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24 名乗りを上げる 《利仁side》
しおりを挟むその後、広瀬さんが僕の家に泊まることになり、日用品の買い出しにも付き添った。
柔軟剤や洗剤など、重い荷物を抱えて帰るのは大変だろうと思い、僕はつい「車があるから、どれだけでも」と声をかけた。
広瀬さんは最初こそ楽しそうにカゴへ物を入れていたが、いつの間にか口数が減っていた。
(……しまった。余計なことをしたかもしれない)
世話を焼きすぎたのだと反省しかけたとき、彼女の瞳が潤んでいることに気づいた。
「……ごめんなさい。なんだか、胸がいっぱいになっちゃって……」
「っ、」
その瞳は、以前のような悲しみではなく、光を取り戻したようにきらきらと輝いていた。
その瞬間――僕は、自分が彼女を笑顔にしたいと思っていることを、はっきりと自覚した。
それでも、時折見せる寂しげな表情の裏に、西橋の影を感じてしまう。
高坂さんの話では、広瀬さんはまるで母親のように彼の世話をしていたらしい。
きっと掃除も洗濯も、日用品の買い出しも、全て彼女が担当していたのだろう。
「あの、神崎さん! 私の荷物ですから、私が持ちます!」
重い荷物を持つことなど僕にとって当然なのに、彼女は自分が持とうと必死だった。
“誰かに頼る”ことに慣れていないその姿が、どこか健気で、愛おしい。
「広瀬さんにそんなことをさせたら、僕は周りの人に“あの人ってひどい男だな”って思われますよ?」
冗談めかして笑うと、彼女は困ったように目を伏せた。
「それなら……せめて、何かお礼をさせてください」
その言葉を聞いたとき、僕はふとひらめいた。
――彼女にお弁当を作ってもらえばいい。
あのとき言えなかった「美味しかった」を、ようやく伝えられるかもしれない。
そして、もうひとつ。
広瀬さんに付きまとう西橋が、当たり前に思っていた“普通の弁当”を目にしたとき――どんな顔をするのだろう。
(……僕って、こんなに意地の悪い人間だっただろうか)
彼女が僕のために作ってくれたお弁当を、社内でさりげなく自慢するつもりでいた。
彼女を都合よく扱ってきた男に、そろそろ現実を教える頃だ。
彼女を本気で想う人間が、ここにいるという現実を。
――明日、僕は“ライバル”として名乗りを上げる。
……そんな風に意気込んでいたのだが。
昼休憩にお弁当箱の蓋を開けた瞬間、その思いは吹き飛んでいた。
(卵焼きが……ハートだ)
僕の好物である肉団子には、おしゃれなピックが刺してある。
盛りつけも彩りも、西橋のときに見たものとは明らかに違っていた。
僕へのお弁当のほうが、手が込んでいる。
「うわっ、どうしよう。……嬉しすぎる」
にやけそうになる口元を隠しながら、思わずつぶやく。
広瀬さんは知らないだろうが、僕はこの“違い”に気づいていた。
「あれ? 神崎さん、今日は弁当ですか?」
柿谷が声をかけてくる。
その声に反応して、ほかの部下たちも僕のお弁当に注目した。
「ああ、うん。最近外食が多かったから、お願いして作ってもらったんだ」
「そんなんですね。もしかして……彼女ですか?」
今はまだ違う。
けれど、いつかはそうなりたいと願いながら、僕は笑うだけにとどめた。
「っ、ついに神崎さんに本命が!?」
「おめでとうございます!!」
社員たちの驚きと祝福の声が上がる。
――全員、男性だったけれど。
ただ、西橋はというと。
ファミレスで広瀬さんに嘘をついた件を追求されることを恐れているのか、僕から逃げ回っている。
せっかくこの手の込んだお弁当を見せて、失ったものの大切さに気づかせてあげようと思ったのに、実に残念だ。
「いただきます」
一口一口、噛み締めるように食べる。
そしてすぐに、彼女へメッセージを送った。
『お弁当、すごく美味しかったです。ありがとうございます』
『まず、彩りが綺麗で、最初は食べるのを躊躇してしまって……。写真に収めてから食べました』
『好物の肉団子は、僕の好みの味付けで、本当に美味しかったです。もっと食べたかったくらい』
『ご飯の量とおかずのバランスもちょうどよくて、大満足でした』
『あと、卵焼きが可愛かったです』
嬉しすぎて、メッセージアプリで味の感想をたくさん送ってしまった。
(……ほんと、僕はどうしようもないな)
読み返してみると、馬鹿みたいにはしゃいでしまっていたことに気づき、恥ずかしくなった。
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