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3 会えない
しおりを挟むアナスタシアとの過去を思い起こすが、いつ嫌われたのか全くわからない。
いつのまにか朝を迎えており、第二夫人のクララが私を迎えに来た。
寂しがり屋のクララは、約束の時間を一分でも過ぎると心配して私を探し回るのだ。
アナスタシアとの時間が終わると、必ず情交をしなければならないし、普段より激しく求められる。
嫌いなわけではないのだが、病弱なアナスタシアのことを思うと、胸が押し潰されそうになる。
私にとってアナスタシアはかけがえのない存在。
あんなに愛おしいと思っていたクララより、今はアナスタシアと一緒に過ごしたいと願っている。
一年前に彼女が倒れてからは、私はアナスタシアのことを誰よりも愛している。
だが、アナスタシアとは『二人を平等に愛する』と約束した手前、今更クララを追い出すわけにもいかなかった。
「ジェフ! アナスタシアばっかりズルイわ!」
「狡いって、いつもクララと一緒にいるじゃないか……」
「足りないの……。早く寝室に行きましょう?」
今はアナスタシアのことで頭がいっぱいだし、そんなことをしている場合ではない。
腕に纏わり付くクララを払い除けると、驚いたように目を大きく見開く。
「ナーシャがいなくなった」
「っ…………本当なの?!」
驚きと少しの歓喜の混ざる声色に、眉を顰める。
私の顔色を窺ったのか、慌ててアナスタシアの部屋に入ったクララは、私物を物色していた。
そして離縁の書類を手にした時。
クララの口許が歪んだのだ。
──至極、嬉しそうに。
あの顔。以前も見たな。
勘違いかと思ったが、そうではなかったようだ。
ここに来て、もしかしたら私は最大の失態を犯してしまったのではないだろうか、と不安が過ぎる。
私がもっと愚か者だったなら、クララの本心に気付けなかっただろう。
きっと彼女は、表面上はアナスタシアを心配しつつ、私を独り占め出来ると喜んでいるのだ。
そんな未来はありえないのに……。
私の為を思い、第二夫人を迎え入れることを認めてくれたアナスタシア。
病弱で、家のことは何もして来なかったが、元々は公爵家の人間であり、彼女はただ邸にいるだけで良かった。それに存在が癒しなのだ。
逆に、クララは碌な教育を受けて来なかったにも関わらず、家の管理は申し分なく、領地のことに関してもアドバイスをしてくれる。
だが精神年齢は子供のままで、少し我儘だ。
二人の長所も短所も全てを愛してきたが、緊急な局面では、やはりアナスタシアに傍にいて欲しいと願ってしまう。
「とにかく、理由を知りたいからナーシャに会いに、キンバリー公爵家に行く」
「ええ?! なんで?」
「はぁ? なんでって、ナーシャは私を愛していたのに、離縁をする理由が見当たらないからだ」
「…………そう」
なんとも含みを持つ返事をするクララは、苦笑いを浮かべている。
しかもその笑みが、私を馬鹿にしているような表情なのだ。
「何か言いたいことでもあるのか?」
「ううん。ただ、行っても無駄だと思うよ?」
「なぜ?」
「本当にわからないの? アナスタシアは、ずっと離縁したいと思ってたはずだよ?」
暫し沈黙が流れる。
ありえない。と一言絞り出し、とにかくアナスタシアに会いに行くことにした。
「アナスタシアの両親を刺激しないようにね? 穏便に行こう?」
第三者目線のクララは落ち着き払っており、もう一眠りすると寝室に戻って行った。
まるで興味がなさそうに。
アナスタシアとは親友じゃなかったのか?
いろいろと言いたいことがありすぎるのだが、今はアナスタシアを優先すべきだ。
珍しくクララが泣いて縋って来なかったがことに違和感を感じたが、すぐに馬車に乗り込んだ。
夫だし頭を下げれば大丈夫だろうと、先触れなしにキンバリー公爵家に行ったのだが、門番に追い返されてしまった。
粘りたかったのだが、いつもにこやかに迎え入れてくれた門番たちの蔑むような目が、とてもじゃないけど耐えきれなかった。
渋々帰宅して、アナスタシアに会いたい旨を手紙にしたためたのだが、私の出した手紙は戻って来た。
──宛先人不明として。
「一体、どういうことなんだ!」
頭を抱えるが、今度はキンバリー卿宛に手紙を送ったが、『二度とアナスタシアと関わるな』とだけ書かれており、適当に書き殴られたものだった。
予想通り援助は打ち切られたが、クララの画期的な案のおかげで、援助はなくともクルーズ家はなんとかやっていける。
もちろん、細々とだが。
それに、援助を続けて欲しい為に連絡しているわけではない。
私は、愛するアナスタシアに会いたいのだ。
どうして離縁することになったのか、会って話を聞きたい。
悪いところがあったのなら直すし、出来ることなら戻って来て欲しい。
一度離縁が成立してしまえば、二度と婚姻は出来ないが、何かの間違いだとしか考えられない。
それに、私は許可していないのに、どうして離縁が成立してしまったのか。
「三年目……そうか、白い結婚か」
清い関係だったが、それはアナスタシアが病弱で、激しい運動が出来ない身体だったからだ。
交わる際に、発作が起こって命の危機になれば、私は死にたくなる。
だから大切に大切に接して来ていたというのに。
それを逆手に取るような行為をされて、なんとも言えない感情が込み上げてくる。
「ナーシャ……」
その日から半年間。
愛するアナスタシアと再会したいという私の願いが叶うことはなかった。
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