侯爵夫人は離縁したい〜拝啓旦那様、妹が貴方のこと好きらしいのですが〜

葵一樹

文字の大きさ
13 / 14

終章 侯爵夫人は離縁しない

しおりを挟む
 騎士団が盗賊達を討伐し、全てを片付けラスコーン侯爵邸に戻ってこれたのは翌朝のことだった。

 そして帰るなり、出迎えてくれたマリナにこっぴどく叱られた。

「全くお姉様ったら、昔っからそう! 私や家族の考えてることを一人で勝手に想像して勝手に納得して、挙句に良かれと思ってなんて言って行動して! 思い込みが激しすぎるんだから、あれって思ったらまず人に相談しなさいっていつも言ってるでしょう!」

 深層の令嬢、麗しい双子姫の片割れであるマリナはあたりの目を憚らず声を荒げていた。

 眉どころか目尻も吊り上げ、青筋を浮かべるなんていう姿は家族以外には見せたことがないはずだ。侯爵やマルシオなど他人がいるにも関わらず怒鳴っているということは、相当、いやもうものすごく怒っているということなのだろう。

 妹にここまで叱られることになった私は、ただひたすらに頭を下げた。


「ご、ごめんなさい……」

 ごめんじゃありません、とマリナはピシャリと言い放つ。

「で、今回は何? わたくしが侯爵様と思い合ってるなんて、一体どこからそんな誤解が生まれるっていうの! わたくしがお姉様の旦那様を奪おうなんて、そんなこと考えるわけがないでしょう!」
「ごめんなさい……貴女のお披露目パーティーで、二人が見つめあってるように見えて……。私たち、そっくりでしょう? だから陛下や使者の方が侯爵様の婚約申込先を間違えた可能性もあるのかしらって……」
「あの夜のこと? 早とちりもいいところよ。わたくしが見惚れていたのは彼、マルシオ様よ!」

 ね、とマリナは侯爵のマントを受け取っていたマルシオに同意を求める。急に話を振られたマルシオはびっくりしたように目を丸くしたけれど、すぐにくしゃりと顔を綻ばせて頭を掻いた。

「ま、マルシオ? え?」
「お姉様の旦那様のお付きの方だってすぐわかったわ。お父様に聞いたら男爵家の方だって言うから婿入りしてもらおうと思って」
「え、ちょっと待ってマリナ、え?」
「今回こちらに来たのは、お姉様の勘違いを確認するのと、マルシオ様に我が家への招待状をお渡しするつもりだったのよ! それなのに荷物もお姉様も一切合切盗賊に持って行かれるなんて、これが怒らずにいられるわけないでしょう!」
「マルシオを婿に?」

 マリナの宣言に今度は侯爵が目を丸くした。これは侯爵も聞いていないことらしい。慌てたように側の従僕とマリナとを交互に見比べている。

 マルシオが否定もしないということは、留守にしているうちに話がある程度まとまったということか。

 これは私もびっくりだった。しかしそんなのはお構いなしにマリナの説教は続く。矛先は私だけでなく侯爵にも向けられた。

「大体、侯爵様が見つめていた先というのはわたくしではなかったのでしょう?」
「う……、あ、いや、そ、そうです。私はあの夜、ルイーサ殿があまりに美しく見えてずっと目で追っていたので……」
「ほらごらんなさい。お姉様があの夜のうちにちゃんと侯爵様と私と話をしていれば、こんなややこしいことにならなかったんです」

 もう、とマリナは肩を怒らせたまま頬を膨らませた。

 双子とはいえ妹にここまで叱られてしまうと姉としての立つ背がない。しかし今回は本当に私の早とちりから始まったことで、全てがごもっともと言い返すこともできなかった。

 しょんぼりと私が肩を落とすと、頭上でマリナが深くため息をついた。そしてふわりと頭を抱きしめられる。そして耳元でお辛かったですねと優しく囁かれ、私の目頭はじわりと熱くなった。

「始まりはお姉様の勘違いでも、それはわたくしや侯爵様の幸せを願ってのことでしたよね。お一人で悩みを抱え込んで、ずっとわたくしのためにと考えてくださって、ありがとうございます。今回は本当にご無事でよかった」
「……マリナ」
「でも、今後は侯爵夫人としてもっと旦那様としっかりお話し合いをなさってくださいね」

 うん、と言いかけて私はマリナに頭を抱かれたまま横目で侯爵の方を窺った。

 廃砦で言われたことを思い出すとまだ頭が沸騰しそうになる。昂りを押さえられず、盗賊達が捕縛されたあと騎士達に混じって砦の片付けをして気持ちを落ち着けようとしたけれどダメだった。

 帰りの馬だって二人乗りで、ありえないほどに顔が近くて、心臓がうるさいくらい跳ねていた。

 これから先、この人と改めて夫婦として暮らしていくなんて、考えただけでも顔だけでなく全身から火を吹きそうなほど気恥ずかしい。

 どう返事をしたものかと思っていると、侯爵がふとこちらへ視線を投げた。目が合うと、綺麗に整った表情にふんわりと柔らかい微笑みが浮かんだ。 

 その瞬間、この人が好きだいう気持ちがすとんと胸に落ちてくる。

「うん」

 私はマリナにだけ聞こえるくらいの小さな声で返事をした。

 足元ではきゅうん、とリカルドが鼻を鳴らしている。盗賊によって布でぐるぐる巻きにされて植栽に隠されていたリカルドは、放たれるや否や私を乗せた馬の足跡とにおいを追跡してくれたという。

 そのおかげで国内にいくつか点在する廃砦のうち盗賊がアジトにしている場所が絞れたと、帰りの道すがらで侯爵が笑っていたっけ。

 ありがとう、とリカルドの頭を撫でると彼の尻尾が千切れんばかりに激しく振られた。それを見た途端、帰ってきたんだなぁと気が緩んだ。

「というわけでお姉様。侯爵様と離縁など、金輪際お考えにならないでくださいね」

 マリナがそう言い捨てて王都へと向かって馬車を出発させたのを見送ると、私はどっと疲れが溢れて意識を失った。

 この時私の身体を受け止めてくれたのが侯爵で、やっぱり真っ赤になりながらあわあわとしていたなんて話を聞いたのは後日のことである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

ローザリンデの第二の人生

梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。 彼には今はもういない想い人がいた。 私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。 けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。 あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。 吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。 ※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。) 1/10 HOTランキング1位、恋愛3位ありがとうございます。

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?

氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。 しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。 夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。 小説家なろうにも投稿中

夫が愛人を離れに囲っているようなので、私も念願の猫様をお迎えいたします

葉柚
恋愛
ユフィリア・マーマレード伯爵令嬢は、婚約者であるルードヴィッヒ・コンフィチュール辺境伯と無事に結婚式を挙げ、コンフィチュール伯爵夫人となったはずであった。 しかし、ユフィリアの夫となったルードヴィッヒはユフィリアと結婚する前から離れの屋敷に愛人を住まわせていたことが使用人たちの口から知らされた。 ルードヴィッヒはユフィリアには目もくれず、離れの屋敷で毎日過ごすばかり。結婚したというのにユフィリアはルードヴィッヒと簡単な挨拶は交わしてもちゃんとした言葉を交わすことはなかった。 ユフィリアは決意するのであった。 ルードヴィッヒが愛人を離れに囲うなら、自分は前々からお迎えしたかった猫様を自室に迎えて愛でると。 だが、ユフィリアの決意をルードヴィッヒに伝えると思いもよらぬ事態に……。

もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません~死に戻った嫌われ令嬢は幸せになりたい~

桜百合
恋愛
旧題:もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません〜死に戻りの人生は別の誰かと〜 ★第18回恋愛小説大賞で大賞を受賞しました。応援・投票してくださり、本当にありがとうございました! 10/24にレジーナブックス様より書籍が発売されました。 現在コミカライズも進行中です。 「もしも人生をやり直せるのなら……もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません」 コルドー公爵夫妻であるフローラとエドガーは、大恋愛の末に結ばれた相思相愛の二人であった。 しかしナターシャという子爵令嬢が現れた途端にエドガーは彼女を愛人として迎え、フローラの方には見向きもしなくなってしまう。 愛を失った人生を悲観したフローラは、ナターシャに毒を飲ませようとするが、逆に自分が毒を盛られて命を落とすことに。 だが死んだはずのフローラが目を覚ますとそこは実家の侯爵家。 どうやらエドガーと知り合う前に死に戻ったらしい。 もう二度とあのような辛い思いはしたくないフローラは、一度目の人生の失敗を生かしてエドガーとの結婚を避けようとする。 ※完結したので感想欄を開けてます(お返事はゆっくりになるかもです…!) 独自の世界観ですので、設定など大目に見ていただけると助かります。 ※誤字脱字報告もありがとうございます! こちらでまとめてのお礼とさせていただきます。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

愛を騙るな

篠月珪霞
恋愛
「王妃よ、そなた一体何が不満だというのだ」 「………」 「贅を尽くした食事、ドレス、宝石、アクセサリー、部屋の調度も最高品質のもの。王妃という地位も用意した。およそ世の女性が望むものすべてを手に入れているというのに、何が不満だというのだ!」 王妃は表情を変えない。何を言っても宥めてもすかしても脅しても変わらない王妃に、苛立った王は声を荒げる。 「何とか言わぬか! 不敬だぞ!」 「……でしたら、牢に入れるなり、処罰するなりお好きに」 「い、いや、それはできぬ」 「何故? 陛下の望むままなさればよろしい」 「余は、そなたを愛しているのだ。愛するものにそのような仕打ち、到底考えられぬ」 途端、王妃の嘲る笑い声が響く。 「畜生にも劣る陛下が、愛を騙るなどおこがましいですわね」

処理中です...