白い結婚の行方

宵森みなと

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第4話 鋼のメンタルと、静かな逆襲

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サラスティナが正式に、生徒会の「会計兼書記」として任命された。
その仕事ぶりは目を見張るものがあり、書類の整理、予算の計算、各部への連絡――どれを取っても完璧。
誰もが認めざるを得ないほどの有能さだった。

……もっとも、それが面白くない者たちもいた。

特に、第二王子アイザックの取り巻きの令嬢たち。
彼に近づける立場にいるサラスティナが、地味な見た目のくせに堂々と生徒会で働いている――それがどうにも癇に障るらしい。

最初のうちは、小さな嫌がらせだった。
教科書にインクをこぼされ、ページが黒く滲んでも、サラスティナは何事もなかったように拭き取り、くしゃくしゃのまま使用を続けた。
「どうせ中身が読めればいいんですもの」と、微笑んで。

それでは効果がないと見たのか、今度は教科書そのものを燃やされた。
すると翌日、彼女はどこからか古びた教材を手に入れて登校してきた。
「先輩が譲ってくださったんです。歴史ある教科書って、味がありますわね」

次は、廊下の窓から水をかけられた。
制服はびしょ濡れになったが、サラスティナはハンカチで軽く顔を拭い、そのまま授業を受けた。
寒さに震える様子すら見せず、板書を取り続ける彼女に、加害者たちの方が次第に落ち着かなくなっていった。

極めつけは、わざとぶつかって転ばせたとき。
膝を擦りむき、血がにじんでも、サラスティナは一言「失礼」とだけ言い、立ち上がって席に戻った。
――泣きも、怒りもしない。
まるで、心に鋼を宿しているようだった。

やがて、嫌がらせはいつの間にか止んでいた。
誰も彼女を揺さぶることができなかったのだ。


---

そんなある日の午後。
サラスティナは、先輩であるイライザ公爵令嬢に廊下で呼び止められた。
開口一番に
「あなた、生徒会役員を今すぐ辞めなさい!」
自称王族の婚約候補と目される家柄の娘で、華やかさも自信も人一倍の令嬢だ。

サラスティナはイライザを見上げて、穏やかに問い返した。
「辞めろと仰るのは結構ですが……では、イライザ様が会計と書記をなさるのですか?」

「ええ、もちろんよ。どうせ貴女ができるくらい簡単な仕事なのでしょう? わたくし、優秀ですもの」

「それは頼もしいですわね」
サラスティナは柔らかく微笑んだ。
「では放課後、生徒会室へいらしてください。生徒会を希望される方がいらっしゃるなら、まとめてお話を伺います。会長にもお伝えしておきますので」

そう言い残し、静かにその場を去った。


---

放課後、生徒会室には妙な緊張が漂っていた。
机の上には厚い書類の束――過去十年分の会計記録が積み上げられている。

集まったのはイライザを筆頭に、アイザック目当てのご令嬢たち八名。
ハリス達生徒会メンバーは後方で様子を見守っている。アイザックは奥の部屋で待機をしていた。

サラスティナは、にこやかに一礼した。
「皆様、お集まりいただきありがとうございます。生徒会の仕事は、単に王子殿下の側に立つためのものではございません。
ここにあるのは、過去十年分の各部からの会計報告です。八名いらっしゃいますので、お一人一年分を。わたくしは二年分を担当いたします。優秀な方ばかりですから、きっとすぐ終わるでしょう」

「……な、何を言っているの?」
イライザが呆然と呟くが、サラスティナは涼しい顔で続けた。
「皆様の方が優秀と伺っておりますので、成果を拝見できるのを楽しみにしておりますわ。――会長、始めてくださいませ」

「……えっと、は、はい。では開始」
ハリスが半ば面白がりながら合図を出す。

ほどなくして、令嬢たちの間に悲鳴にも似た溜息が響いた。
難解な数字、違う形式の書式、抜け落ちた計算。
どれをどうすればいいか分からず、誰もが手を止めてしまった。

一方、サラスティナは迷いなく手を動かし、ものの三十分で二年分を整理し終えた。
ハリスに報告書を差し出すと、他の令嬢たちに向き直って言った。

「皆様、手が止まっておりますわよ? どうぞ続けて」

「こんなの分かるわけないじゃない!」
イライザが机を叩き、顔を真っ赤にした。
「貴女、生徒会を辞めないために、わざと難しくしてるんでしょ!?」

サラスティナはため息をつき、柔らかく微笑んだ。
「いえ、違いますわ。皆様がお持ちの書類は、各部からの会計報告書です。
現在、生徒会では“報告書”に加え、“予算計画書”の提出もお願いしております。何のためにか、お分かりになりますか?」

誰も答えない。サラスティナは淡々と続けた。

「わたくしたちは学んでいます。将来、領地を治め、あるいは国を動かす立場となる者として――民の税をどう使うべきかを。
もし私的に使えば、財は尽き、民は不満を募らせ、やがて暴動が起こる。
領主の責務は、民の暮らしを守ることです。
この学園で学ぶ意義とは、その“責務”を知り、果たすためのものです」

その口調に、室内の空気が凍った。
ひとり、またひとりと俯く令嬢たち。
サラスティナは最後に淡々と告げた。

「もし本当に会計の仕事をなさりたいのなら、この書類を最後までまとめてください。
それができないのなら、王子殿下に近づく方法を他でお探しくださいませ。
ですが、せっかくお集まり頂いたのですから…
あ、そうだ――殿下、そろそろお出ましいただけますか?」

奥の部屋の扉が開き、アイザックが姿を現した。
令嬢たちの顔が一斉に青ざめた。
聞かれていた――そう悟ったのだ。

「では、右端の二学年Cクラス、マイラ嬢から殿下へ愛の告白をどうぞ」
にこやかに促すサラスティナ。サラスティナが学年やクラス、名前を知っている事に驚愕した。

「そ、そんな……無理です!」
マイラは涙目で頭を下げ、そのまま逃げ出した。

次々に他の令嬢たちも「わたくしにも無理です!」と逃げていく。
あっという間に部屋に残ったのは、イライザひとりだけになった。

「では――三学年Dクラス、イライザ様。どうぞ」
サラスティナはあくまで事務的に促した。

イライザは唇を噛みしめ、顔を上げた。
「アイザック殿下……お慕い申し上げます。どうか、この想いにお応えを」

「……無理だ」
アイザックの声は低く冷たかった。
「婚約者候補といっても、正式な話などない。妃を名乗るなら、せめて特A科の首席を取ってから言ってくれ。自分を省みずに、他を責める者は嫌いだ」

イライザの瞳に涙が溜まり、その場に立ち尽くした。
誰かが慰めるかと思いきや、誰も動かなかった。

ハリスが小声でサラスティナに耳打ちした。
「……慰めてやらないのか?」

「必要ありませんわ」
サラスティナはペンを走らせながら淡々と答えた。
「泣いてる自分を可哀想だと思っているだけです。時間が経てば、勝手に現実を受け入れます。私たちは観客――ただ、それだけですわ」

結局、イライザは誰にも声をかけられず、涙の跡を残したまま部屋を出て行った。
静寂が戻ると、ハリスが息をついた。
「……いや、なんというか。君の撃退法、発想が斬新すぎるな」

「合理的なだけですわ」
サラスティナは顔を上げずに答えた。

アイザックはそんな彼女を見て、苦笑をこぼした。
「助かったよ、サラスティナ。……あれだけ堂々と断れるとは思わなかった」

その言葉に、サラスティナはようやく手を止め、ちらりと彼を見た。
「お役に立てたのなら、幸いですわ。――では、残りの報告書をまとめますね」

その声は穏やかで、まるで何事もなかったかのようだった。
だがその背中に宿る静かな強さは、誰よりも頼もしく見えた。
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