8 / 39
7.異星間交流(2)
しおりを挟む
「ならよかった」
にこりとほほえむ顔に絆されている自覚はある。もう一度、悠生は黙ったまま頷いた。まぁ、得な性格してるよなぁ、とも思っているけれど。
「じゃあ、待ってるから。玄関からおいでね」
「おまえじゃあるまいし、乗り越えねぇよ」
つい一週間ほど前、いきなりベランダから入って来られたときは、さすがにぎょっとした。過去を持ち出した悠生に、笹原がバツの悪い顔をする。
「あれは、あの、その。いるはずなのに何回呼んでも返事がないから、体調でも悪いのかなって心配になって」
「まずは電話鳴らせよ、そこは」
うたた寝をしていて、壁を叩く音に気が付かなかっただけだ。スマートフォンが鳴れば気が付いたんじゃないかな、と思う。
「そうだけど。直接行ったほうが早いじゃん。……いや、ごめんなさい」
「べつに怒ってはないけど」
純粋な驚きと、自分を見て安心されたことに対する気恥ずかしさで、不機嫌な対応をしたことは事実だ。でも。今だって、結局、からかっているだけで、つまり、なにも腹は立っていない。
「悠生は、そのあたり、本当に懐が広いよね」
ほっとしたような声には反応せず、悠生は網戸を閉めて室内に戻った。部屋の中はじんわりと蒸している。
もっと暑くなったら、とふと思った。真夏になれば、ベランダで話すこともなくなるだろうか。でも、そうなればどちらかの部屋に行けばいいだけだ。冷房代も節約できる。
そこまで考えて、悠生は自身に笑った。三ヶ月前、自分は思っていたはずだ。どうせ、いつかその笑顔は向けられなくなる、と。だったら、早いうちに離れてほしいと漠然と願っていた。
それなのに、隣にいる男が離れていくことはありえないと思ってしまっていた。そんなこと、あるわけがないと知っているのに。
今まで、自分に失望しなかった人間なんて、いなかった。誰一人として。
それだったら、最初から誰にも期待をされたくない。そう思って、ひっそりと生きていたのに、なんだか妙なふうに変わってしまった。
*
「あれ、悠生。携帯、鳴ってない?」
笹原の言葉に、ベッドに放り出していたスマートフォンが振動していることに気がついた。ちらりと振り返り、着信名を視認。悠生は黙ってテーブルに視線を戻した。
「いい」
「あ、そうなの? 俺が邪魔だったら外すけど」
「親だから。べつに急ぎの用事でもないだろうし」
いつもはパソコンくらいしか乗っていないテーブルに、笹原が持ち込んだたこ焼き機が主役の顔で鎮座している。
たこ焼きパーティーしようよとドアを叩いた笹原が、あっというまに準備をしてくれたので、あとはもう食べるだけだ。
ふたりでもパーティーと評すのだろうかという悠生の疑問は、楽しかったらパーティーなんじゃないのという能天気な笹原の言葉で決着済み。だから、これはパーティーで、親からの電話なんて出る気にならない。
「もしかして、けっこう、電話かかってくるの?」
今日の笹原の胸元では、間の抜けた犬が腹を出して寝そべっている。パグだ。
「まぁ」
そのイラストを見ていると和むというのはわからなくもないな、と悠生は頷いた。
「かわいがられてんだね。なんか、わかる気もするけど。俺なんて一人っ子なのに、けっこう、放置されてるよ。どうせ適当にやってるでしょ、みたいな感じで」
「おまえだからだろ」
関西の出身だというアルバイト先の友人の企画ですでに一度たこ焼きパーティーなるものを経験しているらしいが、たったの二度目でこの手際の良さである。
皿に置かれた見事なたこ焼きを見つめたまま言った悠生に、あはは、と笹原は笑った。
「よくそう言って放っておかれるよ、俺。なんでもできるように見えるんだって。ただの器用貧乏だと思うんだけどな、広く浅くというか」
「いや、十分だろ。それができたら」
「そうかな。たとえば悠生は星が好きで詳しいでしょ。そういうふうに、なにかひとつのことに集中して夢中になってって、できないんだよね、俺。そっちのほうがずっといいと思うんだけど」
さらりといい、笹原は手付かずになっていた取り皿を指した。
「あ、どうぞ、どうぞ。食べて、食べて」
「……いただきます」
「あら、いい子」
少し時間が経ったおかげで、割らずに一口で食べても大丈夫そうだ。そのまま口の中に放り込めば、幼い時分に祭りの屋台で食べたような懐かしい味がした。
そういえば、長らく祭りにも行っていない。とろりと飛び出した中身が思いのほかまだ熱く、手のひらで口元を覆う。
「美味しい?」
無言でこくこくと頷くと、笹原がうれしそうに破顔した。
「じゃあ、俺も。――あ、ちゃんと美味しくできてる!」
もぐもぐと頬張って感動している顔が、なんだか子どもみたいで。視界を遮る長い前髪が邪魔だな、と思った。そんなこと、あまり思ったこともなかったのだけれど。
にこりとほほえむ顔に絆されている自覚はある。もう一度、悠生は黙ったまま頷いた。まぁ、得な性格してるよなぁ、とも思っているけれど。
「じゃあ、待ってるから。玄関からおいでね」
「おまえじゃあるまいし、乗り越えねぇよ」
つい一週間ほど前、いきなりベランダから入って来られたときは、さすがにぎょっとした。過去を持ち出した悠生に、笹原がバツの悪い顔をする。
「あれは、あの、その。いるはずなのに何回呼んでも返事がないから、体調でも悪いのかなって心配になって」
「まずは電話鳴らせよ、そこは」
うたた寝をしていて、壁を叩く音に気が付かなかっただけだ。スマートフォンが鳴れば気が付いたんじゃないかな、と思う。
「そうだけど。直接行ったほうが早いじゃん。……いや、ごめんなさい」
「べつに怒ってはないけど」
純粋な驚きと、自分を見て安心されたことに対する気恥ずかしさで、不機嫌な対応をしたことは事実だ。でも。今だって、結局、からかっているだけで、つまり、なにも腹は立っていない。
「悠生は、そのあたり、本当に懐が広いよね」
ほっとしたような声には反応せず、悠生は網戸を閉めて室内に戻った。部屋の中はじんわりと蒸している。
もっと暑くなったら、とふと思った。真夏になれば、ベランダで話すこともなくなるだろうか。でも、そうなればどちらかの部屋に行けばいいだけだ。冷房代も節約できる。
そこまで考えて、悠生は自身に笑った。三ヶ月前、自分は思っていたはずだ。どうせ、いつかその笑顔は向けられなくなる、と。だったら、早いうちに離れてほしいと漠然と願っていた。
それなのに、隣にいる男が離れていくことはありえないと思ってしまっていた。そんなこと、あるわけがないと知っているのに。
今まで、自分に失望しなかった人間なんて、いなかった。誰一人として。
それだったら、最初から誰にも期待をされたくない。そう思って、ひっそりと生きていたのに、なんだか妙なふうに変わってしまった。
*
「あれ、悠生。携帯、鳴ってない?」
笹原の言葉に、ベッドに放り出していたスマートフォンが振動していることに気がついた。ちらりと振り返り、着信名を視認。悠生は黙ってテーブルに視線を戻した。
「いい」
「あ、そうなの? 俺が邪魔だったら外すけど」
「親だから。べつに急ぎの用事でもないだろうし」
いつもはパソコンくらいしか乗っていないテーブルに、笹原が持ち込んだたこ焼き機が主役の顔で鎮座している。
たこ焼きパーティーしようよとドアを叩いた笹原が、あっというまに準備をしてくれたので、あとはもう食べるだけだ。
ふたりでもパーティーと評すのだろうかという悠生の疑問は、楽しかったらパーティーなんじゃないのという能天気な笹原の言葉で決着済み。だから、これはパーティーで、親からの電話なんて出る気にならない。
「もしかして、けっこう、電話かかってくるの?」
今日の笹原の胸元では、間の抜けた犬が腹を出して寝そべっている。パグだ。
「まぁ」
そのイラストを見ていると和むというのはわからなくもないな、と悠生は頷いた。
「かわいがられてんだね。なんか、わかる気もするけど。俺なんて一人っ子なのに、けっこう、放置されてるよ。どうせ適当にやってるでしょ、みたいな感じで」
「おまえだからだろ」
関西の出身だというアルバイト先の友人の企画ですでに一度たこ焼きパーティーなるものを経験しているらしいが、たったの二度目でこの手際の良さである。
皿に置かれた見事なたこ焼きを見つめたまま言った悠生に、あはは、と笹原は笑った。
「よくそう言って放っておかれるよ、俺。なんでもできるように見えるんだって。ただの器用貧乏だと思うんだけどな、広く浅くというか」
「いや、十分だろ。それができたら」
「そうかな。たとえば悠生は星が好きで詳しいでしょ。そういうふうに、なにかひとつのことに集中して夢中になってって、できないんだよね、俺。そっちのほうがずっといいと思うんだけど」
さらりといい、笹原は手付かずになっていた取り皿を指した。
「あ、どうぞ、どうぞ。食べて、食べて」
「……いただきます」
「あら、いい子」
少し時間が経ったおかげで、割らずに一口で食べても大丈夫そうだ。そのまま口の中に放り込めば、幼い時分に祭りの屋台で食べたような懐かしい味がした。
そういえば、長らく祭りにも行っていない。とろりと飛び出した中身が思いのほかまだ熱く、手のひらで口元を覆う。
「美味しい?」
無言でこくこくと頷くと、笹原がうれしそうに破顔した。
「じゃあ、俺も。――あ、ちゃんと美味しくできてる!」
もぐもぐと頬張って感動している顔が、なんだか子どもみたいで。視界を遮る長い前髪が邪魔だな、と思った。そんなこと、あまり思ったこともなかったのだけれど。
24
あなたにおすすめの小説
僕は何度でも君に恋をする
すずなりたま
BL
由緒正しき老舗ホテル冷泉リゾートの御曹司・冷泉更(れいぜいさら)はある日突然、父に我が冷泉リゾートが倒産したと聞かされた。
窮地の父と更を助けてくれたのは、古くから付き合いのある万里小路(までのこうじ)家だった。
しかし助けるにあたり、更を万里小路家の三男の嫁に欲しいという条件を出され、更は一人で万里小路邸に赴くが……。
初恋の君と再会し、再び愛を紡ぐほのぼのラブコメディ。
初恋ミントラヴァーズ
卯藤ローレン
BL
私立の中高一貫校に通う八坂シオンは、乗り物酔いの激しい体質だ。
飛行機もバスも船も人力車もダメ、時々通学で使う電車でも酔う。
ある朝、学校の最寄り駅でしゃがみこんでいた彼は金髪の男子生徒に助けられる。
眼鏡をぶん投げていたため気がつかなかったし何なら存在自体も知らなかったのだが、それは学校一モテる男子、上森藍央だった(らしい)。
知り合いになれば不思議なもので、それまで面識がなかったことが嘘のように急速に距離を縮めるふたり。
藍央の優しいところに惹かれるシオンだけれど、優しいからこそその本心が掴みきれなくて。
でも想いは勝手に加速して……。
彩り豊かな学校生活と夏休みのイベントを通して、恋心は芽生え、弾んで、時にじれる。
果たしてふたりは、恋人になれるのか――?
/金髪顔整い×黒髪元気時々病弱/
じれたり悩んだりもするけれど、王道満載のウキウキハッピハッピハッピーBLです。
集まると『動物園』と称されるハイテンションな友人たちも登場して、基本騒がしい。
◆毎日2回更新。11時と20時◆
完結|好きから一番遠いはずだった
七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。
しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。
なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。
…はずだった。
【完結】言えない言葉
未希かずは(Miki)
BL
双子の弟・水瀬碧依は、明るい兄・翼と比べられ、自信がない引っ込み思案な大学生。
同じゼミの気さくで眩しい如月大和に密かに恋するが、話しかける勇気はない。
ある日、碧依は兄になりすまし、本屋のバイトで大和に近づく大胆な計画を立てる。
兄の笑顔で大和と心を通わせる碧依だが、嘘の自分に葛藤し……。
すれ違いを経て本当の想いを伝える、切なく甘い青春BLストーリー。
第1回青春BLカップ参加作品です。
1章 「出会い」が長くなってしまったので、前後編に分けました。
2章、3章も長くなってしまって、分けました。碧依の恋心を丁寧に書き直しました。(2025/9/2 18:40)
ガラス玉のように
イケのタコ
BL
クール美形×平凡
成績共に運動神経も平凡と、そつなくのびのびと暮らしていたスズ。そんな中突然、親の転勤が決まる。
親と一緒に外国に行くのか、それとも知人宅にで生活するのかを、どっちかを選択する事になったスズ。
とりあえず、お試しで一週間だけ知人宅にお邪魔する事になった。
圧倒されるような日本家屋に驚きつつ、なぜか知人宅には学校一番イケメンとらいわれる有名な三船がいた。
スズは三船とは会話をしたことがなく、気まずいながらも挨拶をする。しかし三船の方は傲慢な態度を取り印象は最悪。
ここで暮らして行けるのか。悩んでいると母の友人であり知人の、義宗に「三船は不器用だから長めに見てやって」と気長に判断してほしいと言われる。
三船に嫌われていては判断するもないと思うがとスズは思う。それでも優しい義宗が言った通りに気長がに気楽にしようと心がける。
しかし、スズが待ち受けているのは日常ではなく波乱。
三船との衝突。そして、この家の秘密と真実に立ち向かうことになるスズだった。
ミモザの恋が実る時
天埜鳩愛
BL
『だからさ、八広の第一第三日曜日、俺にくれない?』
クールな美形秀才(激おも執着)× 陽気でキュートな元バスケ部員
寡黙で勉強家の大窪瑞貴(おおくぼみずき)とお洒落大好き!桜場八広(さくらばやひろ)。
二人は保育園から中学校までずーっと一緒の幼馴染み。
高校からは別の学校に分かれてしまったけど、毎月、第一第三日曜日は朝から晩まで二人っきりで遊ぶ約束をしている。
ところがアルバイト先の先輩が愛する彼女の為に土日のシフトを削ると言い出して、その分八広に日曜のシフトを増やしてほしいと言われてしまう。
八広だって大好きな幼馴染との約束を優先してもらいたいけど、世間じゃ当然「恋人>幼馴染」みたいなのだ。
そのことを瑞貴に伝えると、「友達じゃないなら、いいの?」と熱い眼差しを向けられながら、手をぎゅうっと握られて……。
イケメン幼馴染からの突然の愛の猛攻に、八広はとまどい&ドキドキを隠せない!
瑞貴との関係を変えるのはこわい! でももっとずっと。俺が一番、瑞貴と一緒に居たい!
距離感のバグった幼馴染の二人を、読んでいるあなたもきっと推したくなる!
もだキュン可愛い、とってもお似合いなニコイチDKの爽やか初恋物語です。
☆受の八広は『イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした』の燈真と小学生時代
同じミニバスケチームに所属してた友達です。
こちらもよろしくです 全年齢青春BLです
https://www.alphapolis.co.jp/novel/203913875/999985997
というわけでこのお話の舞台は、時間軸的にはイケ拾の一年前のお話です。
ノベマ!第1回ずっと見守りたい❤BL短編コンテスト最終選考作品です。
加筆します✨
【完結】トワイライト
古都まとい
BL
競泳のスポーツ推薦で大学へ入学したばかりの十束旭陽(とつかあさひ)は、入学前のある出来事をきっかけに自身の才能のなさを実感し、競泳の世界から身を引きたいと考えていた。
しかし進学のために一人暮らしをはじめたアパートで、旭陽は夜中に突然叫び出す奇妙な隣人、小野碧(おのみどり)と出会う。碧は旭陽の通う大学の三年生で、在学中に小説家としてデビューするも、二作目のオファーがない「売れない作家」だった。
「勝負をしよう、十束くん。僕が二作目を出すのが先か、君が競泳の大会で入賞するのが先か」
碧から気の乗らない勝負を持ちかけられた旭陽は、六月の大会に出た時点で部活を辞めようとするが――。
才能を呪い、すべてを諦めようとしている旭陽。天才の背中を追い続け、這いずり回る碧。
二人の青年が、夢と恋の先でなにかを見つける青春BL。
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体は関係ありません。
【完結】通学路ですれ違う君は、俺の恋しい人
厘
BL
毎朝、通学路ですれ違う他校の男子同士。初めは気にも留めなかったのだが、ちょっとしたきっかけで話す事に。進学校優秀腹黒男子 高梨流水(たかなし りう)とバスケ男子 柳 来冬(やなぎ らいと)。意外と気が合い、友達になっていく。そして……。
■完結済(予約投稿済です)。
月末まで毎日更新。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる