きっと世界は美しい

木原あざみ

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7.異星間交流(2)

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「ならよかった」

 にこりとほほえむ顔に絆されている自覚はある。もう一度、悠生は黙ったまま頷いた。まぁ、得な性格してるよなぁ、とも思っているけれど。

「じゃあ、待ってるから。玄関からおいでね」
「おまえじゃあるまいし、乗り越えねぇよ」

 つい一週間ほど前、いきなりベランダから入って来られたときは、さすがにぎょっとした。過去を持ち出した悠生に、笹原がバツの悪い顔をする。

「あれは、あの、その。いるはずなのに何回呼んでも返事がないから、体調でも悪いのかなって心配になって」
「まずは電話鳴らせよ、そこは」

 うたた寝をしていて、壁を叩く音に気が付かなかっただけだ。スマートフォンが鳴れば気が付いたんじゃないかな、と思う。

「そうだけど。直接行ったほうが早いじゃん。……いや、ごめんなさい」
「べつに怒ってはないけど」

 純粋な驚きと、自分を見て安心されたことに対する気恥ずかしさで、不機嫌な対応をしたことは事実だ。でも。今だって、結局、からかっているだけで、つまり、なにも腹は立っていない。

「悠生は、そのあたり、本当に懐が広いよね」

 ほっとしたような声には反応せず、悠生は網戸を閉めて室内に戻った。部屋の中はじんわりと蒸している。
 もっと暑くなったら、とふと思った。真夏になれば、ベランダで話すこともなくなるだろうか。でも、そうなればどちらかの部屋に行けばいいだけだ。冷房代も節約できる。
 そこまで考えて、悠生は自身に笑った。三ヶ月前、自分は思っていたはずだ。どうせ、いつかその笑顔は向けられなくなる、と。だったら、早いうちに離れてほしいと漠然と願っていた。
 それなのに、隣にいる男が離れていくことはありえないと思ってしまっていた。そんなこと、あるわけがないと知っているのに。
 今まで、自分に失望しなかった人間なんて、いなかった。誰一人として。
 それだったら、最初から誰にも期待をされたくない。そう思って、ひっそりと生きていたのに、なんだか妙なふうに変わってしまった。


 *


「あれ、悠生。携帯、鳴ってない?」

 笹原の言葉に、ベッドに放り出していたスマートフォンが振動していることに気がついた。ちらりと振り返り、着信名を視認。悠生は黙ってテーブルに視線を戻した。

「いい」
「あ、そうなの? 俺が邪魔だったら外すけど」
「親だから。べつに急ぎの用事でもないだろうし」

 いつもはパソコンくらいしか乗っていないテーブルに、笹原が持ち込んだたこ焼き機が主役の顔で鎮座している。
 たこ焼きパーティーしようよとドアを叩いた笹原が、あっというまに準備をしてくれたので、あとはもう食べるだけだ。
 ふたりでもパーティーと評すのだろうかという悠生の疑問は、楽しかったらパーティーなんじゃないのという能天気な笹原の言葉で決着済み。だから、これはパーティーで、親からの電話なんて出る気にならない。

「もしかして、けっこう、電話かかってくるの?」

 今日の笹原の胸元では、間の抜けた犬が腹を出して寝そべっている。パグだ。

「まぁ」

 そのイラストを見ていると和むというのはわからなくもないな、と悠生は頷いた。

「かわいがられてんだね。なんか、わかる気もするけど。俺なんて一人っ子なのに、けっこう、放置されてるよ。どうせ適当にやってるでしょ、みたいな感じで」
「おまえだからだろ」

 関西の出身だというアルバイト先の友人の企画ですでに一度たこ焼きパーティーなるものを経験しているらしいが、たったの二度目でこの手際の良さである。
 皿に置かれた見事なたこ焼きを見つめたまま言った悠生に、あはは、と笹原は笑った。

「よくそう言って放っておかれるよ、俺。なんでもできるように見えるんだって。ただの器用貧乏だと思うんだけどな、広く浅くというか」
「いや、十分だろ。それができたら」
「そうかな。たとえば悠生は星が好きで詳しいでしょ。そういうふうに、なにかひとつのことに集中して夢中になってって、できないんだよね、俺。そっちのほうがずっといいと思うんだけど」

 さらりといい、笹原は手付かずになっていた取り皿を指した。

「あ、どうぞ、どうぞ。食べて、食べて」
「……いただきます」
「あら、いい子」

 少し時間が経ったおかげで、割らずに一口で食べても大丈夫そうだ。そのまま口の中に放り込めば、幼い時分に祭りの屋台で食べたような懐かしい味がした。
 そういえば、長らく祭りにも行っていない。とろりと飛び出した中身が思いのほかまだ熱く、手のひらで口元を覆う。

「美味しい?」

 無言でこくこくと頷くと、笹原がうれしそうに破顔した。

「じゃあ、俺も。――あ、ちゃんと美味しくできてる!」

 もぐもぐと頬張って感動している顔が、なんだか子どもみたいで。視界を遮る長い前髪が邪魔だな、と思った。そんなこと、あまり思ったこともなかったのだけれど。
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