侯爵夫人は離縁したい〜拝啓旦那様、妹が貴方のこと好きらしいのですが〜

葵一樹

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終章 侯爵夫人は離縁しない

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 騎士団が盗賊達を討伐し、全てを片付けラスコーン侯爵邸に戻ってこれたのは翌朝のことだった。

 そして帰るなり、出迎えてくれたマリナにこっぴどく叱られた。

「全くお姉様ったら、昔っからそう! 私や家族の考えてることを一人で勝手に想像して勝手に納得して、挙句に良かれと思ってなんて言って行動して! 思い込みが激しすぎるんだから、あれって思ったらまず人に相談しなさいっていつも言ってるでしょう!」

 深層の令嬢、麗しい双子姫の片割れであるマリナはあたりの目を憚らず声を荒げていた。

 眉どころか目尻も吊り上げ、青筋を浮かべるなんていう姿は家族以外には見せたことがないはずだ。侯爵やマルシオなど他人がいるにも関わらず怒鳴っているということは、相当、いやもうものすごく怒っているということなのだろう。

 妹にここまで叱られることになった私は、ただひたすらに頭を下げた。


「ご、ごめんなさい……」

 ごめんじゃありません、とマリナはピシャリと言い放つ。

「で、今回は何? わたくしが侯爵様と思い合ってるなんて、一体どこからそんな誤解が生まれるっていうの! わたくしがお姉様の旦那様を奪おうなんて、そんなこと考えるわけがないでしょう!」
「ごめんなさい……貴女のお披露目パーティーで、二人が見つめあってるように見えて……。私たち、そっくりでしょう? だから陛下や使者の方が侯爵様の婚約申込先を間違えた可能性もあるのかしらって……」
「あの夜のこと? 早とちりもいいところよ。わたくしが見惚れていたのは彼、マルシオ様よ!」

 ね、とマリナは侯爵のマントを受け取っていたマルシオに同意を求める。急に話を振られたマルシオはびっくりしたように目を丸くしたけれど、すぐにくしゃりと顔を綻ばせて頭を掻いた。

「ま、マルシオ? え?」
「お姉様の旦那様のお付きの方だってすぐわかったわ。お父様に聞いたら男爵家の方だって言うから婿入りしてもらおうと思って」
「え、ちょっと待ってマリナ、え?」
「今回こちらに来たのは、お姉様の勘違いを確認するのと、マルシオ様に我が家への招待状をお渡しするつもりだったのよ! それなのに荷物もお姉様も一切合切盗賊に持って行かれるなんて、これが怒らずにいられるわけないでしょう!」
「マルシオを婿に?」

 マリナの宣言に今度は侯爵が目を丸くした。これは侯爵も聞いていないことらしい。慌てたように側の従僕とマリナとを交互に見比べている。

 マルシオが否定もしないということは、留守にしているうちに話がある程度まとまったということか。

 これは私もびっくりだった。しかしそんなのはお構いなしにマリナの説教は続く。矛先は私だけでなく侯爵にも向けられた。

「大体、侯爵様が見つめていた先というのはわたくしではなかったのでしょう?」
「う……、あ、いや、そ、そうです。私はあの夜、ルイーサ殿があまりに美しく見えてずっと目で追っていたので……」
「ほらごらんなさい。お姉様があの夜のうちにちゃんと侯爵様と私と話をしていれば、こんなややこしいことにならなかったんです」

 もう、とマリナは肩を怒らせたまま頬を膨らませた。

 双子とはいえ妹にここまで叱られてしまうと姉としての立つ背がない。しかし今回は本当に私の早とちりから始まったことで、全てがごもっともと言い返すこともできなかった。

 しょんぼりと私が肩を落とすと、頭上でマリナが深くため息をついた。そしてふわりと頭を抱きしめられる。そして耳元でお辛かったですねと優しく囁かれ、私の目頭はじわりと熱くなった。

「始まりはお姉様の勘違いでも、それはわたくしや侯爵様の幸せを願ってのことでしたよね。お一人で悩みを抱え込んで、ずっとわたくしのためにと考えてくださって、ありがとうございます。今回は本当にご無事でよかった」
「……マリナ」
「でも、今後は侯爵夫人としてもっと旦那様としっかりお話し合いをなさってくださいね」

 うん、と言いかけて私はマリナに頭を抱かれたまま横目で侯爵の方を窺った。

 廃砦で言われたことを思い出すとまだ頭が沸騰しそうになる。昂りを押さえられず、盗賊達が捕縛されたあと騎士達に混じって砦の片付けをして気持ちを落ち着けようとしたけれどダメだった。

 帰りの馬だって二人乗りで、ありえないほどに顔が近くて、心臓がうるさいくらい跳ねていた。

 これから先、この人と改めて夫婦として暮らしていくなんて、考えただけでも顔だけでなく全身から火を吹きそうなほど気恥ずかしい。

 どう返事をしたものかと思っていると、侯爵がふとこちらへ視線を投げた。目が合うと、綺麗に整った表情にふんわりと柔らかい微笑みが浮かんだ。 

 その瞬間、この人が好きだいう気持ちがすとんと胸に落ちてくる。

「うん」

 私はマリナにだけ聞こえるくらいの小さな声で返事をした。

 足元ではきゅうん、とリカルドが鼻を鳴らしている。盗賊によって布でぐるぐる巻きにされて植栽に隠されていたリカルドは、放たれるや否や私を乗せた馬の足跡とにおいを追跡してくれたという。

 そのおかげで国内にいくつか点在する廃砦のうち盗賊がアジトにしている場所が絞れたと、帰りの道すがらで侯爵が笑っていたっけ。

 ありがとう、とリカルドの頭を撫でると彼の尻尾が千切れんばかりに激しく振られた。それを見た途端、帰ってきたんだなぁと気が緩んだ。

「というわけでお姉様。侯爵様と離縁など、金輪際お考えにならないでくださいね」

 マリナがそう言い捨てて王都へと向かって馬車を出発させたのを見送ると、私はどっと疲れが溢れて意識を失った。

 この時私の身体を受け止めてくれたのが侯爵で、やっぱり真っ赤になりながらあわあわとしていたなんて話を聞いたのは後日のことである。
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