期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん

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70 ミランダ

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 よく見れば、レオーネ伯爵家で雇っていた大半の使用人が、平民にこき使われていたのだ。
 驚いているうちに、ベルトランドがフラフラと倒れ込んだ。
 しかし助けるどころか、平民が寄ってたかって罵詈雑言を浴びせる。
 信じられない光景に、ミランダは馬車から飛び出していた。

「ちょっとあなたたちッ! やめなさいッ!」

「っ、ミランダ様っ……!!」

 ぱあっと目に光が戻ったベルトランドだったが、額の焼印が痛々しい。
 さらに臭いも強烈だ。
 しかし、ベルトランドがミランダを裏切っていないことがわかり、安堵していた。

「ああ? 額の焼印が見えないのか? コイツは社会奉仕中の重罪人だぞ? それなのに、やめろだなんて……アンタは馬鹿か?」

 小汚い男に、心底馬鹿にしたように言われたミランダは、カッと頭に血が上る。

「っ、誰に口を聞いているの!? 私は、レオーネ伯爵夫人よッ!!」

 名を聞いた瞬間、顔を見合わせた平民たちがゲラゲラと笑い始める。
 そして一斉に憎悪の目を向けられた。
 相手が貴族だとわかれば平伏すと思っていたミランダは、大勢の圧にたじろいでいた。

「レオーネ伯爵ぅ~? 名前だけの貴族だろ?」

「~~ッ!!」

「俺たちの領主様は、ジラルディ公爵なんだよ!」

 伯爵なんぞすっこんでいろとばかりに、そうだそうだ、とヤジが飛ぶ。
 領地を没収され、名ばかりの弱小貴族と思われても仕方がないのだが、平民よりは上なのだ。
 以前まで搾取していた者たちから見下されたミランダは、怒りで顔が真っ赤に染まっていた。

「コイツらはな、公爵様の指示で働いているんだ! それなのに、やる気が一切感じられないんだから、当然の結果だろうがッ!」

「っ……なんですって!?!?」

 ベルトランドに酷い仕打ちを与えたのは、助けを求めようとしていた相手の指示だった。
 領民が嘘を言っているようには思えないが、とにかく確認しなければならない。
 帰れと石を投げつけられたミランダは、ベルトランドの泣き叫ぶ声を背に、慌てて馬車に乗り込んでいた。

(必ず助けるわ、ベルト……。少しの辛抱よっ)

 橙色の瞳から、ほろりと涙が溢れる。
 気分は悲劇のヒロイン状態のミランダは、動き出した馬車の窓から、愛する人を見つめていた――。

「……なにがあったんだ?」

 馬車の中で隠れていたフィリッポが、恐る恐る声をかけてくる。
 領民を騙し続けてきたレオーネ伯爵は、領民からそれはそれは嫌われている。
 フィリッポ自身もそのことを知っているため、ミランダを助けに行かなかったのだ。

「私たちの大切な使用人が、犯罪者として扱われていたのっ! それも閣下の指示でっ!」

「……はあ?」

 ミランダの話が理解できないとばかりに、フィリッポは間抜け面を晒す。
 泣きつくミランダを慰めるフィリッポだったが、なにをそんなに悲しんでいるのかわからなかった。
 なにせフィリッポにとっての使用人は、替えのきく存在でしかないからだ。

「まあ。使用人なんて、また雇えばいいだろ?」

 フィリッポがけろりとした顔で答え、ミランダの怒りが頂点に達した。

「っ…………ふざけないでよッ!! フィリが、そんな最低なことを言う男だとは思っていなかったわッ!! もう話しかけないでッ!!」

「……へ!?」

 見損なったと怒鳴るミランダと、なにがいけなかったのかがわからず、ひたすらおろおろとするフィリッポ。
 誰もいない邸に戻り、険悪な空気の中ジラルディ公爵夫夫を待つことになった。


 ――そして五日後。


 ようやくジラルディ公爵夫夫が到着したと、御者から話を聞いたミランダは、五日前と同じ衣装で馬車に乗り込む。
 使用人がいないため、ふたりは湯浴みもできず、香水を振り撒いて誤魔化していた。

「「「公爵様~ッ!!」」」

 暫くして、領民の大歓声が聞こえて来る。
 どこにいるか探すまでもなかった。
 ミランダの時も、違った意味で平民は集まって来ていたが、比ではなかった。

(英雄だからって、そんなに偉いの!? 顔面凶器のくせにっ)

 英雄ゆえに持て囃されていると思っているミランダだが、たった数ヶ月でレオーネ領の問題点を解決しているのだ。
 戦場の鬼神は、新たな領主として既に領民の心を掴んでいた。

 ガンッと座席を蹴れば、フィリッポがびくりと怯えていたが、ミランダは無視する。
 ベルトランドを助けることで頭がいっぱいだったミランダは、すっかり忘れていた。
 誰のおかげで伯爵夫人になれたのかを――。


 この時、優先する相手を間違えたミランダは、愛人とお揃いの焼印を押されることが確定していた。













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