二人の妻に愛されていたはずだった

ぽんちゃん

文字の大きさ
13 / 28

13 大切な記念日に

しおりを挟む

 フェルディナンド・アロス・ウィザース。

 この名を知らない者は、この国にはいない。
 王家の恥さらし。唯一の汚点。
 そして私の元友人。
 平民女性にうつつを抜かして、無実の婚約者を蔑ろにし、断罪劇を繰り広げた元第三王子。

 ギデオンに、彼と同類だと吐き捨てられた私は、何故そんなことを言うんだ。

 ……とは、思わなかった。

 その言葉で、そうか。と納得してしまった。
 アナスタシアを蔑ろにしたことは一度もないと思っていたのだが、周囲からすると私はフェルディナンドと同じように見えているのだろう。

 だが、クララが嘘をついていたのは、義兄に乱暴されていたことだけ。
 他は全て、私の行動が原因だった。

 たった一つの嘘で、ここまで歯車が狂ってしまうのか。
 恐ろしすぎると思っていたのだが、どこか腑に落ちない。

 暫く考え込み、気付く。
 アナスタシアの態度だ。
 彼女は、私を深く愛していた。
 その点だけは、自信を持って言える。



 復縁を望んでいるわけではないが、真相を知りたくて、軍部に足を運んだ。
 
 執事だったアーノルドと、庭師のジョナサンは、私が訪れることを待っていたかのように出迎えてくれた。
 もちろん無表情で、だが。

 軍部の人間から刺さるような視線を浴びながら、狭い個室に案内された。

 『クルーズ伯爵家に仕える幸運に感謝します』と、何度も礼を述べていた彼らの熱い眼差しを、私は二度と向けられることはないだろう。

 机と椅子しか置かれていない殺伐とした部屋は、まるで取調室のようだった。
 罪人になった気持ちのまま簡素な椅子に腰掛け、対面する二人の無感情な瞳を見つめた。

 「アナスタシア様のことですね?」
 
 どう切り出そうかと迷う私に声を掛けてくれたアーノルドは、業務のような淡々とした口調だ。

 「私達は、る方からの依頼で、アナスタシア様の護衛の任に就いていました」
 「っ……護衛?」
 「はい。使用人から悪質な嫌がらせを受けており、毒を盛られる以前から命の危機に晒されていました。周囲は離縁を勧めていましたが、どんなに辛い環境でもアナスタシア様が頷くことはありませんでした」
 
 すでに泣きそうになっている私に向けられる視線は、氷のように冷たい。

 「そしてギデオン様だけが、ジェフリー様はアナスタシア様を愛していると仰られていました。一年だけ貴方にチャンスを与えて欲しいと、頭を下げておられました」
 「っ…………」
 「急に私達が護衛の任に就く事になれば、皆警戒するでしょう。ですので、貴方を誘導したのです。私達を雇い入れるように……」
 
 手のひらで踊らされていたことを知ったが、それでもギデオンに対して申し訳ない気持ちで溢れた。
 そしてずっと気になっていたことを質問する。

 「退職届に書いてあったことなんだが……」
 「はい。ジェフリー様がお約束を守られなかったことですよね?」
 「…………二人を平等に愛する」
 「違います」

 ピシャリと言葉を遮られて、戸惑う。

 「あれだけアナスタシア様に、結婚記念日に会いに来て欲しいと言われていたのに、なぜ来なかったのですか?」
 「…………は? 私は会いに行った!」
 「いえ、貴方はいらっしゃいませんでした」
 
 アーノルドの横で力強く頷くジョナサンは、険しい顔で拳を握りしめている。
 

 ──三年間、一度も会いに来ていませんよ。


 淡々とした口調で告げたアーノルドは、不思議そうにゆるりと首を傾げた。

 「っ、何を言っているんだ?! 私は一年目も、二年目も……。それに、三年目だって」
 「では、質問を変えましょう。貴方とアナスタシア様の結婚記念日は何日です?」
 「二十二」
 「正解です」

 質問の意図がわからずに口を開けていると、二人から呆れたように溜息を吐かれる。

 「一年目に貴方がアナスタシア様の元を訪れたのは、二十三日。二年目に訪れたのは二十四日。そして最後は……二十五日あたりでしょうか」
 
 私達は退職しているので予想ですが。と告げるアーノルドは、馬鹿にしたように肩を竦めた。

 「そんなことは……」
 「よく思い出してください。アナスタシア様との大切な記念日。貴方は、どこで誰と何をして過ごしていましたか?」

 暫く考えていたが、全くわからない。
 私は二十二日は、必ずアナスタシアに会いに行っていたはずだ。

 室内が静まり返り、左腕の時計を確認したアーノルドは、口を開く。

 「貴方の寵愛していた第二夫人と、旅行に出かけておいででした。そこで何をしていたかは……私の口からは言いたくもありません」
 
 呆けていたが、ようやく全てを思い出した。

 一年目は、クララが体調を崩し、ずっと傍についていた。
 気付いたときには日付が変わっており、急いで会いに行ったのだ。

 二年目は、クララと流行りの観劇に行った際に、弟のブラッドに出会した。
 そのまま昨年婿入りしたコリンズ伯爵家に挨拶に行き、帰宅したのは二日後になっていた。

 三年目は、クララとの旅先でもう一泊したいと強請られていたが断った。
 だが、食事の後に急に体調が悪くなり、寝込んでいたのだ。
 クララは「そんなに寝ていないよ?」と話していたが、そこで丸一日眠りこけていた可能性がある。

 「そんな……、まさか……、ナーシャと過ごしていたと……思っていたのに……私はずっと……あの女と一緒にいたのか……」

 頭を抱えて涙する私は、アナスタシアのことを想いながら、クララを優先するような行動を取っていたことに気付いた。

 自分自身の軽率な行動に頭が痛くなる。
 
 「被害者面してんじゃねぇよ!」

 今まで黙っていたジョナサンが怒鳴り声を上げて、私の胸ぐらを掴む。
 がっしりとした太い右腕が振り上げられ、殴られる覚悟で目を瞑る。

 しかし、いつまで経っても衝撃は来ず、目を開けば、夕陽色の瞳からは一筋の涙が零れ落ちていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『恋心を凍らせる薬を飲みました』 - 残りの学園生活、どうぞご自由にお遊びください、婚約者様

恋せよ恋
恋愛
愛されることを諦めた。だから、私は心を凍らせた。 不誠実な婚約者・ユリアンの冷遇に耐えかねたヤスミンは、 伝説の魔女の元を訪れ、恋心を消し去る「氷の薬」を飲む。 感情を捨て、完璧な「人形」となった彼女を前に、 ユリアンは初めて己の罪と執着に狂い始める。 「お願いだ、前のように僕を愛して泣いてくれ!」 足元に跪き、涙を流して乞う男に、ヤスミンは冷酷に微笑む。 「愛?……あいにく、そのような無駄な感情は捨てましたわ」 一度凍りついた心は、二度と溶けない。 後悔にのたうち回る男と、心を凍らせた冷徹な公爵夫人の、 終わりのない贖罪の記録。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

本日、私の妹のことが好きな婚約者と結婚いたしました

音芽 心
恋愛
私は今日、幼い頃から大好きだった人と結婚式を挙げる。 ____私の妹のことが昔から好きな婚約者と、だ。 だから私は決めている。 この白い結婚を一年で終わらせて、彼を解放してあげることを。 彼の気持ちを直接聞いたことはないけれど……きっとその方が、彼も喜ぶだろうから。 ……これは、恋を諦めていた令嬢が、本当の幸せを掴むまでの物語。

「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」と言われたので別れたのですが、呪われた上に子供まで出来てて一大事です!?

綾織季蝶
恋愛
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」そう告げられたのは孤児から魔法省の自然管理科の大臣にまで上り詰めたカナリア・スタインベック。 相手はとある貴族のご令嬢。 確かに公爵の彼とは釣り合うだろう、そう諦めきった心で承諾してしまう。 別れる際に大臣も辞め、実家の誰も寄り付かない禁断の森に身を潜めたが…。 何故か呪われた上に子供まで出来てしまった事が発覚して…!?

白い結婚をめぐる二年の攻防

藍田ひびき
恋愛
「白い結婚で離縁されたなど、貴族夫人にとってはこの上ない恥だろう。だから俺のいう事を聞け」 「分かりました。二年間閨事がなければ離縁ということですね」 「え、いやその」  父が遺した伯爵位を継いだシルヴィア。叔父の勧めで結婚した夫エグモントは彼女を貶めるばかりか、爵位を寄越さなければ閨事を拒否すると言う。  だがそれはシルヴィアにとってむしろ願っても無いことだった。    妻を思い通りにしようとする夫と、それを拒否する妻の攻防戦が幕を開ける。 ※ なろうにも投稿しています。

その結婚は、白紙にしましょう

香月まと
恋愛
リュミエール王国が姫、ミレナシア。 彼女はずっとずっと、王国騎士団の若き団長、カインのことを想っていた。 念願叶って結婚の話が決定した、その夕方のこと。 浮かれる姫を前にして、カインの口から出た言葉は「白い結婚にとさせて頂きたい」 身分とか立場とか何とか話しているが、姫は急速にその声が遠くなっていくのを感じる。 けれど、他でもない憧れの人からの嘆願だ。姫はにっこりと笑った。 「分かりました。その提案を、受け入れ──」 全然受け入れられませんけど!? 形だけの結婚を了承しつつも、心で号泣してる姫。 武骨で不器用な王国騎士団長。 二人を中心に巻き起こった、割と短い期間のお話。

訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果

柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。 彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。 しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。 「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」 逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。 あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。 しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。 気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……? 虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。 ※小説家になろうに重複投稿しています。

義理姉がかわいそうと言われましても、私には関係の無い事です

渡辺 佐倉
恋愛
マーガレットは政略で伯爵家に嫁いだ。 愛の無い結婚であったがお互いに尊重し合って結婚生活をおくっていければいいと思っていたが、伯爵である夫はことあるごとに、離婚して実家である伯爵家に帰ってきているマーガレットにとっての義姉達を優先ばかりする。 そんな生活に耐えかねたマーガレットは… 結末は見方によって色々系だと思います。 なろうにも同じものを掲載しています。

完結 愛のない結婚ですが、何も問題ありません旦那様!

音爽(ネソウ)
恋愛
「私と契約しないか」そう言われた幼い貧乏令嬢14歳は頷く他なかった。 愛人を秘匿してきた公爵は世間を欺くための結婚だと言う、白い結婚を望むのならばそれも由と言われた。 「優遇された契約婚になにを躊躇うことがあるでしょう」令嬢は快く承諾したのである。 ところがいざ結婚してみると令嬢は勤勉で朗らかに笑い、たちまち屋敷の者たちを魅了してしまう。 「奥様はとても素晴らしい、誰彼隔てなく優しくして下さる」 従者たちの噂を耳にした公爵は奥方に興味を持ち始め……

処理中です...