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39 向き合うとき
しおりを挟む助手席の窓の外は、どこまでも白い世界だった。
降り続く雪が、視界と音をゆっくり奪っていく。
街道沿いの木々も、田んぼも、屋根の上の瓦さえも、まるで息を潜めるように雪をまとっている。
(……帰ってきたんだ)
都会では感じなかった湿り気を含んだ空気が、懐かしさと不安を同時に連れてくる。
見慣れたはずの景色なのに、胸の奥がきゅっと締めつけられた。
仕事納め直後の休暇で、私は利仁さんと一緒に、私の地元へ向かっていた。
両親に、彼を紹介するためだ。
フロントガラスに落ちる雪の粒を、ぼんやりと目で追う。
その反射の向こうで、幼いころの記憶がゆらゆら浮かんでは消えた。
(父さんと……向き合うときが来たのね)
心の中で、そっとつぶやく。
本当は、倫太郎と別れたことも、すぐに伝えるべきだった。
でも、地元を離れるとき、私は両親に反対されながらも「彼を支えたい」と言って上京した。
それが今さら――“浮気されて別れました”なんて、言えるはずもなかった。
(利仁さんとのこと、認めてくれるかな……)
また反対されることを想像すると、指先が少し震えてしまう。
私の選択が、父と母にどう思われるか。
そのことばかり気にしてしまう。
――両親が大好きだからこそ、怖い。
高速を降りたところで、車がゆっくり停まった。
休憩だと思っていると、利仁さんが私の手をそっと握る。
「……すみません。僕が婚約を急かしたせいで、悩ませてしまって」
「えっ、」
指先には確かな力が込められていた。
「西橋の言葉なんて、気にしなくていい。そう思っていたはずなのに……。紬さんが、“僕に恋人のふりをしてもらってるだけ”なんて思われるのが、嫌で……。だから僕は、はっきり形にしたかったんです。僕の想いを、この世のすべての人に、ちゃんとわかってほしかった」
「っ、」
その言葉に、息が止まる。
利仁さんから、深い愛情が伝わってくる。
それはきっと、私が想像していた以上の強い想いだった。
「婚約を急いだのは、僕のわがままです。でも、これで紬さんが自信を持ってくれるなら、それでいいと思ったんです」
利仁さんはゆっくり、確かめるように続ける。
「だから、今不安に思っていることを……僕に教えてくれませんか?」
「っ……」
まるで、私の心の奥を覗き込むようだった。
張り詰めていたものが、すこし溶けていく。
「お母さんは、私が幸せならそれでいいっていう人なんです。利仁さんのことは、あたたかく迎えてくれると思います。でも、父は……」
私は過去をすべて話した。
父との関係がぎくしゃくしていること。
倫太郎を支えるために家を出たのに、別の人と未来を選ぶことが認めてもらえるか不安なこと。
子どもの頃のように、もう一度父と仲良くしたいこと――。
全てを話すと、利仁さんは静かに頷いた。
「きっとお父様も、同じ気持ちだと思いますよ。うまく言葉にできないだけで……。そこは僕も一緒に、話を聞けたらと思っています」
心強い言葉で胸の奥がいっぱいになり、私は思わず利仁さんに抱きついた。
「……利仁さん、ありがとうございますっ」
優しく髪を撫でられ、心地よくて目を伏せる。
「……甘える紬さんも、可愛いな」
「ッ!!」
耳元で囁かれた声に、心臓が跳ねる。
何度触れ合っても慣れない。
でも離れたくなくて、私はしばらくその温もりに身を預けた。
◇ ◇ ◇
「ただいま」
「紬! おかえりーっ!」
玄関の扉を開けると、母は笑顔で迎えてくれた。
実家に帰ること、恋人を紹介したいことは、事前に母へ連絡していた。
けれど――利仁さんを見た瞬間、母はぴたりと動きを止めた。
「母さん?」
「あっ、ごめんなさい……。俳優さんかと思って」
そわそわしだした母の様子に、思わず小さく笑ってしまう。
イケメンに弱いのは昔からだ。
「わざわざこんな田舎まで来てくださって……。遠かったでしょう。さあ、入って入って!」
張り切ってキッチンへ向かう母。
その奥で、父がコーヒーを淹れていた。
視線が合う。
けれど、その目はどこかぎこちない。
「……帰ってきたか」
「うん。……ただいま」
それきり、言葉は続かなかった。
――“男のために、人生を狂わせるな”
過去の父の言葉が、胸の奥で鈍く響く。
心配をかけるのも、失望させるのも怖くて。
私は自分から距離を置いてしまった。
けれど父もまた、何か言いたげなのに、言葉を探しているようだった。
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