侯爵夫人は離縁したい〜拝啓旦那様、妹が貴方のこと好きらしいのですが〜

葵一樹

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9 炎の氷帝は漆黒の花嫁に愛を囁く

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 どれほど狡猾に盗みを働こうとも、どれほどたくさんの武器を持って武装しようとも、一介の盗賊団など正規の訓練を受けて組織された騎士団と戦えばひとたまりもない。

 騎士達が砦に雪崩こめば、もう勝負は決まったも同然だった。

 次々と捕縛される風体の悪い男どもを部下に任せ、ロカは砦の階段を駆け上がった。先ほどから建物の上の方で妙な音が響いている。それに一階の戦利品置き場にルイーサがいなかったのが気になった。

 どこだ、どこにいる。二階には人の気配がしない。もっと上かとロカはさらに階段を走った。

 むさくるしい男どもが見目麗しい伯爵令嬢を捕らえたら何をするか、身代金を請求するだけで終わるはずがない。

 華奢なルイーサの身体に男の手が伸びる想像をするだけでもハラワタが煮え繰り返り、目の前が真っ赤に染まるような気がした。

「俺だってまだ一回も彼女に触れる事を許されてないんだぞ……!」

 音を頼りに階段を駆け上がると、登り切ったところに二人の男いる。木槌を持ち扉を激しく叩いており、その音のせいかロカが近づいていることに気がついていないらしい。

 男の口からクソアマという言葉が聞こえることから、ルイーサはおそらくあの中だ。しかし男の言葉にロカは静かにブチ切れた。

 自分にとって唯一の愛しい妻を攫った挙句になんたる言い草だろう。剣は持ってきたがそれを振るう価値もない。男たちの背後に駆け寄ったロカは、その勢いのまま男たちの背を蹴り飛ばした。 

 うわあ、と情けない声を出しながら二人が階下へと転げ落ちていくのを確認すると、ロカは扉に視線を向けた。

 金属で補強してある丈夫そうな扉だが、散々あの二人が木槌で叩きまくったせいで板の継ぎ目が割れかけている。しかし扉が開いていないということは中から鍵でもかかっているのだろうか。 

 無事でいてくれ。

 神に祈りながらロカは扉を蹴破った。

 凄まじい音がして扉が外れた。中は暗く、ぬるい風が頬を撫でる。壊れた扉の隙間から松明の灯りが室内に差し込んだ。その先には赤いドレスを着て手に弓を握りしめた女が一人立っていた。

 ルイーサだった。いつもは綺麗にひと束に括られている髪が乱れている以外、ドレスは昨日見たままの様子だったし、怪我をしている様子もない。ただ酷く所在無さげに眉が下がって震えている。初めて見る顔だった。

 顔を見てほっと胸を撫で下ろしたつもりが、その表情のせいで無事なのかという一言が出ない。その代わり、がちゃりと自身の甲冑が鳴る。

 後ずさった妻を壁に追い詰めると、旦那様、というか細いルイーサの声がロカの鼓膜を震わせた。 

 その甘い声音で何かが決壊した。ルイーサ、と口にした名は声になっていただろうか。ロカは夢中でルイーサの細い身体を抱きしめた。戸惑ったように身を固くした妻の顎を掴み上向かせ、強引に唇を重ねる。

 今までのロカであれば考えれらない行動である。触れることも、顔を合わせることも気恥ずかしくて避けてきたというのに、無事な姿を見た激しく込み上げてくる気持ちに抑えがきかなくなった。

 はふ、とルイーサが呼吸を逃すように唇を開ける。そのわずかに開いた隙間にロカは自身の舌をねじこんだ。逃げ回るように動くルイーサの舌を絡め取りながら、唇は彼女の口を貪り続ける。

 柔らかな感触とその温かさは、ロカにとって初めての経験だった。愛しい妻とのふれあいに、堅物の英雄の頭はどんどんと煮えたぎっていくように熱くなる。

 しかし夢中になってルイーサの唇を吸っていると、突如側頭部に激痛が走った。

「何するんですか!」

 激しく脳を揺さぶられてチカチカと明滅する視界の中では、ルイーサが真っ赤な顔で拳を振り上げていた。

「え……」
「た、助けに来てくださったことは感謝します! で、でも、こんなことって、ひどいじゃないですか!」
「いや、待ってください……。すみません、でも、その、感極まってしまって」
「感極まるってなんなんですか! こんな、急に! 貴方の思う人はマリナでしょう! 顔が同じだからって、こんなこと……」

 ふしだらです、とルイーサが絶叫した。真っ赤になった顔を両手で覆い、わあっと突っ伏してしまう。ロカはオロオロしながら彼女の前に膝をついた。

「待ってください、ルイーサ殿。お嫌だったのなら謝ります。貴女の無事な姿を見た途端、その、嬉しくて」
「嫌だったんじゃないんです! でもだから嫌なんです! こんな気持ちに気がつく前に離れたかったのに! なんで好きでもない私に口付けなんてするんですか! 義務ですか! 形だけでも妻だからって!」

 まるで幼子のようにルイーサは拳を振り回した。それらはぽこぽことロカの甲冑を叩き、そして床に落ちていく。 

 怒られているというのに、不思議とロカの気持ちはほっこりとあたたかくなっていった。ルイーサの言葉一つ一つはどれも彼女の押し殺し続けた気持ちの表れで、それらの全てがロカを思っているのだと知らせてくれるようだ。 

 お互いにちゃんと向き合わず、言葉を交わさなかったことから捻れてしまった。

 だからもうはっきりと言わなくてはいけない。ロカは泣きじゃくるルイーサの肩に手をかけた。

「き、聞いてください、私が口下手を理由に貴女と向き合わなかったからいけないんですが」

 やめて、とルイーサがロカを遮る。

「いいんです! 貴方が悪いんじゃないんです、こんな気持ちになるくらいだったらさっさと逃げればよかった! でもなんで助けになんかくるんです! 私が攫われた隙にあの子を私の代わりにして、私のことなんて放っておけばよかったのに!」
「いや、待ってくださいルイーサ殿。落ち着いて。妹君を貴女の代わりになんてそんなことできるわけないじゃないですか。いいですか、私はーー」
「綺麗事なんて聞きたくありません! だって、だって貴方がマリナを好きだなんてこと、もう私知ってるんですから!」

 何を話そうと聞く耳を持とうとしないルイーサに、ロカは「そうではなく!」と声を荒げた。

「私が心惹かれて妻にと望んだのは貴女です! 他の誰でもない、ルイーサ殿おひとりです!」

 言い切ってしまった途端に顔が熱くなる。突然大声を出したロカに驚いたのか、ルイーサはぽかんと目を丸くしてこちらを見上げた。

 涙で潤む菫色の瞳が所在無さげに揺れ、その中にこれまた酷く狼狽した表情の銀髪の騎士が映っている。

 気恥ずかしさに死にそうな気持ちになるがここでやめるわけにはいかない。ロカは腹を括った。

「あ、貴女がなにをどう勘違いされているのかは知りません。もし過去の私に貴女を怒らせてしまう言動があったのなら、平身低頭お詫びするしかない。ただ信じてください。私は国王陛下が開いてくださった凱旋の夜会で貴女に初めてお目にかかったときから貴女をお慕いしています」
「……で、でも……だって……」

 口下手な自覚はありすぎる。伝わっているかもわからない。

 それでもなお何か言い募ろうとしたルイーサを遮ってロカは続けた。

「貴女が見せた思いやりと気品に心打たれました。妻にするなら貴女しかいないと確信しました。だから陛下に無理を言って、貴女のお父君に貴女との婚約を申し込んでもらったのです。それだけです。それ以外の事実はありません」

 貴女を愛しているんです、とやっとのことで紡ぎ出したロカが瞬きすると、腕の中にいる黒髪の姫君は耳まで真っ赤になって項垂れたのだった。
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