きっと世界は美しい

木原あざみ

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22.恒星(2)

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 美容院を出た足で、今度はコンタクトレンズを買った。物欲がない生活を送っていたから貯金に余裕はある。
 けれどいい加減にアルバイトを始めてもいいのかもしれない。元来の不器用さと協調性の無さから、尻込みしていたけれど、もう夏休みだ。親からの仕送りをあてにした節制生活を送り続けていくわけにもいかない。


 ――悠生は。

 勝手に蘇る声に、悠生は辟易して頭を振った。視界の端に色味の変わった毛先が映り込む。どんな色かの説明は受けたものの、よくわからなかった。
 鏡で見た分には、そこまで派手な色合いになっていなかったと思うのだけれど。もっさりとした元々の黒髪よりかは、きっとマシな仕上がりになっているのだろう。

 ――悠生は、真面目に勉強も頑張ってるんだしさ、アルバイトしなくても生活できるんだったら、無理してやらなくてもいいんじゃない? それで学業が疎かになったら、それこそ本末転倒っていうやつだし。

 なんだかんだと理由を付けてアルバイトを始めない自分に嫌気がさして、ぽろりとこぼしてしまったときのことだ。想像していたとおり、笹原は責めもせず悠生の欲していた言葉で慰めてくれた。甘えていたのだと、今になって心から思う。自分に対して嫌なことを言わない、自分を受け止めてくれる男の優しさに。
 けれど一方的に甘えてばかりで、俺はなにかしらを笹原に与えることができていたのだろうか。
 問われると、笑えるほどに自信がない。そして、それがどれほどの負担だったのだろうか、と。これもまたいまさらではあるものの、思い至ることができた。

 とは言えだ。いきなり飲食店でのアルバイトは敷居が高い。コンビニエンスストアのレジ打ちなども結局のところ接客業である。苦手ばかりを言ってはいられないが、はじめてのことを少しでも成功させるためには下準備は必要だ。
 アルバイト情報を調べるうち、目についたのは個別塾の講師だった。教育学部の学生、歓迎。煽り文句に、なるほどなと悠生は思った。
 時給だけなら高いが、授業準備にかける時間を鑑みると、ほかの接客業より割は悪いのだろう。けれど、教育学部の学生であれば、将来の教育実習に向けた予行演習にもなるし、おそらく通わせる生徒の保護者受けも良いのではないか。

 あまり明るい髪色にしなくてよかった。そんなことを考えて気を紛らわせながら、物は勢いだと悠生は応募ボタンを押した。子どもに勉強を教えるなんて無理だと言うことは簡単だけれど、現実として、数年後には教育実習が待っているのだ。今からでも少しずつ慣れておくことは良い判断に思えた。
 いつまでも、笹原を頼りにしていていいはずがないのだから。店員に勧められるがまま買った服装で問題はないだろう。こちらも、そこまで派手な服ではない。
 そこまで考えて、悠生はふっと息を吐いた。扇風機が回る音がいやに耳に付く。一人きりの部屋を広いと感じることがあるとは思わなかった。
 あの夜以降、この家の壁もドアも一度も鳴らされていない。
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