仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん

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3 私が予約した席で

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 ――距離を置こう。

 その言葉は、事実上の別れの宣告と同じだった。

 胸に大きな穴があいたみたいで、ふとした瞬間に涙が零れる。
 それでも仕事には行かなければならず、心を引きずりながら、無理に笑顔を貼りつける毎日が続いた。

(帰りたい……。地元に、戻りたい……)

 そんな弱音が、夜ごと心をよぎる。
 けれど、両親の反対を押し切って上京した手前、「失恋したから帰る」なんて、到底言えるはずがなかった。



 ◇ ◇ ◇



 私は小さな広告制作会社のデザイン制作部で働いている。
 アシスタントデザイナーとして入社して二年。
 同じ部署には、個性豊かな仲間たちがいた。
 華やかな業界とはいえ、地味な下積み仕事ばかりだけど、それでも手を動かしている間だけは、心の痛みを忘れられた。

 そんなある日。
 職場の休憩室で、同僚四人と恋の話題になった。
 社内でも外でもモテている彼女たちは、きらきらした笑顔で楽しげに語り合っている。


「紬は、長年付き合ってる彼氏とどうなの?」


 問いかけてきたのは、凛とした長身の黒髪美人――高坂凛音こうさかりんね
 彼女は、私が上京したときに何かと世話を焼いてくれた、一番の理解者だ。


「高校生の頃から十年も続いてるんでしょ? 今時、純愛だよねー!」

「そろそろ結婚も考えてる?」

「スピーチは、私たちに任せてよ」


 同僚たちは勝手に盛り上がっていた。
 私が高校時代からの恋人を追いかけて上京したことは、みんなが知っている。
 けれど――実際は、彼女たちが想像するような「純愛」とは、ほど遠かった。

 嘘をついているような罪悪感に耐えかねて、私は意を決して打ち明けることにした。


「……実はね、彼氏に『距離を置きたい』って言われちゃって」


 その瞬間、休憩室の空気が一変した。
 ここ最近の話をすれば、瞬く間にみんなの表情が険しく変わった。
 中でも凛音は、怒りを隠そうともしなかった。


「はあっ!? それって彼女じゃなくて、ただの家政婦扱いじゃない!」

「ずっと支えてきた紬を蔑ろにするなんて、信じられない……」

「そんな男、地獄に落ちればいいのよ!」


 思いがけず声を荒げてくれる彼女たちを前に、私はきょとんとした。
 そして、こみ上げるものを押さえきれず、少し笑ってしまった。

 ――怒ってくれる人がいる。
 それだけで、胸のつかえがほんの少し軽くなる。


「ほら、今日は私たちがご飯に連れてってあげるから。美味しいもの食べて、元気出そう?」


 その気遣いが、心に沁みた。
 倫太郎を支えるためだけに上京したと思っていたけれど、私にはもう、別の大切な縁ができていたのだ。
 それを嬉しく思えた自分に、少し救われる。

 ――もっと大切にしていこう。
 恋人に尽くすばかりじゃなく、私を見てくれる人たちとの時間を……。



 そうやって日常を取り戻そうとしていた矢先。
 私は、ひとつ大きなミスに気づいた。

(あっ……ディナーの予約、キャンセルしてない!)

 失恋のショックで頭が回らず、二十五日のディナー予約を放置していたのだ。
 しかもその店は、倫太郎の職場からほど近い、高級レストラン。


「もし、倫太郎に会ったらどうしよう。……ストーカーだと思われるかもっ」


 胸がざわめく。
 まだ彼を完全に忘れられていない証拠だった。


「大丈夫よ。私が一緒に行くから」


 凛音りんねが付き合ってくれることになり、ホッとする。
 今回は店に迷惑をかけずに済みそうだ。



 仕事が終わった後、私は凛音と共に、倫太郎との思い出のレストランに向かった。
 先に店に入ると、案内係の若い女性スタッフが私を見るなり、あわてたように目を泳がせる。


「……あ、あの」


 彼女が何か言いかけた瞬間、私はその視線の先に気づいた。

 ――いた。

 倫太郎だ。


「なんで、いるの……?」


 私は呆然と立ち尽くす。

 あれほど会いたいと願っても、忙しいの一点張りで会えなかったのに――どうして、今ここにいるの。

 しかも、その隣には、派手なドレスをまとった女性がいた。
 ふたりはワインを傾け、まるで恋人同士のように微笑み合っている。

 頭が真っ白になる。

(忙しいはずじゃ、なかったの……?)

 しかも、私たちが毎年の記念日にだけ訪れてきた、特別な場所で。
 大切にしてきた思い出が、無残に汚された気がした。
















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