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2 器の大きい婚約者
しおりを挟む一晩中涙しながら考えていたが、アナスタシアが私との離縁を望んだことが信じられなかった。
なにせ、彼女の方から私と婚約したいと申し出てくれたのだから。
私とアナスタシアは政略結婚だが、お互いの間には確かに愛があった。
初めの頃はすれ違いこそあったものの、私は彼女を大切にしてきたし、もちろん彼女も常に私を優先してくれていた。
二つ歳下の彼女は、キンバリー公爵家の次女。
友人からは、両親から甘やかされて育った我儘な女性だと聞いていた。
親の権力を盾にやりたい放題の悪女だと噂されていたが、彼女と共に過ごしていくうちに、周囲からのやっかみだとすぐに気が付いた。
近年、我が国──ウィザース王国の第三王子が平民の女性にうつつを抜かし、婚約者を蔑ろにして鉱山送りになっている。
何の証拠もないのに、惚れ込んだ平民の女性の嘘を真に受けて、学園の卒業パーティーで婚約者を断罪しようとしたのだ。
私は彼の友人だったが、その一件以来、彼とは縁を切っている。
元々真面目な人物ではなかったが、あれほどまでに愚かだとは思っていなかった。
そのことがあったからというわけではないが、私は噂に惑わされるような愚か者ではない。
我がクルーズ伯爵家三兄弟は、頭脳明晰で見目麗しく、女性達の憧れの的だった。
自分で言うのもなんだが、次男の私は特に優秀な存在として注目されていた。
兄のスペアであったにも関わらず、クルーズ家当主になった程だ。
数年前まで領地経営が上手くいっておらず、私の両親は、金銭援助をしてくれる相手を探していた。
そんなときに名乗り出てくれたのが、キンバリー公爵家だった。
アナスタシアには優秀な兄がおり、彼がキンバリー公爵家の次期当主となる予定だ。
そして娘を溺愛するキンバリー夫妻は、嫁ぎ先を探しており、目に留まったのが我が家というわけだ。
当時の私は婿入りするのだと思っていたが、次期当主として指名され、アナスタシアと政略結婚をして欲しいと両親から懇願された。
次期当主になることは予想外だったが、私の実力を認められたことが嬉しくて、即頷いた。
だが、私には恋人がいた。
弟──ブラッドの友人であるクララ・バード男爵令嬢。
桃色の髪が愛らしく、透き通った空色の大きな瞳で、白い歯を見せて笑う彼女に一目惚れだった。
弟の友人達と遊びに来ているときに、何度か顔を合わせて少しだけ会話をした。
愛人の娘で、実家では肩身の狭い思いをしているにも関わらず、いつも笑顔の彼女が眩しかった。
そんな彼女がある日突然、泣きながら我が家に避難して来た。
着衣は乱れており、頬は打たれたような痕があった。
話を聞けば、義理の兄に乱暴されているらしい。
バード男爵家は格下であるし、正義感の強い私は、彼女を守りたいと強く思った。
だが証拠もなければ、これ以上惨めな思いはしたくないから。と泣きながら話すクララに、この話は私の胸の内に留めることにした。
そうでないと、今後嫁ぎ先に困るのはクララなのだから。
したくもない行為を強要されている彼女を優しく抱きしめて、肌を重ねることは愛のあるものだということを、私が彼女に教えてあげた。
もともと一目惚れであったし、辛いことがあっても笑顔を絶やさない彼女に惹かれていった。
彼女も他に頼れる存在がいないと、私を心から慕ってくれていた。
一時はクララとの結婚も考えたのだが、バード男爵家は我が家と同じく金銭的な余裕はない。
決して結ばれることのない秘密の恋人だった。
アナスタシアと婚約してからは、クララとは会っていなかったが、心は通じ合っていた。
だが、彼女が六十過ぎの好色爺の後妻に嫁がされるかもしれない、と話を耳にした。
相手を調べれば調べるほど腐った爺だし、私が無理でも、愛するクララには幸せな結婚をして欲しかった。
そこで、婚約者のアナスタシアに頭を下げた。
恋人がいたこと。
その相手が、加虐趣味の色狂いに嫁がされそうになっており、助けたいこと。
義兄のことは秘匿して、全て包み隠さず話した。
「アナスタシアとは婚姻するが、相手のことも助けたいんだ」
私の顔色の悪さを心配しつつ、少し悩んだ様子のアナスタシアは、快く頷いてくれた。
「っ、良いのか? 第二夫人として迎え入れても……」
「貴族男性に愛人がいることはよくあることですし、お飾りの妻だっています。でも、私はジェフリー様のことをお慕いしておりますし、ジェフリー様の悩みは一緒に解決したいと思っております。私に包み隠さずに話してくださったジェフリー様を、より好きになりました」
普段は表情を崩さないアナスタシアが、私を安心させるかのように優しく微笑んだ。
女神のような微笑みは、今でも脳裏に焼き付いている。
それまでは、アナスタシアとは婚約者というよりは、切磋琢磨できる友人のような関係だったが、器の大きい彼女の言葉に胸を打たれた。
すぐに迎え入れることは外聞もあるので、二人の婚姻後に子が産まれないと嘘をついて、三年後に迎え入れたら良いのではないか。と自分が悪者になるような提案までしてくれた。
その代わり、二人を平等に愛して欲しいというお願いをされたが、この話し合いの時から私はアナスタシアを愛している。
「そんなささやかな願いで良いのかい?」
「私にとっては、特別なお願いです……」
淑女の鏡のようなアナスタシアが白い頬を染めて話す姿が可愛らしくて、胸を鷲掴みにされた。
「愛してるよ、ナーシャ」
「っ…………私もです。ジェフリー様」
本当なら小さな可愛い唇に口付けたかったのだが、まだ婚姻前ということで、華奢な手の甲にそっと口付けた。
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