1 / 28
1 愛する妻が消えた
しおりを挟む今日は、私の第一夫人であるアナスタシアとの三回目の結婚記念日。
永遠に一緒に居たいと、手には白薔薇を九本。
彼女の性格のように、真っ直ぐに伸びる美しい銀髪にさぞ似合うことだろう。
「ありがとうございます、ジェフリー様」と、いつもの可憐な笑顔を想像するだけで頬が緩む。
別邸に向かう足取りは軽やかだが、部屋の明かりが灯っていないことに首を傾げる。
病弱なアナスタシアは、一年前から本邸から五分もかからない場所にある別邸で療養している。
読書をしたり花を愛でることが好きで、夜会以外は基本的に邸で過ごしている為、出掛けることは滅多にない。
もしかして、私との記念日を忘れて寝てしまっているのだろうか?
一瞬アナスタシアを疑ってしまったが、私を心から愛してくれている彼女に限って、忘れたという可能性はゼロに近いだろう。
去年も一昨年も、永遠に共にいようと愛を語り合ったのだ。
となれば、今日は普段より具合が悪いのかもしれない。
使用人が付いているはずだが、彼女の体調が心配になり、早足で向かう。
「ナーシャ? 大丈夫か?」
邸の扉を叩くが、使用人が誰も出迎えないことに、やはり彼女に何かあったのだと嫌な予感が的中する。
慌てて日当たりの良い彼女の部屋まで走り、ノックもなしに扉を開いた。
「…………ナーシャ?」
彼女の瞳の色に合わせた薄紫色の壁紙の部屋からは、いつものラベンダーのような良い香りが漂っている。
だが、部屋には誰も居ない。
どこかへ出掛けているのだろうか?
彼女が出掛けるときは、体調を崩すといけないから、必ず私に連絡を寄越せと使用人には口を酸っぱくして言ってあったのだが。
職務怠慢だな、と憤るが、よくよく考えれば、アナスタシアに付いていた我が家の優秀な使用人達が誰一人としていない。
三年前にアナスタシアと共に来た侍女は、いつものように彼女の傍についているだろうが、他に誰もいないのは明らかにおかしい。
だが、私が記念日や誕生日に贈った指輪や小物類は、全て飾られたままだ。
それならば、やはり出掛けているのだろうか?
もしや、結婚記念日を盛大に祝う為に、皆で隠れて私を驚かせようとしているのかもしれない。
お茶目なところも可愛らしい、と思いながら、慌てたフリをしつつ、呼びかける。
「おーい! 可愛い私のナーシャ。出てきておくれ、寂しくて死んでしまいそうだよ」
わざとらしく泣きそうな声で呼んでみたが、一向に返事はないし、物音一つしない。
どれだけ本格的なんだ、と内心笑いながら邸内を歩くことにした。
優秀な使用人を手配していたおかげで、邸内は綺麗に清掃されており、清潔感に溢れている。
浪費を嫌うアナスタシアの為の別邸は、豪華な家具に囲まれた本邸よりも格段に過ごしやすい。
本来ならば私もここで過ごしたいが、彼女の体調の為に我慢している。
ふと執事の部屋の扉が開いていることに気付き、ここに隠れているのだなとくすりと笑う。
「みんなどこにいるんだ?」
ちらりと顔を覗かせたが、部屋には私物が一切なく、私が用意した家具だけが寂しげに並んでいた。
どういうことだ。
この部屋には、一年前に引き抜いた優秀な執事──アーノルドがいたはずだ。
嫌な汗が流れるまま、机に並べられた白い封筒が視界に入る。
「退職届、だと?」
それもアーノルドだけではない。
アナスタシアの傍にいた三十名、全ての使用人の名が記されている。
破るように開けて、中を確認する。
『お約束通り、本日をもって退職致します』
アーノルドの退職届にはたった一行で、状況が全く理解できない。
メイドや料理人、庭師までもが退職することになった理由はなんだ。
まさか、アナスタシアが原因か?
学生時代は悪質な虐めをするような女性だと聞いてはいたが、共に過ごせばそんな女性ではないことはわかるはずだ。
全て同じような内容の書かれた退職届を読み進め、最後に庭師のジョナサンの封を切れば、信じられない内容に目を見開いた。
『アナスタシア様の好きな花はネモフィラです。もし今、貴方様が白薔薇をお持ちでしたら、アナスタシア様のことは探さないで下さい。彼女の幸せを願うのならば……』
手にしていた白薔薇の花束を握りしめる。
なぜ夫婦のことを、庭師に口出しされなければならないのだ。
アナスタシアは、私からの白薔薇をいつも喜んで受け取っていたではないか。
不快な手紙を破り捨て、再度アナスタシアの部屋に向かう。
怒りのままに足を踏み鳴らすが、彼女の机に一通の封筒が置かれていることに気付いた。
真っ白な机に、同じように真っ白な封筒だった為、見落としていた。
嫌な予感に、震える手で封を切る。
中を見た私は、ずっと握りしめていた白薔薇を力なく落とした。
離縁が成立した知らせだった。
私への言葉は一言もない。
ただ、遠く離れても息子のジェイクの幸せを願っている。と記されていた。
「なぜだ、なぜなんだ……ナーシャ」
毎年二人きりで過ごしていた穏やかな時間は、たった一枚の紙切れを残して消え去ってしまった。
570
あなたにおすすめの小説
『恋心を凍らせる薬を飲みました』 - 残りの学園生活、どうぞご自由にお遊びください、婚約者様
恋せよ恋
恋愛
愛されることを諦めた。だから、私は心を凍らせた。
不誠実な婚約者・ユリアンの冷遇に耐えかねたヤスミンは、
伝説の魔女の元を訪れ、恋心を消し去る「氷の薬」を飲む。
感情を捨て、完璧な「人形」となった彼女を前に、
ユリアンは初めて己の罪と執着に狂い始める。
「お願いだ、前のように僕を愛して泣いてくれ!」
足元に跪き、涙を流して乞う男に、ヤスミンは冷酷に微笑む。
「愛?……あいにく、そのような無駄な感情は捨てましたわ」
一度凍りついた心は、二度と溶けない。
後悔にのたうち回る男と、心を凍らせた冷徹な公爵夫人の、
終わりのない贖罪の記録。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
本日、私の妹のことが好きな婚約者と結婚いたしました
音芽 心
恋愛
私は今日、幼い頃から大好きだった人と結婚式を挙げる。
____私の妹のことが昔から好きな婚約者と、だ。
だから私は決めている。
この白い結婚を一年で終わらせて、彼を解放してあげることを。
彼の気持ちを直接聞いたことはないけれど……きっとその方が、彼も喜ぶだろうから。
……これは、恋を諦めていた令嬢が、本当の幸せを掴むまでの物語。
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」と言われたので別れたのですが、呪われた上に子供まで出来てて一大事です!?
綾織季蝶
恋愛
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」そう告げられたのは孤児から魔法省の自然管理科の大臣にまで上り詰めたカナリア・スタインベック。
相手はとある貴族のご令嬢。
確かに公爵の彼とは釣り合うだろう、そう諦めきった心で承諾してしまう。
別れる際に大臣も辞め、実家の誰も寄り付かない禁断の森に身を潜めたが…。
何故か呪われた上に子供まで出来てしまった事が発覚して…!?
白い結婚をめぐる二年の攻防
藍田ひびき
恋愛
「白い結婚で離縁されたなど、貴族夫人にとってはこの上ない恥だろう。だから俺のいう事を聞け」
「分かりました。二年間閨事がなければ離縁ということですね」
「え、いやその」
父が遺した伯爵位を継いだシルヴィア。叔父の勧めで結婚した夫エグモントは彼女を貶めるばかりか、爵位を寄越さなければ閨事を拒否すると言う。
だがそれはシルヴィアにとってむしろ願っても無いことだった。
妻を思い通りにしようとする夫と、それを拒否する妻の攻防戦が幕を開ける。
※ なろうにも投稿しています。
その結婚は、白紙にしましょう
香月まと
恋愛
リュミエール王国が姫、ミレナシア。
彼女はずっとずっと、王国騎士団の若き団長、カインのことを想っていた。
念願叶って結婚の話が決定した、その夕方のこと。
浮かれる姫を前にして、カインの口から出た言葉は「白い結婚にとさせて頂きたい」
身分とか立場とか何とか話しているが、姫は急速にその声が遠くなっていくのを感じる。
けれど、他でもない憧れの人からの嘆願だ。姫はにっこりと笑った。
「分かりました。その提案を、受け入れ──」
全然受け入れられませんけど!?
形だけの結婚を了承しつつも、心で号泣してる姫。
武骨で不器用な王国騎士団長。
二人を中心に巻き起こった、割と短い期間のお話。
訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果
柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。
彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。
しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。
「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」
逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。
あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。
しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。
気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……?
虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。
※小説家になろうに重複投稿しています。
義理姉がかわいそうと言われましても、私には関係の無い事です
渡辺 佐倉
恋愛
マーガレットは政略で伯爵家に嫁いだ。
愛の無い結婚であったがお互いに尊重し合って結婚生活をおくっていければいいと思っていたが、伯爵である夫はことあるごとに、離婚して実家である伯爵家に帰ってきているマーガレットにとっての義姉達を優先ばかりする。
そんな生活に耐えかねたマーガレットは…
結末は見方によって色々系だと思います。
なろうにも同じものを掲載しています。
白い結婚の行方
宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」
そう告げられたのは、まだ十二歳だった。
名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。
愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。
この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。
冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。
誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。
結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。
これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。
偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。
交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。
真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。
──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる