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13 大切な記念日に
しおりを挟むフェルディナンド・アロス・ウィザース。
この名を知らない者は、この国にはいない。
王家の恥さらし。唯一の汚点。
そして私の元友人。
平民女性にうつつを抜かして、無実の婚約者を蔑ろにし、断罪劇を繰り広げた元第三王子。
ギデオンに、彼と同類だと吐き捨てられた私は、何故そんなことを言うんだ。
……とは、思わなかった。
その言葉で、そうか。と納得してしまった。
アナスタシアを蔑ろにしたことは一度もないと思っていたのだが、周囲からすると私はフェルディナンドと同じように見えているのだろう。
だが、クララが嘘をついていたのは、義兄に乱暴されていたことだけ。
他は全て、私の行動が原因だった。
たった一つの嘘で、ここまで歯車が狂ってしまうのか。
恐ろしすぎると思っていたのだが、どこか腑に落ちない。
暫く考え込み、気付く。
アナスタシアの態度だ。
彼女は、私を深く愛していた。
その点だけは、自信を持って言える。
復縁を望んでいるわけではないが、真相を知りたくて、軍部に足を運んだ。
執事だったアーノルドと、庭師のジョナサンは、私が訪れることを待っていたかのように出迎えてくれた。
もちろん無表情で、だが。
軍部の人間から刺さるような視線を浴びながら、狭い個室に案内された。
『クルーズ伯爵家に仕える幸運に感謝します』と、何度も礼を述べていた彼らの熱い眼差しを、私は二度と向けられることはないだろう。
机と椅子しか置かれていない殺伐とした部屋は、まるで取調室のようだった。
罪人になった気持ちのまま簡素な椅子に腰掛け、対面する二人の無感情な瞳を見つめた。
「アナスタシア様のことですね?」
どう切り出そうかと迷う私に声を掛けてくれたアーノルドは、業務のような淡々とした口調だ。
「私達は、然る方からの依頼で、アナスタシア様の護衛の任に就いていました」
「っ……護衛?」
「はい。使用人から悪質な嫌がらせを受けており、毒を盛られる以前から命の危機に晒されていました。周囲は離縁を勧めていましたが、どんなに辛い環境でもアナスタシア様が頷くことはありませんでした」
すでに泣きそうになっている私に向けられる視線は、氷のように冷たい。
「そしてギデオン様だけが、ジェフリー様はアナスタシア様を愛していると仰られていました。一年だけ貴方にチャンスを与えて欲しいと、頭を下げておられました」
「っ…………」
「急に私達が護衛の任に就く事になれば、皆警戒するでしょう。ですので、貴方を誘導したのです。私達を雇い入れるように……」
手のひらで踊らされていたことを知ったが、それでもギデオンに対して申し訳ない気持ちで溢れた。
そしてずっと気になっていたことを質問する。
「退職届に書いてあったことなんだが……」
「はい。ジェフリー様がお約束を守られなかったことですよね?」
「…………二人を平等に愛する」
「違います」
ピシャリと言葉を遮られて、戸惑う。
「あれだけアナスタシア様に、結婚記念日に会いに来て欲しいと言われていたのに、なぜ来なかったのですか?」
「…………は? 私は会いに行った!」
「いえ、貴方はいらっしゃいませんでした」
アーノルドの横で力強く頷くジョナサンは、険しい顔で拳を握りしめている。
──三年間、一度も会いに来ていませんよ。
淡々とした口調で告げたアーノルドは、不思議そうにゆるりと首を傾げた。
「っ、何を言っているんだ?! 私は一年目も、二年目も……。それに、三年目だって」
「では、質問を変えましょう。貴方とアナスタシア様の結婚記念日は何日です?」
「二十二」
「正解です」
質問の意図がわからずに口を開けていると、二人から呆れたように溜息を吐かれる。
「一年目に貴方がアナスタシア様の元を訪れたのは、二十三日。二年目に訪れたのは二十四日。そして最後は……二十五日あたりでしょうか」
私達は退職しているので予想ですが。と告げるアーノルドは、馬鹿にしたように肩を竦めた。
「そんなことは……」
「よく思い出してください。アナスタシア様との大切な記念日。貴方は、どこで誰と何をして過ごしていましたか?」
暫く考えていたが、全くわからない。
私は二十二日は、必ずアナスタシアに会いに行っていたはずだ。
室内が静まり返り、左腕の時計を確認したアーノルドは、口を開く。
「貴方の唯一寵愛していた第二夫人と、旅行に出かけておいででした。そこで何をしていたかは……私の口からは言いたくもありません」
呆けていたが、ようやく全てを思い出した。
一年目は、クララが体調を崩し、ずっと傍についていた。
気付いたときには日付が変わっており、急いで会いに行ったのだ。
二年目は、クララと流行りの観劇に行った際に、弟のブラッドに出会した。
そのまま昨年婿入りしたコリンズ伯爵家に挨拶に行き、帰宅したのは二日後になっていた。
三年目は、クララとの旅先でもう一泊したいと強請られていたが断った。
だが、食事の後に急に体調が悪くなり、寝込んでいたのだ。
クララは「そんなに寝ていないよ?」と話していたが、そこで丸一日眠りこけていた可能性がある。
「そんな……、まさか……、ナーシャと過ごしていたと……思っていたのに……私はずっと……あの女と一緒にいたのか……」
頭を抱えて涙する私は、アナスタシアのことを想いながら、クララを優先するような行動を取っていたことに気付いた。
自分自身の軽率な行動に頭が痛くなる。
「被害者面してんじゃねぇよ!」
今まで黙っていたジョナサンが怒鳴り声を上げて、私の胸ぐらを掴む。
がっしりとした太い右腕が振り上げられ、殴られる覚悟で目を瞑る。
しかし、いつまで経っても衝撃は来ず、目を開けば、夕陽色の瞳からは一筋の涙が零れ落ちていた。
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