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21.恒星(1)
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自分には一生縁がないと信じて疑ってもいなかった美容院の前で悠生は小さく深呼吸をした。こんな見た目の自分が、あの扉を開くことがひどく恥ずかしい。
――でも。
言い聞かせるように胸中で繰り返す。変わると決めたのだ。そのためになら、羞恥なんて呑み込むべきだ。そのくらいの覚悟がないと、停滞したままになってしまう。
一人きりの空間で立ち尽くす未来が恐ろしいのなら、自分の力で歩き出すしかない。いつまでも立ち止まっている自分の腕を引いてくれる誰かがいてくれるとは限らないのだから。手を差し伸べてくれる笑顔も、ずっと近くにあるわけがないのだから。
そうだ。変わる。
覚悟を決めて扉を押す。自分とは縁遠い世界の住人たちの視線が集中した気がした。
意識した瞬間に逃げだしたくなった身体に鞭を打って、受付足までを進める。垢ぬけた女性の営業用の笑みから視線を外さないように頑張って予約の旨を告げる。インターネットで知った人気店だ。促されるがままになにかのアンケートに記入して席に着く。眼鏡がないから、鏡に映る自分の顔はぼんやりとぼやけていた。けれど、そのほうがいいのかもしれない。
今日はどうされますか、との問いかけに、悠生ははっきりと返事をした。
「格好良くしてください」
羞恥心を捨てきった声は、いやに堂々と響いた。隣の席の客が雑誌から目を上げて鏡越しに悠生を見た気がしたけれど、笑いたければ笑えばいい。悠生は開き直った気分で、もう一度繰り返した。ここまで来たら、後戻りはできない。
「俺、ダサいんで。格好良くしてください」
視界を遮っていた長いだけの前髪がばさりと切り落とされていく。明瞭になるはずだった世界は、相変わらずぼやけていた。けれど、あらわになった顔に、担当美容師の声色が変わったことはわかった。そんなものなんだろうな、と思う。
「やだ、お兄さん、すごく良い素材を持ってらっしゃるじゃないですかぁ。なんで今まで隠してたんですか?」
そうやって露骨に態度が変わることが嫌だったからだと眉を上げる代わりに、「はぁ」と悠生は曖昧に口を開いた。
「面倒だったんで」
「それって、すごく勿体ないですよぉ。もしよかったら、カラーとかパーマとかもされてみませんか? カットだけでももちろんですけど、ぐっとイメージ変わられると思いますよぉ」
カラーもパーマも悠生にはよくわからなかったが、この雰囲気なら変なものにはされないだろうと判断する。断るのが面倒だったことも相まって、「適当にお願いします」と告げる。
今の長兄はどんな髪型だっただろうかと考えてみたが、正解は思い浮かばなかった。一年ほど顔は見ていないからあたりまえなのだけれど。きっと、自分より笹原のほうがよく知っているのだろう。
――舞台鑑賞ね。
そんなマイナーな趣味を持つ人間がまさか隣人だとは思わなかった。けれど、この顔が好みだというのなら、ある意味ではいいことなのだ。
幾度目になるのか知れないことを言い聞かす。今まで利用するつもりなんて露ほどもなかった外見を、生まれてはじめて利用しようとしている。好きになった人の気を引くために。惨めだと思った。けれど、ここで止めるわけにはいかなかった。
――でも。
言い聞かせるように胸中で繰り返す。変わると決めたのだ。そのためになら、羞恥なんて呑み込むべきだ。そのくらいの覚悟がないと、停滞したままになってしまう。
一人きりの空間で立ち尽くす未来が恐ろしいのなら、自分の力で歩き出すしかない。いつまでも立ち止まっている自分の腕を引いてくれる誰かがいてくれるとは限らないのだから。手を差し伸べてくれる笑顔も、ずっと近くにあるわけがないのだから。
そうだ。変わる。
覚悟を決めて扉を押す。自分とは縁遠い世界の住人たちの視線が集中した気がした。
意識した瞬間に逃げだしたくなった身体に鞭を打って、受付足までを進める。垢ぬけた女性の営業用の笑みから視線を外さないように頑張って予約の旨を告げる。インターネットで知った人気店だ。促されるがままになにかのアンケートに記入して席に着く。眼鏡がないから、鏡に映る自分の顔はぼんやりとぼやけていた。けれど、そのほうがいいのかもしれない。
今日はどうされますか、との問いかけに、悠生ははっきりと返事をした。
「格好良くしてください」
羞恥心を捨てきった声は、いやに堂々と響いた。隣の席の客が雑誌から目を上げて鏡越しに悠生を見た気がしたけれど、笑いたければ笑えばいい。悠生は開き直った気分で、もう一度繰り返した。ここまで来たら、後戻りはできない。
「俺、ダサいんで。格好良くしてください」
視界を遮っていた長いだけの前髪がばさりと切り落とされていく。明瞭になるはずだった世界は、相変わらずぼやけていた。けれど、あらわになった顔に、担当美容師の声色が変わったことはわかった。そんなものなんだろうな、と思う。
「やだ、お兄さん、すごく良い素材を持ってらっしゃるじゃないですかぁ。なんで今まで隠してたんですか?」
そうやって露骨に態度が変わることが嫌だったからだと眉を上げる代わりに、「はぁ」と悠生は曖昧に口を開いた。
「面倒だったんで」
「それって、すごく勿体ないですよぉ。もしよかったら、カラーとかパーマとかもされてみませんか? カットだけでももちろんですけど、ぐっとイメージ変わられると思いますよぉ」
カラーもパーマも悠生にはよくわからなかったが、この雰囲気なら変なものにはされないだろうと判断する。断るのが面倒だったことも相まって、「適当にお願いします」と告げる。
今の長兄はどんな髪型だっただろうかと考えてみたが、正解は思い浮かばなかった。一年ほど顔は見ていないからあたりまえなのだけれど。きっと、自分より笹原のほうがよく知っているのだろう。
――舞台鑑賞ね。
そんなマイナーな趣味を持つ人間がまさか隣人だとは思わなかった。けれど、この顔が好みだというのなら、ある意味ではいいことなのだ。
幾度目になるのか知れないことを言い聞かす。今まで利用するつもりなんて露ほどもなかった外見を、生まれてはじめて利用しようとしている。好きになった人の気を引くために。惨めだと思った。けれど、ここで止めるわけにはいかなかった。
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