二人の妻に愛されていたはずだった

ぽんちゃん

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15 一変する

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 アナスタシアと離縁し、クララも実家に帰省したまま戻ってくる事はなかった。
 クララとの離縁を考えつつ、使用人達に子育てのやり方を教わりながら、ジェイクの世話をする日々を過ごしていた。
 毎日顔を合わせ、少しずつ距離を縮めて、三ヶ月経った今では、一緒に外で遊んでくれるようになった。

 この子が真っ直ぐに伸びる銀髪だったなら……。
 色素の薄い、紫色の瞳だったなら……。
 
 そうだったなら、離縁後も愛するアナスタシアとの関係を残せていたのに。
 そんな最低なことを考えていた時もあったが、今ではジェイクの笑顔に日々癒されている。

 「ママはどこ?」
 「今は、実家に帰っているんだ。きっともうすぐ会いに来てくれるよ」
 「ジェフリー様……」

 こてりと首を傾げるジェイクに優しく告げると、共に世話をしていた使用人が、泣きそうな顔で首を振る。

 ……そうか。
 ジェイクにとっての母親は、クララではなくアナスタシアなのだ。

 「ごめんな……。全部私のせいなんだ」

 私に泣く資格などないのに、堪えきれずに涙が零れ落ちる。
 きょとんとした顔のジェイクは、とことこと歩み寄り、小さな手は私の握り締めている拳に触れる。

 「だいじょーぶ! ぼくがいるよ」
 「っ…………ジェイク」
 
 泣きながら強く抱きしめていると、息子の体がふるふると震えていた。
 顔を見れば、なぜか楽しそうに笑っていた。

 「どうしたんだ……?」
 「ぼくも、パパも、ママも、泣きむし!」
 
 ニカッと笑うジェイクの一言に、ひゅっと息を呑む。

 アナスタシアは、ジェイクの子守をしながらいつも泣いていたことがわかった。
 それでも、ジェイクを愛してくれていた。
 本当の母親になり、愛を注いでくれていたのだ。

 より泣けてきて、声を我慢することなく泣き続けた。
 本当なら遊びたいだろうに、息子は文句も言わず、ずっと私の傍にいてくれた。

 「ジェイクは優しい子だな……」
 「ママがいつもしてくれたもんっ!」
 
 そう言いながら、優しく優しく頭を撫でて、頬擦りをしながら抱きしめてくれた。

 「ママに会いたい」
 「っ…………そうだな。私も……会いたい」

 願いを呟くが、二度と会うことはない。
 ジェイクが大きくなった時、本当のことを話さなければならない日が来る。
 クララを前にして、ジェイクがどんな反応をするのか。
 いや、息子に一度も会いに来ていないのだ。
 面倒を見る気など、微塵もないだろう。
 それなら、アナスタシアが母親だと思っていた方が、ジェイクは幸せなのかもしれない。

 

 資金が底をつき、クララのドレスや装飾品を売りながら細々と生活していた。
 アナスタシアの嫁入り道具を売れば、かなりの額になることはわかっている。
 だが、それをするとほんの少しの繋がりすらもなくなってしまうと思い、どうしても手放すことは出来なかった。

 苦悩していると、今まで顔を見せなかった両親が、私の元を訪ねて来た。
 
 両親は政略結婚だが、夫婦仲は良好だ。
 見目麗しい父と結婚した内気な母は、自身が平凡な容姿だということに悩んでいた。
 周囲から心ない言葉をかけられて憔悴する母を常に気遣い、寄り添っていた父──フリオ。
 徐々に心を開いた母──ユリアは、今では毎日笑顔で、どんな時でも父を支えていた。

 そんな二人から見れば、今回私のした事は最低な行為であり、両親からの叱咤は免れないだろう。
 
 二人とも以前会った時よりやつれており、私のせいで苦労をかけていることが一目でわかってしまった。

 「お前を当主に指名するべきではなかった」
 「…………申し訳ありません」
 「もう何をしても手遅れだが、このままでは貴族社会では生きていけない。領民の為にも、当主はお前からブラッドに挿げ替える」
 「っ……わかり、ました」

 アナスタシアとのことを責め立てられるのだろうと予想していたのだが、何も触れられることはなかった。
 ただ、幻滅した目を向けられただけだった。
 父は今後のことを淡々と話し、無表情の母は私と会話もしたくないのか、一言も発しなかった。
 もう両親からも見放されてしまったことを、身をもって感じ取る。

 慰謝料の支払いの為、家にあった贅沢品は全て売り払われた。
 アナスタシアの嫁入り道具も含めて。
 最後まで抵抗したが、今更アナスタシアが使いたいと思うわけがないだろう! と一喝された。

 別邸まで売りに出すと告げる両親に、現状は分かっていても、それだけは待って欲しいと必死に頭を下げた。
 彼女が過ごしていた思い出の場所を手放すことなど、到底出来なかった。

 それならば働きに出ろと告げられて、もちろんすぐに頷いた。
 だが、妻を虐げていた私の噂は国中に広まっており、雇い入れてくれるところなど、どこにもなかった。
 父が無理を言って領民に頭を下げて、ようやく農作業の仕事に就けることになったが、アナスタシアは領民達からも慕われていたのだ。
 会話するどころか視線も合うことはなく、私の居場所はどこにもない。

 普段は頭を使い、体を使って働いたことのない私は、毎日身も心もすり減らしながら生活していた。
 行動で示すしかないと思い、領民達より早くに畑に出て、彼らが帰った後も働き続けた。
 そして、領民達の苦労を身をもって知り、貴族に生まれただけで、なんて贅沢な暮らしをしていたんだと思い知らされた。

 そんな中でも、ジェイクとの時間だけは確保するように努力していた。
 私にはジェイクさえいてくれれば良い。
 私の血の繋がった可愛い息子を抱き締めて、疲弊する心は癒されていく。
 アナスタシアに代わって、私がジェイクを守るんだと固く心に誓っていた。

 だが、そんな日々が続くことはなかった。


 
 ──今までありがとう。僕の息子を育ててくれて。


 
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