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16.観測(6)
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本能だから、という言葉が悠生は好きではない。好きだから、好きになってしまったから。だから仕方がないとでも言いたいのだろうか。だから、許されたいとでも言うのだろうか。
自分が同性を好きになったことを、そんなおかしいことを、ごく自然のこととして受け止めろと強要されなければならないのだろうか。家族だから?
家族だから、そのせいで弟である自分がいじめられたとしても、仕方がないって?
笑い出しそうになって、かぶりを振る。ずっと考えないようにしていた田舎での記憶が、なんでここにきて揺り起こされるのか。
ゆっくりと忘れていくことができる。そう思えるようになったのは、この土地で心許せる隣人に出逢ったからだった。
階段を上り切って、自宅のドアを開ける。中に入るなり、悠生はずるずるとドアを背に玄関に座り込んだ。しっとりと汗ばんだ前髪が邪魔で後ろにかきあげる。濡れた眼鏡を乱雑にフローリングに滑らせ、膝に顔をうずめた。華やかな長兄とそっくりだと誰からも称されるそれを。
この顔を目当てに近づいてこられることが苦手だった。勝手に近づいてきて、勝手にがっかりされることがたまらなく苦しかった。
だから、いつからか、誰にもそれを見せたいと思わなくなっていた。見た目と釣り合わない自分の性格をよくよくわかっていたから。それなのに。
――笹原は、見た目で判断なんてしなかった。
噛み締めるように言い聞かせる。俺を見た目で区別したりもしなければ、面倒なこの性格を嫌いもしなかった。
それが嬉しくて、それだけで幸せだと思わなければならなかったのに、彼が同性を恋愛対象とする人間だと知って、欲が出た。あさましい。あさましいとわかっていて、蓋をしていたそれが開きそうになった。
怖い。もし、それで嫌われたら、立ち直れないかもしれない。
誰も二度と好きになれないかもしれない。浅い呼吸を繰り返しながら、そっと下肢に手を伸ばす。なにもしていないのに兆しかけていたそれに自嘲が漏れる。考えていたのなんて、笹原のことだけだ。
笹原のことだけ。今は、誰としゃべっているのだろうか。楽しそうに笑っているのだろうか。想像して、でも、と主張する。でも、あいつは、ここにいるのが一番だって、そう言うんだ。自分を見て優しく微笑む瞳が脳裏に浮かんで、快感が弾けた。
「……なに、やってんだ」
何度目になるのかわからないことを呆然と呟いて、汚れた指先に視線を落とす。なにを言っているんだ、俺は。こんなこと、誰にも言えない。言えるわけがない。
自分が誰かを好きになるなんてことは、絶対にないと思っていた。そして、仮にもしそんなことがあったとしても、相手にも同じように望んでもらえるなんて、あるわけがないと思っていた。出来損ないだから。おまけだから。そうやって、言い訳を繰り返して、逃げてばかりの、詰まらない人間だから。
――大丈夫。悠生はかわいいよ。
それは、本当に笹原が言った言葉だったのか。それとも自分の願望が笹原の声にすり替わっただけなのか。曖昧な夕闇の中、背中越しのドアの先から、遠い夏の声が響いていた。
自分が同性を好きになったことを、そんなおかしいことを、ごく自然のこととして受け止めろと強要されなければならないのだろうか。家族だから?
家族だから、そのせいで弟である自分がいじめられたとしても、仕方がないって?
笑い出しそうになって、かぶりを振る。ずっと考えないようにしていた田舎での記憶が、なんでここにきて揺り起こされるのか。
ゆっくりと忘れていくことができる。そう思えるようになったのは、この土地で心許せる隣人に出逢ったからだった。
階段を上り切って、自宅のドアを開ける。中に入るなり、悠生はずるずるとドアを背に玄関に座り込んだ。しっとりと汗ばんだ前髪が邪魔で後ろにかきあげる。濡れた眼鏡を乱雑にフローリングに滑らせ、膝に顔をうずめた。華やかな長兄とそっくりだと誰からも称されるそれを。
この顔を目当てに近づいてこられることが苦手だった。勝手に近づいてきて、勝手にがっかりされることがたまらなく苦しかった。
だから、いつからか、誰にもそれを見せたいと思わなくなっていた。見た目と釣り合わない自分の性格をよくよくわかっていたから。それなのに。
――笹原は、見た目で判断なんてしなかった。
噛み締めるように言い聞かせる。俺を見た目で区別したりもしなければ、面倒なこの性格を嫌いもしなかった。
それが嬉しくて、それだけで幸せだと思わなければならなかったのに、彼が同性を恋愛対象とする人間だと知って、欲が出た。あさましい。あさましいとわかっていて、蓋をしていたそれが開きそうになった。
怖い。もし、それで嫌われたら、立ち直れないかもしれない。
誰も二度と好きになれないかもしれない。浅い呼吸を繰り返しながら、そっと下肢に手を伸ばす。なにもしていないのに兆しかけていたそれに自嘲が漏れる。考えていたのなんて、笹原のことだけだ。
笹原のことだけ。今は、誰としゃべっているのだろうか。楽しそうに笑っているのだろうか。想像して、でも、と主張する。でも、あいつは、ここにいるのが一番だって、そう言うんだ。自分を見て優しく微笑む瞳が脳裏に浮かんで、快感が弾けた。
「……なに、やってんだ」
何度目になるのかわからないことを呆然と呟いて、汚れた指先に視線を落とす。なにを言っているんだ、俺は。こんなこと、誰にも言えない。言えるわけがない。
自分が誰かを好きになるなんてことは、絶対にないと思っていた。そして、仮にもしそんなことがあったとしても、相手にも同じように望んでもらえるなんて、あるわけがないと思っていた。出来損ないだから。おまけだから。そうやって、言い訳を繰り返して、逃げてばかりの、詰まらない人間だから。
――大丈夫。悠生はかわいいよ。
それは、本当に笹原が言った言葉だったのか。それとも自分の願望が笹原の声にすり替わっただけなのか。曖昧な夕闇の中、背中越しのドアの先から、遠い夏の声が響いていた。
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