駆け抜ける影を背に、まどかは自分に問い続けていた。
「私は……どこへ行こうとしてるんだろう」
その問いに、まだ答えはなかった。
けれど確かに、彼女の中で何かが動き出していた——
昨夜の襲撃事件は、ラセルとルーファスによって王都警備団へ報告され、神殿にも通知が行った。
そのため、まどかはこの日「外出を控えるように」と言われていたが——。
「うん、いやだ」
まどかはいつも通りの服に着替え、帽子を深く被って屋敷の裏口から抜け出した。
「好き勝手に“光の器”扱いされて、黙ってろとかじっとしてろとか、まじ理不尽……」
向かったのは、王都の東端にある旧書院地区。
古い寺院や文献保管所が並ぶ、人通りの少ない知の街。
「……たしか、ここに“かつての神子を知る唯一の語り部”がいるって話、ラセルがしてたっけ」
その店は、“風読の屋(かぜよみのや)”という古書店だった。
軒先には時代を感じさせる本の束が積まれ、風鈴が静かに揺れている。
中に入ると、微かに香が焚かれた匂いと、紙とインクの香りが混ざり合っていた。
「いらっしゃい……あら、珍しいお客様ね」
声をかけてきたのは、小柄な老女だった。白髪を丁寧に結い上げ、瞳は薄い翡翠色。
「あなたが……語り部の、ユリアさん?」
「ええ、わたくしが“語る者”。でももう、“語り部”と呼ばれるには歳をとりすぎたわねぇ」
「聞きたいことがあるの。“光の神子”って、何? そして私は、なぜこんな目にあってるのか」
ユリアはまどかをじっと見つめ、ゆっくりと頷いた。
「……貴女の中に、“陽環”が揺れているのが見えるわ。なるほどね……再来、とは少し違う。けれど、やはり“呼ばれた”のね」
ユリアは、棚の奥から一冊の古文書を取り出した。
擦り切れた表紙に、“千年前の神子と災いの記録”と刻まれている。
「この国にはね、周期的に“均衡の乱れ”が訪れるの。光と闇、秩序と混沌——その歪みが大きくなったとき、世界は誰かを“呼ぶ”のよ」
「それが、私?」
「ええ。前の神子は、“未来を選ぶ者”だった。加護を与えられながらも、それに従うことなく、“別の道”を開こうとした」
まどかの目が見開かれる。
「……じゃあ、その神子も、私と同じだったの?」
「ええ。異世界から来た者だった。名前は……“志乃(しの)”という日本の娘。貴女の魂と、少し似ている」
語られる過去はこうだった。
志乃は、王族たちに持ち上げられ、加護を使うことを期待されたが、それを拒み、ある日忽然と姿を消した。
彼女の選択が引き金となり、“加護の空白”が生まれ、そこに闇の力が流れ込んだという。
「だから王宮も神殿も、今度こそ加護を“管理しよう”としてる。つまり私は、“失敗した神子の代替”ってわけね……」
「そう思うこともできるわ。でも——志乃の選択も、きっと誰かを救った。貴女も、自分の生き方を選べばいい」
まどかは黙っていたが、心のどこかに、少しだけ熱を感じていた。
“私だけじゃない。前にも、こんなふうに葛藤した人がいた”
店を出た瞬間だった。
「見つけたぞ、“器”!」
屋根の上から飛び降りてきた影。——黒装束の《影の王の徒》が、また現れた。
「ユリアさん、逃げて!」
「ええ、心得てるわ。気をつけなさい!」
まどかは護身具に手をかける。しかし、それよりも早く、別の影が飛び込んできた。
「下がれ!」
その一閃で、敵は地面に転がった。
「……ルーファス!?」
「隠れるには、目立ちすぎだ。まったく何やってんだ」
「いや、だって!」
「……もういい。後で説教だ。今は逃げるぞ!」
まどかは息を呑みながらも頷き、ルーファスの背に従って駆け出した。
風のように駆け抜ける影を背に、まどかは自分に問い続けていた。
「私は……どこへ行こうとしてるんだろう」
その問いに、まだ答えはなかった。
けれど確かに、彼女の中で何かが動き出していた——
47
あなたにおすすめの小説
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
面倒くさがりやの異世界人〜微妙な美醜逆転世界で〜
波間柏
恋愛
仕事帰り電車で寝ていた雅は、目が覚めたら満天の夜空が広がる場所にいた。目の前には、やたら美形な青年が騒いでいる。どうしたもんか。面倒くさいが口癖の主人公の異世界生活。
短編ではありませんが短めです。
別視点あり
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
追放された荷物持ちですが、実は滅んだ竜族の末裔でした。今さら戻れと言われても、もうスローライフ始めちゃったんで
ソラリアル
ファンタジー
目が覚めたら、俺は孤児だった。
家族も、家も、居場所もない。
そんな俺を拾ってくれたのは、優しいSランク冒険者のパーティ。
「荷物持ちでもいい、仲間になれ」
そう言ってくれた彼らの言葉を信じて、
俺は毎日、必死でついていった。
何もできない“つもり”だった。
それでも、何かの役に立てたらと思い、
夜な夜なダンジョンに潜っては、レベル上げを繰り返す日々。
だけど、「何もしなくていい」と言われていたから、
俺は一番後ろで、ただ荷物を持っていた。
でも実際は、俺の放った“支援魔法”で仲間は強くなり、
俺の“探知魔法”で危険を避けていた。
気づかれないよう、こっそりと。
「役に立たない」と言われるのが怖かったから、
俺なりに、精一杯頑張っていた。
そしてある日、告げられた言葉。
『ここからは危険だ。荷物持ちは、もう必要ない』
そうして俺は、静かに追放された。
もう誰にも必要とされなくてもいい。
俺は俺のままで、静かに暮らしていく。そう決めた。
……と思っていたら、ダンジョンの地下で古代竜の魂と出会って、
また少し、世界が騒がしくなってきたようです。
◇小説家になろう・カクヨムでも同時連載中です◇
聖女なんかじゃありません!~異世界で介護始めたらなぜか伯爵様に愛でられてます~
トモモト ヨシユキ
ファンタジー
川で溺れていた猫を助けようとして飛び込屋敷に連れていかれる。それから私は、魔物と戦い手足を失った寝たきりの伯爵様の世話人になることに。気難しい伯爵様に手を焼きつつもQOLを上げるために努力する私。
そんな私に伯爵様の主治医がプロポーズしてきたりと、突然のモテ期が到来?
エブリスタ、小説家になろうにも掲載しています。
花嫁召喚 〜異世界で始まる一妻多夫の婚活記〜
文月・F・アキオ
恋愛
婚活に行き詰まっていた桜井美琴(23)は、ある日突然異世界へ召喚される。そこは女性が複数の夫を迎える“一妻多夫制”の国。
花嫁として召喚された美琴は、生きるために結婚しなければならなかった。
堅実な兵士、まとめ上手な書記官、温和な医師、おしゃべりな商人、寡黙な狩人、心優しい吟遊詩人、几帳面な官僚――多彩な男性たちとの出会いが、美琴の未来を大きく動かしていく。
帰れない現実と新たな絆の狭間で、彼女が選ぶ道とは?
異世界婚活ファンタジー、開幕。
捕まり癒やされし異世界
波間柏
恋愛
飲んでものまれるな。
飲まれて異世界に飛んでしまい手遅れだが、そう固く決意した大学生 野々村 未来の異世界生活。
異世界から来た者は何か能力をもつはずが、彼女は何もなかった。ただ、とある声を聞き閃いた。
「これ、売れる」と。
自分の中では砂糖多めなお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる